side:すず_断罪者とスコープ
執行委員会室を出た直後の、長い廊下。
カツ、カツ、カツ。
私の前を歩く御鏡聖良様の足音は、今日も時計の針のように正確で、美しい。
すれ違う生徒たちが、怯えたように道を開ける。
その刺すような視線が、後ろを歩く私にも向けられている気がして、足がすくむ。
「あ、あのっ、聖良様……! ま、待ってくださいぃ……!」
私は、小走りでその背中を追いかける。
大きなファイルを胸に抱き、キョロキョロと視線を彷徨わせながら。
怖い。
聖良様が歩くのが速いからじゃない。
私には、「見えすぎて」しまうからだ。
(……2年C組、高橋先輩。スカート丈、規定より3センチ短い)
(……隣の佐藤先輩。昨日、寮の門限を違反した)
眼鏡の奥、私の視界に入った生徒たちの情報が、勝手に脳内のデータベースとリンクする。
私が風紀委員の特権で頭に叩き込んだ、規則と、そして全校生徒の個人データ。
顔を見ただけで、その人の情報や交友関係が、タグのように浮かんで見えてしまう。
みんな、表向きは普通の顔をして歩いている。
でも、私にはその裏にある「嘘」や「秘密」が見えてしまう。
情報量が多すぎて、頭が痛い。
知りたくもない他人の秘密に押しつぶされそうで、私はいつも視線を地面に落とすしかない。
*
人気のない渡り廊下まで来たところで、聖良様が足を止めた。
振り返りもせず、低い声が降ってくる。
「……どう見た、五十嵐」
その声を聞いた瞬間、私の背筋が伸びる。
聖良様の前でだけは、この疎ましい目は「武器」になる。
私はファイルを抱き直した。
「……手強いです。二組とも」
私は、脳内の情報を整理し、淡々と報告する。
「まず、1位通過の『九条・常盤ペア』。……九条ねね先輩は、おそらく自分すら騙している仮面をかぶっていました。指先の動き一つまで計算された振る舞い。隙が見当たりません」
「ほう?」
「ですが……あれは、常盤先輩というパートナーがあってこそです。九条先輩が常盤さんを従えているように見えますが……私には、常盤さんが九条先輩を制御しているように見えました」
「……道化師の手綱を握っているのは、従者の方だと?」
「はい。あくまで私の主観ですが……常盤先輩というフレームがあるからこそ、九条先輩はあそこまで奔放に振る舞える。……常盤さんを引き剥がせば、九条先輩のバランスは崩れるはずです」
「なるほど。興味深い分析だ。……次は?」
「2位通過、『西園寺・小林ペア』」
私は眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。
ここが、一番の不可解な点だ。
「西園寺先輩のデータが、以前と一致しません。以前は『孤高』でしたが、今は精神的な支柱を外部……パートナーの小林さんに委ねています。プライドが薄まり、柔軟になっている。……以前より、ずっと厄介です」
「あの紛い物が、磨かれたということか」
「はい。……おそらく要因は、小林光莉。ですが……」
私は眉をひそめた。
私のデータベースに、彼女の情報だけが極端に少ないのだ。
「小林さんは、あまりに『普通』すぎます。成績も、素行も、何もかもが平均的。……なのに、あの西園寺先輩を変えてしまった。データで測れない『何か』を持っています。……警戒レベルを上げたほうがいいです」
報告を終えると、聖良様は満足げに頷き、私の元へ歩み寄ってきた。
そして、その大きな手で、私の頭を無造作に撫でてくれた。
「上出来だ、五十嵐。……お前が私の『目』である限り、白嶺の秩序は揺るがない」
――ああ。
頭の芯が、痺れるように熱くなる。
この手のひらの温度だけが、嘘のない真実。
「は、はいぃっ……! 聖良様ぁ……!」
私は思わず、その場にへたり込みそうになった。
私は、ずっとこの力が嫌いだった。
人の嘘や秘密ばかりが見えて、誰も信じられなくて、ずっと教室の隅で震えていた。
入学当初、不良の先輩に絡まれた時だってそう。相手の悪い噂が見えてしまって、怖くて動けなかった。
でも、聖良様は違った。
私を助けてくれた時、あの方からは「一点の曇り」も見えなかった。
裏表のない、研ぎ澄まされた正義。
嘘つきだらけのこの世界で、あの方だけが、私にとって唯一信じられる「秩序」だった。
だから、私は決めたのだ。
この目は、聖良様ために使うと。
気味悪がられてもいい。あの方の役に立てるなら、私は喜んでこの身を捧げる。
「……行こうか」
「は、はいっ! お供しますぅ……!」
聖良様が歩き出す。
私は再び、ファイルを強く抱きしめてその背中を追いかけた。
見ていてください、聖良様。
あなたの邪魔をする敵は、私が全部丸裸にしてみせますから。
だ、だから……私を置いていかないでくださいね。




