表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/56

霧の中の極彩色

 学園の敷地を一歩出ると、空気の質が変わる。

 管理された人工的な庭園の香りが消え、湿った土と濃い匂いが立ち込める原生林。雨上がりの霧が、視界を白色に染めていた。


 聖良とすずは、樹木の陰に身を潜め、息を殺していた。

 数メートル先。霧の切れ間に、二つの影がある。


「……今日は、ここでやろうか」


 けだるげな、しかし芯のあるハスキーな声が響いた。

 真白霧子だ。彼女はサイズの大きな制服の袖を捲り上げながら、無造作に地面に絵具箱を置いた。


「……はい、霧子様」


 答える声は、鈴を転がすように繊細で、しかし感情の抑揚に乏しい。藍染恵夢。

 彼女は霧子の言葉が絶対の命令であるかのように、躊躇なく自分の制服のボタンに手を掛けた。


「なっ……!?」


 聖良が音なき悲鳴を上げる。白いブラウスが滑り落ち、スカートが解かれる。

 霧の中、現れたのは薄手のキャミソールと、身体のラインを露骨に拾う白いのスパッツ姿だけ。あまりにも白く、陶器のように滑らかな肌が、薄暗い森の中で発光しているかのように見えた。


(……破廉恥な!)


 聖良の正義感が沸点に達する。

 我慢できず、彼女は隠れていた木の幹を強く握りしめた。バキッ。枯れ枝を踏みしめる音が、静寂を裂いた。


「……誰?」


 霧子がゆっくりと振り返る。

 その瞳――右目が鮮やかなマゼンタ、左目が冷たいシアンのオッドアイが、正確に聖良たちの潜伏場所を射抜いた。


 見つかった以上、隠れていても仕方がない。聖良は覚悟を決め、すずを引き連れて姿を現した。


「……そこまでだ、彩苑の諸君」


 聖良は努めて冷静に、威厳ある声を張り上げた。


「私は白嶺学園、風紀委員長の御鏡聖良。そして書記の五十嵐すずだ」


「……」


 霧子は、興味なさそうに瞬きをしただけだった。

 恵夢に至っては、恥ずかしがる素振りすら見せず、ただ人形のように立ち尽くしている。


「白嶺の……ああ、あの堅苦しい合同生徒会選挙の候補者たちか」


 霧子はあくびを噛み殺すように言った。


「で? 権限外の場所まで出張ってきて、何の用だい?」


「貴様たちが怪しい動きをしているから確認に来たまでだ! ……公衆の面前で服を脱ぐなど、言語道断。答え次第では、合同生徒会に通報させてもらう」


 聖良の警告に、すずもコクコクと頷き、その光景を脳裏に記録し続けている。

 だが、霧子はふっと鼻で笑った。


「何って……見ればわかるだろう。絵を描くだけだよ」


「絵だと? キャンバスもなしに……」


「あるじゃないか。最高のが、ここに」


 霧子が筆をくるりと回し、恵夢を指した。

 聖良が眉をひそめるより早く、霧子は恵夢に近づき、その頬に指先を這わせた。


「……ん」


 恵夢の口から、甘い吐息が漏れた。聖良は目を見開いた。

 先ほどまで無機質な人形のようだった恵夢の肌が、見る見るうちに桜色に染まっていく。

 見られている。他人の視線がある。その事実が、彼女に羞恥ではなく、強烈な興奮を与えているのだ。


「……あっ、熱いです、霧子様……」


「ふふ。……いい反応だ」


 霧子は、恵夢の紅潮した首筋を見つめ、恍惚とした表情を浮かべた。


「普段より熱が高いね。……観客がいるからかな? その乱れ、悪くない」


「き、貴様ら……!」


「そこで見ていなよ、白嶺の」


 霧子が制した声には、有無を言わせぬ圧力があった。

 彼女はパレットに極彩色の絵具を出し、たっぷりと筆に含ませた。


「今から生まれるのは、一度きりの傑作だ」


 筆先が、恵夢の白い鎖骨に触れる。


「あぁっ……!」


 恵夢が背中を反らせ、快楽に似た声を上げる。

 その肌の上を、青と赤の絵具が滑っていく。ただの色ではない。恵夢の体温と、滲み出る汗と混ざり合い、色が生き物のように脈打ち始める。


(……な、何だこれは……)


 聖良は、怒鳴りつけることも、目を逸らすこともできなかった。

 幾何学模様のような、あるいは絡みつく蔦のような紋様が、恵夢の身体を侵食していく。

 それは背徳的で、狂気じみていて。けれど、悔しいほどに美しかった。


 筆が動くたび、恵夢の呼吸が乱れ、肌の色が変わり、その変化に合わせて霧子がまた色を重ねる。

 二人の間には、言葉も理屈もない。ただ「感覚」だけが共鳴し合う、濃密な世界。


 隣で、すずが息をのむ音が聞こえた気がした。


「……綺麗」


 すずが、無意識に呟いた。聖良はそれを咎めることができなかった。

 彼女自身もまた、その異様な光景に魅入られ、喉の奥が熱くなるのを感じていたからだ。


 霧の森の中。規律が及ばない場所で、極彩色の儀式は続いていく。

 それは、聖良たちが未だ知らない、「本能」という名のペアの形だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ