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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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昼に夕に

 週明けから、光莉の二重生活が幕を開けた。

 予選突破のための戦略は明確だ。

 昼は、智香と共に広報活動。

 放課後は、瑠璃と共にトラブルの解決。


 目が回るような忙しさの中で、光莉は必死に足を動かし始めた。



 昼休み。

 光莉は、お弁当を早食いして、智香に腕を引かれていた。


「さあさあ、今日は『運動部エリア』を攻めるよー!」


 智香は光莉を連れて、体育館裏の部室棟へと向かう。

 そこには、休み時間にも練習の準備をする運動部の生徒たちがたむろしていた。


「おっすー! バスケ部のみんな、元気ー?」


 智香が屈託のない声で手を振る。


「あ、智香だ! ヤッホー」

「何しに来たの? またお菓子?」


 部員たちが親しげに振り返る。智香の顔の広さは本物だった。彼女の明るさは、どんなコミュニティの壁も溶かしてしまうらしい。


「今日は紹介! ほら光莉ちゃん、挨拶!」


 背中をバンと叩かれ、光莉は一歩前に出た。

 好奇の視線が集まる。胃が縮みそうだ。


「あ、あの……1年の小林光莉です。……合同生徒会選挙の、西園寺先輩のペア、です」


 声が震える。

 すると、部員の一人が「ああ、噂の!」と目を丸くした。


「西園寺様のペアって聞いてたから、もっと高飛車な子かと思ってたけど……普通に大人しそうな子じゃん」

「ほんとだ。なんか意外かも」


 意外にも、反応は悪くなかった。

 智香がすかさずフォローを入れる。


「でしょー? 光莉ちゃん、すっごくやさしくていい子なんだよ! 選挙、よろしくね!」


「へー、智香がそこまで言うなら応援しようかな」


 そんな会話をしていると、横を通りかかった部員が、カゴを抱えてよろめいた。


「あ、危ない!」


 光莉は咄嗟に駆け寄り、傾いたカゴを支えた。


「だ、大丈夫ですか?」


「あ、ありがとう! 助かったぁ……これ、意外と重くて」


「こっち、持ちます。コートまでですよね?」


 光莉は自然とカゴの片側を持ち、一緒に歩き出した。

 特別なアピールをするつもりはなかった。ただ、目の前の人が困っていたから手を出しただけ。

 けれど、運び終えた後、部員は笑顔で言った。


「ありがとう、小林さん! 名前、覚えたからね!」


 その笑顔を見た時、光莉の胸に小さな灯りがともった。

 こうして一人一人と向き合うことなら、私にもできるかもしれない。


「やるじゃん、光莉ちゃん!」


 智香が親指を立てて笑顔を浮かべた。



 そして、放課後。

 今度は、瑠璃とトラブル解決の時間だ。

 純から渡されたタブレットには、学内から寄せられたもめごとのリストが表示されている。


「今日はこれよ。『第二会議室のダブルブッキング』」


 瑠璃が、リストの項目を指差した。


「演劇部と吹奏楽部が、同時に会議室の使用権を主張して揉めているらしいわ。現場へ行きましょう」


 現場の会議室前は、険悪な空気に包まれていた。

 

「うちは来月のコンクールに向けて、広い部屋が必要なの!」

「こっちだって、衣装制作のために広い場所を確保しなきゃいけないんだ!」


 演劇部と吹奏楽部の部長が、互いに譲らず言い争っている。

 そこへ、瑠璃がカツン、カツンと足音を響かせて現れた。


「――そこまでになさい」


 凛とした声が、争いを断ち切る。

 瑠璃は、二人の部長の間に割って入ると、手元のタブレットを淡々と操作した。


「執行委員会の西園寺瑠璃です。状況は把握しています」


 彼女は、冷徹なまでに事務的に告げた。


「予約状況は朝通知されたようですが、システムによれば先に登録しているのは演劇部です。そちらに使用権があります」


「そ、そんな……!」


 吹奏楽部の部長が肩を落とす。


「うちは、顧問の先生の確認をもらうのに時間がかかって……!」


「手続きの不備はそちらの責任です。ルールは絶対です」


 瑠璃の言葉は正論だった。反論の余地はない。

 演劇部は「ほら見ろ」と安堵し、吹奏楽部は行き場のない怒りと落胆に沈む。

 トラブルは「解決」した。

 けれど、このままでは吹奏楽部の生徒たちに「西園寺瑠璃は冷たい」というしこりが残ってしまう。


(……このままで、いいのかな)


 光莉は、瑠璃の後ろで、俯く吹奏楽部員たちを見ていた。

 正しさは、時に人を傷つける。

 光莉は、昼休みに智香と回った校舎の様子を思い出していた。


「……あの、すみません」


 光莉は、おずおずと手を挙げた。

 全員の視線が集まる。瑠璃も「光莉?」と振り返る。


「ルール上は演劇部さんの使用で決定だと思います。……でも、吹奏楽部のみなさんも、困りますよね」


「そりゃそうよ! 今日場所がないと練習が……」


「先ほど、校舎を回っていた時に見たんですけど……」


 光莉は、記憶をたどって提案した。


「予約システムでは管理されてない北校舎の視聴覚室、さっきは空いていました。あそこなら広さも十分だと思います。……管理している先生も、まだ職員室にいらっしゃるはずです」


「視聴覚室……? 盲点だったわ」


 吹奏楽部の部長が顔を上げる。


「もしよろしければ、私が先生に使用許可をもらってきます。……どうでしょうか?」


 光莉の提案に、場の空気が和らいだ。

 瑠璃は少し驚いたように目を見開き、それからふっと満足げに微笑んだ。


「……なるほど。代替案の提示までが『解決』、というわけね」


 瑠璃は吹奏楽部員たちに向き直った。


「では、部員の皆さんの移動の間に視聴覚室の手配をこちらで行います。それでなんとかなりますか?」


「は、はい! ありがとうございます、西園寺先輩、小林さん!」


 吹奏楽部員たちの顔に明るさが戻った。

 演劇部員たちも、揉め事が丸く収まってほっとした表情だ。


 帰り道。

 廊下を並んで歩きながら、瑠璃がポツリと言った。


「……助かったわ、光莉」


「え?」


「わたくしは、正しさを提示することはできても、彼らの『納得』を作ることまでは気が回らなかった。……あなたの、そのよく気がつく視点に救われたわ」


 瑠璃が、そっと光莉の手を握る。


「やっぱり、あなたはわたくしに必要なパートナーね」


「……いえ、たまたまです」


 光莉は照れくさそうに笑った。

 たまたま、見つけた場所だっただけ。

 けれど、自分の言葉が、先輩を助けることができた。

 その事実が、光莉には何よりも誇らしかった。


 昼の地道な一歩と、夕暮れの小さな成功。

 派手ではないけれど、確かな手応えを感じながら、光莉たちの選挙戦は静かに進み始めていた。

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