うわべの社交
安野文の号令で始まった懇親会。
会場には小さくBGMが流れ、豪勢な料理が並べられたが、そこに漂う空気は決して和やかなものではなかった。 笑顔の裏で、互いの腹を探り合う視線が交錯する。
「……光莉、離れないで」
瑠璃が、グラスを片手に光莉のそばに立つ。
その視線は、会場の中央からこちらへ向かってくる、ある人物に向けられていた。
「……来たわ」
人垣が自然と割れ、紫紺の制服を身に纏った長身の影が、静かに歩み寄ってくる。腰まである黒髪をポニーテールに束ね、凛とした顔立ちをした麗人。その立ち振る舞いは、まるで舞台俳優のように洗練されている。
「ごきげんよう、西園寺さん。……一度、挨拶をさせていただきたくてね」
麗人は足を止め、涼やかな声で語りかけた。
少なくとも表面に敵意は浮かんでいない。あくまで礼節を重んじる、紳士的な態度だ。
「ええ。ごきげんよう。……あなたが葵ヶ崎の予選一位通過者よね。自ら挨拶に来てくださるなんて」
瑠璃もまた、完璧な令嬢の笑みで応じる。表面上は穏やかだ。けれど、その間には決して混じり合わない信念の火花が散っている。
「知っていただけてるなんて光栄だな。私は、氷堂玲央。……君の噂は聞いているよ。西園寺瑠璃。あの西園寺グループの令嬢で、二年前の生徒会選挙出場者」
「こちらこそ光栄ですわ。氷堂家といえば、代々政治家を輩出してきた名門ですもの」
「ふふ、互いに家の威信をかけた戦いができるというわけだね。楽しみにしているよ」
玲央は余裕の笑みを崩さないまま、光莉へと視線を向けた。
「そちらがパートナーの……小林光莉さんだね?」
「あ、はい……!」
「初めまして。……紹介しよう。私のパートナーだ」
玲央が半歩下がると、背後に控えていた少女が音もなく前に出た。 重めのボブカットで目元が隠れている、小柄な少女。
「……初めまして。黒木沙耶です」
淡々とした、抑揚のない声。挨拶は丁寧だった。けれど、光莉は思わず息を呑んだ。彼女には、気配がなさすぎた。玲央という強い光の背後に伸びる、実体のない「影」。その底知れない不気味さに、光莉の背筋に冷たいものが走った。
「……よろしくお願いします」
震える声で返すのが精一杯だった。
*
一方、ビュッフェエリアでは、別の接触が起きていた。
「あら、さっきの子じゃない?」
九条ねねが、皿にマカロンを積み上げながら声をかけた相手は、先ほどの質疑応答で最初に手を挙げた少女だった。ぶかぶかの白衣を着て、チョコレートをつまんでいる小柄な少女。
「ん? ……あぁ、そういうあなたはさっき質問してた白嶺の人ですねぇ」
少女は近づくと、ねねを見上げた。
額には大きなゴーグルを付けている。なんのために……、ねねは訝しんだ。
「奇遇ですねぇ。私もあなたに興味があったんです。……さっきの会長への質問、なかなか良い『角度』でしたよぉ」
「ふふ、ありがと。あなたもね。……私たち、ちょっと似たもの同士かも?」
ねねは愛嬌たっぷりに微笑み、距離を詰める。少女は人懐っこく笑って、手を差し出す。
「そうかもしれませんねぇ。私は天穹学院の、由良ミナミ(ゆら みなみ)ですぅ。よろしくお願いしますね、九条さん」
「よろしく、ミナミちゃん」
握手を交わす二人。似た者同士、といったのは嘘ではない。
ねねの直観がアラートを出していた。
この子の「人懐っこさ」は、おそらく対象に警戒心を抱かせないための擬態だ、と。
「あ、そうだ。こっちは私のパートナーの……」
ミナミが指差した先。大型ヘッドホンをした長身の少女が、微動だにせず佇んでいた。
作り物めいた美しい顔立ち。
「……イオ」
少女は短く名乗ると、また静止画のように黙り込んだ。
その様子を、ねねの後ろにいた常盤奏がじっと見つめていた。
(…………)
奏は、無表情のままイオを見つめた。周囲の喧騒の中で、彼女の周りだけ真空のように音が消えている。自分と同じ、深い「静けさ」の中にいる存在。言葉は交わさない。けれど、奏はイオの佇まいに、奇妙な親近感を覚えていた。
*
会場の隅、壁際の位置。御鏡聖良は、腕を組み、鋭い視線で会場全体を監視していた。
その背後で、五十嵐すずが震えながら、小さな声で報告する。
「……せ、聖良様。……あの人、おかしいです……」
「……ん?」
すずが視線で示した先。
そこには、ひときわ異彩を放つ集団がいた。
彩苑藝術学院のエリアだ。
中心にいるのは、髪も服も絵の具だらけの少女。
彼女はあろうことか、パートナーらしき少女の腕に、直接ペンや絵の具を走らせていた。
「……データ照合しました」
すずが、手元の資料と照らし合わせながら早口で告げる。
「描いている方が、彩苑の候補者……真白霧子。すでに公に作品も発表している芸術家で、彩苑の中ではトップレベルのアーティストとしての扱いを受けているようです。そして、キャンバスにされているのが、パートナーの藍染恵夢。モデルとして入学したという情報がありますが……」
「……じっとしてて、恵夢。いま色が降りてきた」
「はい……霧子様……」
恵夢と呼ばれたプラチナブロンドの少女は、袖が切り落とされた制服から白い腕を晒し、そこに極彩色の幾何学模様が描き足されていくのを、恍惚とした表情で見つめている。公衆の面前での、異様な創作行為。そこには常識が存在しない。
「……嘆かわしい」
聖良は、心底軽蔑したように吐き捨てた。
「秩序の欠片もない。……あのような連中が、同じ選挙権を持っているとはな」
聖良は不快そうに視線を切った。あれは「排除すべき無秩序」だ。
*
法と論理の葵ヶ崎。
科学と実験の天穹。
混沌とアートの彩苑。
それぞれの強烈な個性が渦巻く会場で、光莉は改めて、自分たちが飛び込んだ世界の広さと深さを思い知らされていた。




