ダブルデート+1
商業エリアは、試験から解放された生徒たちの熱気で溢れかえっていた。
色とりどりのショップの看板。甘いクレープの焼ける匂い。そして、そこかしこから聞こえる安堵の笑い声。
その喧騒の中を、明らかに周囲から浮いている――オーラが強すぎる集団が歩いていた。
「す、すっごい……。夢じゃないよね?」
最後尾を歩く遠山智香は、頬をつねりながら呟いた。
前を歩くのは、白嶺の宝石と謳われる西園寺瑠璃と、今や白嶺の合同生徒会選挙の代表に躍り出た九条ねね。
まるでファッション誌の切り抜きがそのまま歩いているようだ。すれ違う生徒たちが、驚きと畏怖の混じった視線で道を空けていく。
「ねえねえ、光莉ちゃん。私、今、歴史的瞬間に立ち会ってる気がする」
「あはは……。智香ちゃん、声が大きいよ」
隣で苦笑いする光莉の袖を、智香はグイグイと引っ張った。
怖いもの知らずの智香でも、さすがにこのメンバーには緊張するらしい。……と、思いきや。
「あらぁ? あなた、そんな後ろ歩いてないで、こっちに来なさいよぉ」
先頭を歩いていたねねが、くるりと振り返って手招きした。
「えっ! いや私は後ろでひっそり歩いているので大丈夫ですよ!?」
「何言ってるの、水臭いわねぇ。私、元気な子は好きだし。……ねえ、名前なんて言うの?」
「遠山智香です! 九条先輩、よろしくお願いしますっ!」
智香が勢いよくお辞儀をすると、ねねは「ふふっ」と楽しそうに笑った。
「智香ちゃんね。うん、いい返事。……ねえ、智香ちゃんから見て、うちの奏ちゃんはどう? やっぱり愛想ない?」
「あー、えっと……」
智香はチラリと、ねねの隣で魂が抜けたように歩く奏を見た。
「いつもすごく静かだなって思います。でも、すっごく頭が良くて、いざという時は頼りになるし……物理のテストも、奏さんのおかげで助かりました! マジで感謝してます!」
「そう! そうなのよぉ!」
ねねが我が意を得たりとばかりに智香の肩を叩く。
「この子、頭はいいし教えるのも上手いのねぇ。要領だけはいいんだから。……ね、奏ちゃん? お友達に感謝されてよかったわねぇ」
「……買いかぶりすぎです」
奏が気だるげに返す。智香の素直なリアクションは、ねねの波長と妙に合うらしく、二人はすぐに打ち解けてキャッキャと盛り上がり始めた。
一方。その少し横を、優雅に歩く瑠璃は、この「ノリ」にどう参加すべきか戸惑っているようだった。
「……騒がしいわね」
瑠璃は小さく呟いたが、その表情に不快感はない。むしろ、少し眩しそうに智香を見ている。
「あ、あのっ! 西園寺先輩!」
不意に、智香のターゲットが瑠璃に向いた。
「な、何かしら」
瑠璃が足を止める。
「あの、先輩の今日の髪型、すっごく素敵です! カールがこう、ふわっとしてて! めっちゃ綺麗です!」
「……ああ、ありがとう」
瑠璃は驚くこともなく、涼しげに微笑んだ。
「今日は湿気が多いから、少し強めに巻いただけよ。……手入れは怠っていないわ」
見た目を褒められることなんて、日常茶飯事。
そういった様子だったが、続く言葉に瑠璃の表情が変わる。
「やっぱりぃ! さすがです! ……光莉ちゃんが言ってた通りだなぁ」
「……光莉が?」
瑠璃が眉を上げる。
「はい! 光莉ちゃん、『瑠璃先輩はいつも隣にいると綺麗だ』って、いつも話してて! 本当だなって感動しちゃいました!」
「ちょっ、智香ちゃん!?」
光莉が慌てて止めようとするが、もう遅い。瑠璃の余裕のあった表情が、一瞬で崩れる。
「ひ、光莉……あなた、裏でそんなことを言っていたの……?」
「あ、いや、その、それは……っ! お、思わず口から出ちゃったというか!」
光莉がしどろもどろになっていると、瑠璃は咳払いをして、真っ赤になった耳を髪で隠した。
「……そ、そう。……まあ、悪い気はしないわ」
その様子を見て、智香は笑って、今度は瑠璃の隣に並んだ。
「それにしても、西園寺先輩って意外と話しやすいんですね! もっとこう、女王様みたいな人かと思ってました!」
「……誰が女王様よ」
「あ、でも優しい女王様です! ……光莉ちゃんのこと、よろしくお願いしますね! この子、頑張り屋なんで!」
智香は、親戚のお節介な叔母さんのような口調で言った。
あまりの距離感の詰め方に、瑠璃は毒気を抜かれたように、ふっと口元を緩めた。
「……ええ。わかっているわ」
瑠璃は、後ろでおろおろしている光莉を一瞥し、そして智香に向き直った。
「あなたのことも覚えたわ、遠山さん。……光莉の友人が、あなたのような真っ直ぐな子で安心したわ」
「えへへ、光栄ですっ!」
智香が嬉しそうに笑う。
その様子を見て、光莉は胸を撫で下ろした。智香のコミュニケーション能力は、瑠璃相手でも通用するらしい。
「あ、見て見て! あそこのジェラート屋さん、空いてるよ!」
智香が指差したのは、人気のジェラート専門店だった。カラフルなショーケースが見えると、ねねも目を輝かせた。
「あら、いいわねぇ! 行きましょう!」
「わ、私はバニラだけでいいです……」
「何言ってるの奏ちゃん、この三段重ねにしなさいよぉ」
五人の少女たちが、ショーケースの前に集まる。
「うわ、種類めっちゃある! どうしよー!」
「わたくしは……フランボワーズにしようかしら」
「あ、それ美味しそうですね先輩!」
試験の重圧から解放された午後の陽射しの中、色とりどりのアイスを選びながら、賑やかな笑い声が溶け合っていく。
それは、嵐のような夏休みが始まる前の、ささやかで、けれど最高に贅沢な「普通」の時間だった。




