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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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正しさの死角

 執行委員会室の空気は、これまでになく張り詰めていた。


「それで、演説会の台本はできたのかしら」


 和泉純が、モニターに資料を映す。

 支持票を投じる生徒の参考とするべく、合同生徒会選挙の立候補者による演説会が決まった。

 執行委員会の企画によるもので、提案内容は学園祭運営の参考にされる。

 ここでどのような提案を生徒にぶつけるのか、それ次第でまだ浮いている支持票の行方は左右されるだろう。



「……以上が、わたくしの公約よ」


 西園寺瑠璃が、リハーサルを終えて一息ついた。

 完璧だった。

 タイムキープは1秒の狂いもなく、発声はアナウンサーのように明瞭。

 掲げた政策は『予算管理の徹底』と『混雑緩和のためのゾーニング規制』。過去のデータに基づいた、あまりにも隙のない改善案だ。


「……どうかしら、純。光莉」


 瑠璃が、同意を求めて二人を見た。

 その瞳には「これ以上ない正解を出した」という自信が輝いている。


 しかし、部屋には重い沈黙が落ちた。


「……」


 光莉は、言葉に詰まっていた。

 正しい。すごく立派だ。

 でも、まるで精密機械の説明書を読まれているようで……体温がなかった。

 「ここを制限します」「管理します」という言葉ばかりで、「みんなで楽しもう」という熱量が削ぎ落とされている。


 光莉は勇気を出して、声を上げた。


「……あの、先輩」


「なに? 光莉」


「内容は……すごく立派だと思います。でも、少し『硬い』気がします」


 光莉は、瑠璃の目を真っ直ぐに見つめて伝えた。


「先輩の真面目さは伝わるんですけど……もっとこう、先輩自身の言葉というか……感情を出した方が、みんなに響くんじゃないでしょうか。『一緒に楽しい学園祭を作りましょう』って」


 そう言った瞬間、瑠璃の眉がピクリと動いた。

 反論しようと口を開きかけた瑠璃を制するように、純が口を挟んだ。


「……私も、小林さんに同感ね」


 純が、静かに頷く。


「瑠璃、あなたの案は私のような、運営側から見れば満点よ。でも、投票するのは一般の生徒たちだわ。彼女たちは『正しい管理者』よりも、『夢を見せてくれるリーダー』を求めている。……少し、隙や遊びがあった方が親近感が湧くわよ」


 二対一。

 一番の理解者である純までもが、光莉に同調した。

 しかし、瑠璃は静かに、けれど力強く首を横に振った。


「いいえ。……あなたたちは、この学園の生徒を見くびっているわ」


「え?」


「ここにいるのは、私たちと同じ学園の生徒よ」


 瑠璃は、窓の外に広がるキャンパスを見下ろした。


「彼女たちは聡明だわ。感情に訴えるだけの中身のない夢物語と、論理に裏打ちされた確実な改革……どちらが自分たちの利益になるか、正しく判断できるはず」


 それは、瑠璃なりの「信頼」だった。

 媚びを売ったり、お祭り騒ぎで誤魔化したりするのは、むしろ彼女たちに対して失礼にあたる。

 理性的な彼女たちなら、きっとこの「正しさ」を選んでくれるはずだ。


「……だから、私はその人たちに私として真摯に向き合いたい」


 その声には、一点の迷いもなかった。

 彼女は本気で信じているのだ。正しさは、必ず伝わると。


 その背中から聞こえる「音」は、以前のような悲鳴ではなかった。

 澄み渡った、高く美しい音色。

 それは純粋すぎるがゆえに、他の音を一切受け入れない旋律だった。


(……先輩)


 光莉は悟った。

 これは怯えじゃない。生徒たちへの不器用な「誠実さ」なのだ。

 それを否定することは、光莉にはできなかった。


「……わかりました」


 光莉は引き下がった。


「先輩がそこまで信じているなら……私も、信じます」


 純もまた、小さくため息をつき、肩をすくめた。


「本人がそこまで言うなら、止めないわ」


「ええ。見ていなさい」


 瑠璃は振り返り、強く微笑んだ。


「正しさこそが最強だと、証明してみせるわ」


 その笑顔は、あまりにも眩しく、そして痛々しいほど無防備だった。

 

 窓の外、夕焼けが空を燃やしている。

 明日、この完璧な演説が、生徒たちの前で披露される。


 先輩の言う通り、みんなが賢い選択をしてくれればいい。

 けれど、光莉の耳の奥には小さなノイズとなってこびりついて離れなかった。


(……大丈夫、だよね?)


 光莉は、祈るように拳を握りしめた。

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