ささやかな計画
商業エリアのオープンテラス。カラフルなパラソルの下で、五人の少女たちはそれぞれのジェラートをスプーンですくっていた。
「ん〜っ! 生き返るぅ〜!」
智香が、ダブルチョコレートを頬張りながら至福の声を上げる。
隣の光莉も、ミルク味のジェラートを口にして、ほっと息をついた。冷たくて甘い塊が、試験でオーバーヒートしていた脳を優しく冷やしていく。
「……それにしても。まだ届かないわね、通達」
フランボワーズのシャーベットを口に運びながら、瑠璃がふと呟いた。
「通達って……例の『試験』のことですか?」
光莉が聞くと、瑠璃は頷いた。
「ええ。夏休み中に実施するとは聞いていたけれど、具体的な日程も内容も音沙汰なしよ。……こちらの予定が立たなくて困るわ」
「まあまあ、いいじゃない。どうせ逃げられないんだしぃ」
ねねは、鮮やかな緑色のピスタチオジェラートを舐めながら、ひらひらと手を振った。
「それより、夏休みの予定よ。みんな、実家には帰るの?」
その問いに、場の空気が少しだけ停滞した。
「……私は、帰らないつもりです」
最初に口を開いたのは、光莉だった。
「わざわざ帰っても……両親とはあまりソリが合わないし」
苦笑いで誤魔化したが、胸の奥には少し冷たい風が吹く。
成績のこと、将来のこと。顔を合わせればプレッシャーをかけられるだけの家なんて、安らげる場所じゃない。
「……奇遇ね。わたくしもよ」
瑠璃が、光莉の言葉に同意するように目を伏せた。
「どうせ帰ったても休む間もなく『西園寺家』の教育を詰め込まれるだけだわ。それに……」
瑠璃は忌々しそうに眉をひそめた。
「社交界のパーティへも同席しないといけないし……。経営者たちの退屈な自慢話に、愛想笑いで付き合うなんて御免だわ。……あんな息の詰まる場所に帰るくらいなら、寮の部屋で本でも読んでいたほうがマシよ」
巨大財閥の令嬢。その肩書きが持つ煌びやかさの裏にある、ドロリとした義務と退屈。
二人の間に、言葉にしなくても通じ合う「家への忌避感」が流れる。
「私は、読書の時間にあてたいのでパスです」
バニラ味のカップを手に、奏が淡々と言った。
「寮の図書室にいれば、誰にも邪魔されず思考に没頭できます。読みたい本も山積みになっていますし」
「もー、みんなドライなんだからぁ」
ねねがわざとらしく頬を膨らませた。
そして、隣に座る奏の首に腕を回し、自分の身体をねっとりと押し付けた。
「そういう私は、強制送還よぉ。……パパとママがうるさいの。『ねねちゃん、元気?』『ちゃんと食べてる?』『一度は顔を見せなさい』って、毎日毎日メッセージが来て……本当に、ダルいわぁ」
ねねは、心底うんざりしたように溜息をついた。それは温かい家庭の団欒というより、一人娘への過剰な執着と干渉への嫌悪感だった。彼女にとっての実家は、癒される場所ではなく、自由を縛られる鳥籠のようなものなのだろう。
「場所はね、この島の対岸。フェリーの発着港の近く街。……だからね、奏ちゃん」
ねねが、絡めた腕にさらに力を込め、奏の耳元に唇を寄せた。
「どうせ暇なら、うちに来なさいよぉ。両親にも奏ちゃんを紹介したいし~」
「……遠慮します。移動時間が無駄です」
「えー、冷たいなぁ。……一泊二日! それならいいでしょう? 高速船ならすぐなんだから」
ねねは、自分のスプーンですくったピスタチオアイスを、無理やり奏の口元へ差し出した。
「ほら、あーん」
「……むぐ」
衆目も気にせず口にねじ込まれ、奏がわずかに眉を寄せる。
だが、その強引なスキンシップを拒絶しきることはしない。この二人の関係性もこの数か月で変わってきたのかもしれない。
ねねは満足げに、奏の頬についたアイスを指で拭い、それを自分の舌で舐め取った。
「……美味しい。来てくれるわよね、奏ちゃん?」
「……はぁ」
逃げ場はないと悟ったのか、奏は根負けしたようにため息をついた。
「……わかりました。一日だけなら」
「やった! さすが奏ちゃん、愛してるわぁ!」
ねねは奏の首筋に顔を埋めて喜びを露わにした後、光莉たちの方へ向き直った。
「ねえ、せっかくだからみんなも来ない? 試験の前に羽を伸ばさないとってことで!」
「えっ!? い、いいんですか?」
「もちろんよぉ。うち、古い家だけど部屋だけは無駄に余ってるし。……それに、どうせ家に帰りたくないんでしょ?」
ねねの視線が、光莉と瑠璃を射抜く。図星だった。
行き場のない夏休み。でも、誰かとはいたい。
「わぁっ! 行きたい行きたい! 私、行きたいです!」
空気を読んでいるのかいないのか、智香が真っ先に手を挙げて飛び跳ねる。
光莉は、隣の瑠璃をちらりと覗き見る。瑠璃もまた、光莉を見ていた。
(……先輩と、お泊まり)
その単語が、甘美な響きを持って脳内を駆け巡る。
社交界の退屈も、実家の冷たさもない場所。気心の知れた友達との、短い逃避行。
「……光莉が、行きたいなら」
瑠璃が、そっと囁くように言った。その頬が、ほんのりと朱に染まっているのは、夕日のせいだけではないだろう。
彼女もまた、この「特別な時間」に期待しているのだ。
「……はい。私も、先輩と行きたいです」
光莉が頷くと、瑠璃はふわりと微笑んだ。
「決まりね! じゃあ、休みに入った最初の週末! 私が案内するわよぉ!」
ねねが奏の肩を抱き寄せながら宣言した。
まだ見ぬ「試験」の影をひととき忘れ、少女たちは夏休みの始まりに胸を躍らせていた。




