秩序と混沌
校舎の外では、雨上がりの湿ったアスファルトを叩く、硬質な足音だけが響いていた。
カツ、カツ、カツ。
一分の隙もなく制服を着こなした御鏡聖良が、校内巡回を行っていた。
その三歩後ろを、五十嵐すずが小走りで追従する。いつもの隊列だ。
「……五十嵐」
不意に、聖良が足を止めずに声をかけた。
「は、はいっ! 何でしょうか聖良様!」
すずがビクリと肩を震わせて即答する。
聖良は前を向いたまま、冷ややかな声で問うた。
「期末試験の準備は進んでいるのか。……お前が赤点を取れば、私の顔に泥を塗ることになる。風紀委員の面汚しだけは許さんぞ」
それは脅しに近い確認だった。けれど、すずの声には、いつものような怯えの色は薄かった。
「あ、はい。その点については、まったく問題ありません」
「……ほう?」
聖良がわずかに眉を動かす。この臆病な従者が、自信を見せるのは珍しい。
「教科書と配布プリント、板書の内容は、すべて記憶済みです。……今のところ、その範囲を超えて問題が出たことはありません」
すずは、さも事務的な報告のように言った。
彼女の特異性。それは、一度見た情報を映像として完全に脳裏に焼き付ける「瞬間記憶」に近い能力だ。「正解のあるデータ」を扱う試験は彼女の得意分野だった。
「……そうか」
聖良の口元が、微かに緩んだ。道具としては、実に優秀だ。
「ならばいい。……私も、今回は少々本気で行かなければ」
聖良の脳裏に、二人の顔が浮かぶ。万年一位の和泉純。そして二位の西園寺瑠璃。
白嶺の頂点に君臨するあの二人を、今度こそ引きずり下ろす。
「行くぞ。外周部の確認が終われば、今日は解散だ」
「はいっ!」
二人は足早に、校舎裏手の森へと続く外周路へと向かった。
雨上がりの霧が、うっすらと立ち込めている。
その時だった。
「……?」
聖良が鋭く目を細めた。霧の向こう。学園の敷地を隔てるェンスの裏側に、人影が見えた。
一つではない。二つだ。
「……あれは」
すずが目を凝らしターゲットを特定する。
「彩苑の……」
霧の中で揺らめく、派手な着崩しと、気怠げなシルエット。
真白霧子と、そのパートナー・ 藍染恵夢。
風紀委員にとっての「頭痛の種」が、雨上がりの薄暗い森の入り口で、何やら楽しげに蠢いていた。




