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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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その疑問を知りたくて

 執行委員会室の重厚な扉の前に立つ。

 コン、コン。

 光莉は、少しだけ強めにノックをした。


「失礼します」


 扉を開けると、そこには静寂があった。

 部屋の中央、大きなデスクに座っていたのは、和泉純ただ一人だった。

 純は手元のタブレットから顔を上げ、入ってきた光莉を見て、わずかに眉を上げた。


「……小林さん。珍しいわね、呼び出しもしていないのに自分から来るなんて」


「あ、いえ……その」


 光莉は部屋の中を見渡した。やはり、瑠璃の姿はない。


「西園寺先輩は、いらっしゃらないんですか?」


「瑠璃なら、今日はいないわよ」


 純は、椅子の背もたれに体を預け、ふぅと息をついた。


「あの『誓約の儀』までの準備で、あの子、相当根を詰めていたから。今日は私が強制的にオフを取らせたの。ここに来ると仕事をしてしまうから」


「そうですか……」


 光莉はわかりやすく肩を落とした。

 疲れているなら、邪魔をするのは悪いかもしれない。

 出直そうか。そう思って踵を返しかけた時、背後から純の涼やかな声がした。


「……何か、急ぎの用事?」


 光莉は足を止めた。振り返ると、純の氷のような瞳が、じっと光莉を見据えている。


「あ、いえ、急ぎというか……その、確認したいことが……いえ、話したいことがあって……」


 光莉はしどろもどろになった。

「ただ会いたい」という感情を、どうにかして「ペアとしての用事」という言葉でコーティングしようとするが、うまくいかない。言葉に詰まり、視線が泳ぐ。


 純は、そんな光莉の様子を数秒間眺めたあと、ふっ、と短く笑った。


「……瑠璃なら寮の部屋にいるんじゃない。あの子、放課後はあまり出歩いたりしないから」


「え?」


「顔を見ればわかるわ。……行ってあげなさい」


 純はそれだけ言うと、再びタブレットに視線を戻した。

 すべてお見通しだ。下手に取り繕うよりも、この人の前では素直になった方がいい。


「……ありがとうございます、和泉先輩」


 光莉は一礼すると、心のうちを見透かされたのが恥ずかしくて逃げるように部屋を飛び出した。



 白嶺の学生寮は、学年ごとにフロアが明確に分けられている。

 光莉たち一年生が暮らすのは低層階だが、瑠璃たち三年生が暮らすのは、少し上、上層階だ。


 エレベーターの表示板が数字を上げていくにつれ、光莉の鼓動も早くなる。

 軽いベルの音がして扉が開く。

 三年生のフロアは、一年生のフロアのような賑やかさがなく、落ち着いた静寂に包まれていた。

 光莉は、瑠璃の部屋番号を探して廊下を歩く。


 一番奥の角部屋。そこが瑠璃の居室だった。

 そのドアの前に立ち、光莉は一度だけ深く深呼吸をした。

 ここまで来てしまった。夕暮れ時、アポもなしに先輩のプライベートな空間に踏み込む。

 迷惑じゃないだろうか。でも、メッセージを送って断られるよりは、直接顔を見たい。


(……行こう)


 光莉は意を決して、インターホンを押した。


 ピンポーン。


 電子音が静寂に吸い込まれる。

 しばらく反応がない。不在だろうか、と思った矢先。


『……どなたかしら?』


 インターホン越しに、少し緊張したような瑠璃の声が響いた。


「あ、あの。小林です」


『……えっ、光莉!?』


 ガタガタッ、と何かが倒れるような音がして、バタバタと慌ただしい足音が近づいてくる。

 ガチャリと鍵が開き、勢いよくドアが開いた。


「どうしたの!? 何かトラブルでもあった!?」


 現れた瑠璃は、少し慌てた様子だった。

 夕暮れ時の突然の訪問。何か緊急事態が起きたのかと勘違いしたらしい。

 けれど、光莉が目を奪われたのは、その慌てぶりだけではなかった。


「……あ」


 そこにいたのはいつもの瑠璃ではなかった。

 長い髪は無造作にゴムでまとめられ、顔に知的なシルバーフレームの眼鏡がかかっている。

 服装も制服ではない。柔らかなスウェット素材のルームウェアだ。

 いつもの凛とした「宝石」の威圧感はなく、そこにはただの、少し驚いた女の子が立っていた。


「……トラブルじゃ、ありません」


 光莉は、安心させるように小さく首を振った。


「和泉委員長に、今日はお休みだと聞いて……その」


 光莉は、瑠璃の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「お邪魔しても、いいですか?」


 瑠璃は、きょとんと目を丸くした。

 そして、自分の格好と光莉を交互に見て、ようやく事態を飲み込んだらしい。

 眼鏡の奥の瞳が、少し恥ずかしそうに揺れる。


「……驚かせないでよ。てっきり、何かあったのかと」


 瑠璃は眼鏡のブリッジを中指でくいっと押し上げ、ほっと息を吐いた。


「何もないけれど……いいわよ。どうぞ」


 招き入れられた部屋からは、ふわりと温かい紅茶の香りがした。

 光莉は胸の高鳴りを抑えながら、初めて見る「先輩の日常」へと足を踏み入れた。

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