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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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ルール

静寂が戻ったホールに、安野文の淡々とした声だけが響く。


「本選は、約半年をかけて行われます。競い合ってもらうのは、各校の理事会と合同生徒会が定めた『四つの試験』です」


 文が指を軽く振ると、ステージ上のスクリーンが表示を変える。


「知力、体力、統率力、そしてカリスマ性。……あなたたちがトップに立つに相応しい器かどうか、あらゆる角度から試させてもらいます」


 会場に緊張が走る。予選とは比べ物にならないスケールが予想された。


「また、試験の結果だけが全てではありません。普段の学園生活における『功罪』もまた、評価の対象となります」


 文の視線が、生徒たちの指元に向けられた。その意図を察し、光莉は、自分の左手薬指にはめられた指輪を見つめる。


「そのリングは、あなたたちの行動を記録し、管理するものです。素行、成績、貢献度……それらは常に数値化され、可視化される。基本的には試験の結果が優先されますが、僅差の場合、その『日常点』が合否を分けることになると思いなさい」


 常に監視されているということだ。

 光莉は思わず、指輪を隠すように右手を重ねた。


「ただし、義務ばかりではありません。本選出場者には、特権として『合同生徒会施設』の利用を許可します」


 文が続ける。会議室、図書館、トレーニングジムといった場所の説明がスクリーンに映る。

 それらは全て、選ばれたエリートだけが足を踏み入れることを許される聖域だ。


「試験のために必要だと思うなら、好きに使いなさい」


 文は冷たく言い放つと、スケジュールについて触れた。


「現在は各校の理事と試験内容を協議中です。一つ目の試験は、約一ヶ月後――夏休みに行う予定です。詳細は試験日の2週間前には伝達します」


 夏休み。その言葉に、会場の空気が少しだけ和らいだ。


「説明は以上です。……何か質問は?」


 文が問いかけると、静まり返った会場から、スッと小さな手が上がった。


「――はい。質問いいですかぁ?」


 天穹理数化学研究学院の集団から進み出たのは、一人の少女だった。

 ぶかぶかの白衣をまとい、袖から指先だけを覗かせている。癖のある茶髪に、小動物のような愛らしい顔立ち。

 だが、光莉の耳には、彼女の声が不思議なほど「無機質」に聞こえた。まるで、録音された音声を再生しているような。


「天穹学院三年、由良ゆらミナミですぅ。……試験の内容についてですが、各学園の『得意分野』が出題される可能性はありますか? たとえば、理数系の私たちに有利な計算問題とか、彩苑さんに有利な芸術課題とか」


 可愛らしい口調だが、その瞳は笑っていない。合理的な勝算を計算している目だ。


 文は、表情を変えずに答える。


「正確な内容は決まっていないし、決まっていても答えられませんが……例年の傾向を鑑みれば、当然あるでしょうね。各校の理事会は、自分の学園を勝たせるために有利な課題をねじ込んでくるものです」


 文はあっさりと認めた。会場がざわつくが、彼女はそれを一蹴する。


「ですが、条件は同じです。各学園からどのような課題が出るかは、運であり、実力のうち。……不平を漏らす暇があるなら、苦手分野を克服する努力をしなさい。あなたたちの『最適解』を期待しています」


「……なるほどぉ。了解ですぅ」


 由良は、ペコリと頭を下げて下がった。


 続いて、凛とした声が響いた。葵ヶ崎法学院の列から、長身の麗人が手を挙げた。

 腰まである黒髪をポニーテールにし、紫紺の制服を着こなす姿は、まるで侍のようにすら見える。


「……葵ヶ崎法学院3年、氷堂ひょうどう 玲央れおと申します」


 よく通る、涼やかなアルトボイス。名乗るだけで場の空気が引き締まるような、圧倒的なカリスマ性がある。


「……先ほど一組が排除されましたが、選考フローに変更はあるのでしょうか」


 彼女が気にしているのは、ルールの整合性だ。文は淡々と答える。


「脱落のフローは微調整しますが、最終的なゴールは変わりません。……最後に残るのは四ペア、計八名。それだけ覚えておけば十分です」


「……承知いたしました」


 玲央は、短く一礼して下がった。会場がピリッとした空気に包まれる中、空気を読まない声が上がった。


「はーい! 私も質問ありまーす!」


 九条ねねだった。彼女は手をヒラヒラさせながら、無邪気な笑顔で文を見上げた。


「白嶺3年、九条ねねでーす」


 文が、ゆっくりとねねを見た。


「……何かしら」


「最終的な『役員』の割り振りって、どうやって決めるんですか? 誰が生徒会長で、誰が副会長になるのか。……その椅子取りゲームのルール、詳しく教えてほしいなって」


 核心をつく質問に、会場の空気が変わる。

 文は、つまらなそうに答えた。


「簡単なことです。試験を勝ち抜き、最後に残った四組。……その四組によって行われる『最終試験』の勝者が、生徒会長となる権利を有します」


「へぇ。じゃあ、負けた三組は?」


「会長となった者のパートナーが、自動的に副会長となります。……そしてそれ以外の役員、書記や会計といったポストは、選ばれた会長が『最終試験を戦った敗者たち』の中から適性を判断し、割り振ることになります」


 つまり、最終試験まで残りさえすれば、生徒会役員になれる可能性は高い。だが、任命権は全て勝者である生徒会長の手にあるということだ。


「なるほどぉ……。じゃあ、もう一つ質問」


 ねねは、ニヤリと笑った。


「その『最後の四組』って、各学校から1組ずつ残る……なーんて、平和なルールじゃないですよね?」


 文の口元が、冷ややかに歪んだ。


「当然です。枠などありません。実力のない学園は、一組も残れない」


 文が、会場を見渡すように告げた。


「今の合同生徒会役員に、白嶺と彩苑の生徒は一人もいません。構成員は全て、葵ヶ崎と天穹の生徒のみです」


「えっ……?」


 光莉は思わず声を上げた。 白嶺の生徒が、今の合同生徒会には一人もいない?


「……知らなかったの、光莉」


 隣で、瑠璃が悔しそうに唇を噛みながら囁いた。


「葵ヶ崎は……ルールの穴を突くような技や、議論による戦いに長けているわ。それに天穹の計算能力も脅威よ。……今の生徒会は、完全に彼らに牛耳られているの」


「そうなんですね……」


「でも、諦めることはないわ」


 瑠璃は、壇上の文の姿を見据える。


「近年でも、白嶺が生徒会長の座を勝ち取った代もある。……わたくしたちが奪い返すのよ。あの椅子を」


 瑠璃の瞳に、静かな炎が宿る。これは単なる学校行事ではない。学園の威信と、支配権をかけた、本物の戦争なのだ。


 文は、ざわめく会場を冷たく見下ろし、締めくくった。


「説明は以上です。……夏休みまでの1ヶ月、皆さんの健闘を期待していますよ」


 文がパンと手を鳴らすと、会場の照明が温かみのある暖色へと切り替わる。先ほどまでの冷酷な宣告が嘘のような、穏やかな空間。


「では――懇親会に移りましょうか」


 文は優雅に微笑み、ステージを降りた。地獄の釜の蓋が開いたと告げられた直後に、グラスを持って談笑しろと言うのだ。

 そのあまりの切り替えの早さに、光莉はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

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