帰路
白嶺の生徒たちは、それぞれのペースで寮への帰路についていた。
「ん~っ! 肩凝ったぁ~!」
最初に声を上げたのは、九条ねねだった。
彼女は伸びをすると、隣にいた常盤奏の背中に、だらりと全体重を預けるように抱きついた。
「ねえ奏ちゃん、おんぶしてー」
「……無理です。物理的に潰れます」
「えー、冷たいなぁ。……でも、さっきの天穹の子たち見た? あのロボットみたいな子」
ねねはクスクスと笑いながら、奏の頬を指でつんつん突き回す。
「やっぱ奏ちゃんの方が可愛いわ。あんな無機質な子より、奏ちゃんの方が肌触りいいもんねー」
「……比較対象がおかしいです」
奏は無表情のまま、背中にへばりつくねねを引き剥がそうともせず、淡々と歩を進める。まるで飼い主とペットの大きな犬のようだった。
二人の姿は、街灯の下で長い影を作りながら、夜の闇へと溶けていった。
*
「――まったく、嘆かわしい」
規則正しい足音を響かせて歩くのは、御鏡聖良だ。
「あの彩苑の連中……公衆の面前であのような破廉恥な真似を。ここをどこだと思っているんだ」
怒りを露わにしながら早足で進む聖良の後ろを、五十嵐すずが小走りで追いかける。
「ひぃ、ま、待ってください聖良様ぁ……」
「遅いぞ、五十嵐。置いていくぞ」
「す、すみません……! で、でも、あの人たち、すごかったです。データでは読み取れない熱というか……」
「今はその話をするな。反吐が出る」
聖良は一度立ち止まり、振り返ってすずを睨んだが、その視線はすぐに和らいだ。
「……はあ。まあいい。……少しは落ち着いたか」
「え?」
「あれだけの人数を観察するのは酷だっただろう。今日は少しくらい労をねぎらってやる。帰ったら食堂で甘いものでもどうだ」
「あ……はいっ!」
聖良はプイと前を向き直し、また歩き出した。 すずは、少しだけ嬉しそうに、その凛とした背中を追いかけた。
*
そして、最後尾。瑠璃と光莉は、並んでゆっくりと石畳を歩いていた。
「……はぁ」
瑠璃が、深く長い溜息をついた。 その肩から力が抜け、こわばった顔も少し和らいでいた。
「お疲れ様です、瑠璃先輩」
光莉は、気遣わしげに瑠璃の横顔を見上げた。
「……疲れたわ。合同生徒会長に、あの葵ヶ崎の候補者」
瑠璃は夜空を見上げ、苦笑した。
「氷堂さん……。あの方の放つ『圧』は特にすごかったですね。隙がないというか、完成されすぎているというか」
光莉は、会場で感じた肌寒さを思い出していた。
光莉が言葉を選びながら、そんなことを言うと瑠璃が顔を覗き込む。
「……あの脇に控えていた1年。少しだけ、光莉に似ていたかもね」
凛とした玲央と、その影に潜む沙耶。
「瑠璃先輩と、あの氷堂さんも、どこか似ていました。孤高というか、その……」
「わたしが……?」
「はい。氷堂さんは太陽みたいに眩しいんですけど、瑠璃先輩はまた違う。星のような……」
光莉は自分の胸元をぎゅっと握った。
「褒められてる、ということかしら?」
光莉の言葉に、瑠璃は足を止めた。
「……そうね。あなたの言う通りかもしれない」
瑠璃は、隣に立つ光莉の手を、そっと握った。 光莉の手は温かかった。
少し汗ばんでいて、緊張していて、脈打っている「生きた」手だ。
「私たちとどこか似ていて。きっと今の時点ではあの人たちのほうがペアとして完成に近い存在」
瑠璃は、光莉の手を強く握り返した。
「わたくしたちは、まだ不格好で、未完成よ。……でもだからこそ、あの方たちを超えることもできるはず」
冷たく澄んだ完成品よりも、泥臭くても熱を帯びた未完成品でありたい。
瑠璃の瞳に、再び強い光が宿った。
「帰りましょう、光莉。……今日はゆっくり休んで、明日からはまた試験に向けて忙しくなるわ」
「は、はいっ……よろしくお願いします」
二人は顔を見合わせて笑い合うと、繋いだ手を離さずに歩き出した。
月明かりが二人の影を長く伸ばし、やがて一つに重なっていった。
嵐の前の静けさ。夏休みの第一試験まで、あと一月。それぞれの夜が、静かに更けていく。




