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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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夏の扉

 七月。蝉の声が日増しにうるさくなる頃、一年生のフロアの中央掲示板前には、歓喜と絶望が入り混じった独特の熱気が渦巻いていた。期末試験、成績の張り出し。

 将来のエリートを育成する白嶺において、それはただの数字以上に将来への意味を持つものだった。


「……あった」


 人混みをかき分け、掲示板を見上げた光莉は、ほっと息を吐いた。学年上位四分の一。

 入学時の成績を考えれば、奇跡的な快挙だ。少なくともこれなら、瑠璃の顔に泥を塗ることもない。


「あー、危なかったぁ……」


 隣では、智香が胸を撫で下ろしていた。彼女の名前は、光莉より下。それでも平均点はクリアしている。


「これなら夏休みの補習は回避! セーフ!」


「よかったね、智香ちゃん」


「うん! ……ていうか、やっぱすごいよ、これ」


 智香が指差したのは、リストの最上段付近だ。


 『3位:常盤 奏』


 あれだけ光莉たちの勉強に時間を割き、自分の時間を削っていたにも関わらず、学年3位。

 その事実に、光莉は改めて尊敬の念を覚える。


「……当然の結果です」


 背後から、淡々とした声がした。振り返ると、常盤奏が気だるげに立っていた。


「自己採点ではもう少し点数がもらえたと思っていましたが……まあ、誤差の範囲です」


「……奏ちゃん、すごすぎ!」


 智香が興奮して奏の両手を握りしめた。


「マジでありがとう! 奏ちゃんのおかげで、私の夏休みが守られたよ! まさに命の恩人!」


「……そうです、奏さん」


 光莉も深く頭を下げた。


「私も、奏さんがいなかったらどうなっていたか……。本当に、ありがとうございました」


 二人から深々と頭を下げられ、いつもなら「別に……」と切り捨てる奏だが、この時ばかりは少し居心地が悪そうに視線を逸らした。


「……クラスメイトに手助けするのも、合同生徒会選挙には有利でしょうし。九条先輩がうるさいので」


 素っ気ない言葉。けれど、その耳がほんのりと赤いのを、光莉は見逃さなかった。

 不器用な友人のおかげで、光莉たちは無事に夏を迎えることができる。



 放課後の執行委員会室。そこには、掲示板前の熱気とは違う、冷えた空気が流れていた。


「……また、負けたわ」


 西園寺瑠璃が、成績表をデスクに置いた。

 その表情は悔しげだが、どこか晴れやかでもあった。

 結果は『学年二位』。


「あと三点だったわね、瑠璃」


 対面のソファで、和泉純が紅茶を優雅に啜る。彼女の手元にあるのは、不動の『学年一位』の証。


「現代文の記述よ。……採点者の解釈と、わたくしの思考が合わなかっただけだわ」


「それを『負け惜しみ』と言うのよ? ……まあ、選挙活動をしながらこの点数、胸を張っていいわ」


 純がからかうように言うと、瑠璃はフンと鼻を鳴らした。

 そこにはドロドロとした嫉妬はない。互いの実力を認め合い、競い合う。トップ層だけが共有できる、さわやかな関係がそこにあった。


「……そういえば、夏休みの予定は決まったの?」


 純が話題を変える。


「ええ。週末から、光莉たちと小旅行に行くことになったわ」


「旅行? あなたが?」


「九条さんの実家に招待されたのよ。……まあ、断る理由もなかったし」


 瑠璃はつとめて平静を装っているが、その声が半音ほど浮ついていることに、純は気づいているだろう。


「そう。……ライバルの誘いに乗るなんて、物好きね」


 純は呆れたように肩をすくめたが、すぐに真面目な顔に戻った。


「私は、夏休みが始まったら少し実家に戻るわ。たまには顔を見せろって言われてしまってね」


「そう。……純も大変ね」


「慣れているわ。……その間も、生徒会関係の連絡は私が握っておく。何か動きがあればすぐに知らせるわ」


「ええ、頼りにしているわ。……純」



 執行委員会室を出ると、廊下は西日に染まっていた。

 窓から差し込む黄金色の光が、長く伸びた二人の影を照らし出す。


「……終わりましたね、一学期」


 光莉が、大きく伸びをしながら言った。持ち帰るものが多いカバンが、心なしか軽く感じる。


「ええ。……長かったような、あっという間だったような気もするけれど」


 瑠璃は立ち止まり、窓の外を見つめた。入道雲が湧き上がる空。

 その横顔は、いつも周りに向けている隙のない顔ではなく年相応の少女の柔らかさを帯びている。


「……楽しみね、夏休み」


 瑠璃が、独り言のように呟いた。


「はい。……とっても」


 そう返すと、瑠璃の手がそっと光莉の手に触れる。

 誰に見られるわけでもない、放課後の廊下。光莉は拒むことなく、その指を絡め返す。


 指先から伝わる体温。それは、これからの季節の暑さよりも、ずっと心地よく、甘い熱を持っていた。


「行きましょう、光莉。……まずは、旅行の支度をしないとね」


「はい、先輩!」


 二人は寄り添うようにして、光の中を歩き出した。

 神輝島の夏。波乱と、きらめきに満ちた季節が、すぐそこまで来ていた。

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