責任のとり方
彩苑芸術学院での三日間は、まるで嵐のようだった。最終日の放課後。光莉と瑠璃は、案内役の美月と共に、黄金色に染まり始めたキャンパスを最後にもう一度歩いていた。
「あはは、二人ともなんだか寂しそうな顔してるじゃん!」
美月がパーカーの袖をパタパタさせながら、茶目っ気たっぷりに笑う。
「……否定はしないわ。白嶺にはない熱気に、少しだけ毒されてしまったかしら」
瑠璃が、窓に映る自分の姿をチラリと見て、自嘲気味に微笑んだ。
だが、その表情は、三日前よりもずっと柔らかく、どこか晴れやかだ。
ふと、瑠璃が中庭の向こう、アトリエの窓を見つめた。そこには、今も二人きりで創作に没頭しているはずの、霧子と恵夢がいる。
「美月さん。一つ、ずっと気になっていたのだけれど……」
瑠璃は、歩みを止めずに尋ねた。
「真白さんと藍染さんは……合同生徒会選挙に対して、どういう想いで臨んでいるのかしら。真白さんのような方は『権力』や『統治』には、最も関心が薄いように見えたのだけれど」
美月は、少しだけ足を早めて二人の前へ出ると、くるりと振り返って後ろ向きに歩き出した。
「んー、霧子ねぇ……。うちの選出の仕方は、各コースの互選で、まぁあいつはやりたくてやってるわけじゃないっていうところもあるんだけど……」
美月は、西日に目を細めながら、少し考え込むように視線を彷徨わせた。
「それでもちゃんと選挙戦に取り組んでいるのは、作品をもっと世間に知らしめたい……っていうのがあるんじゃないかな。合同生徒会に入って、もし会長の座を射止められたら、それは強力な広報装置になるだろうしね」
美月はそこで一度言葉を切り、今度は光莉の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「でもさ、それだけじゃないとアタシは思うんだよね。……恵夢がいるでしょ?」
「藍染さん、ですか?」
光莉が聞き返すと、美月は深く頷いた。
「恵夢はさ、一年生だけど、間違いなく一流のモデルなんだよ。名前も売れてるし、その身体一つで生きていける。……霧子は、そんな恵夢の『時間』と『身体』を、自分の芸術のためにある程度、束縛しちゃってるわけでしょ?」
美月は、明るい声のまま、けれどその奥に真剣な響きを込めて続けた。
「霧子は口に出さないけどさ……あいつなりに、恵夢のことを背負ってる自覚はあるんだと思うよ。パートナーがいるどんな芸術家だってそうさ。自分の芸術に付き合わせている『責任感』。それをあいつも感じているんじゃないかな」
美月は、ケラケラと快活に笑った。
「その責任の取り方として、自分だけじゃなくて恵夢のことももっと輝かせるために、あいつは合同生徒会長の座を本気で取りに行こうとしてる。それなりに本気だよ。自分の身に余る……、美しすぎるパートナーを、最高の場所へ連れて行くためにね」
光莉は、その言葉を噛み締めるように聞いた。
(……責任の取り方)
昨夜、恵夢の言葉に感じた、言いようのない不安。霧子にとって恵夢はただの便利な道具に過ぎないのではないかという、あの「もやもや」とした不協和音。けれど、それは光莉の取り越し苦労かもしれない。
霧子は、恵夢を「物」として扱っているのではない。 一人の少女の未来を預かっているという、重すぎるほどの自覚を持っているんだろう。 あの傲慢な振る舞いの裏には、パートナーに対する彼らなりの、歪で、けれど確かな誠実さがあった。
光莉の耳に届く、彩苑の空気が変わった気がした。 自分を差し出すことでしか生きられない恵夢と、彼女を背負うことでしか筆を握れない霧子。 それは、白嶺の自分たちが築いてきた「対等な支え合い」とは形が違うけれど、間違いなく、魂を分け合った「ペア」の形だった。
(……よかった。藍染さんたちも、ちゃんとしたペアなんだ)
胸の奥に澱んでいた霧が、夕風に吹かれてスッと消えていく。
「はい。……なんだか、すごく安心しました」
光莉は、瑠璃の手にそっと自分の腕を絡めた。
「私たちも、負けていられませんね。……先輩」
「ええ、もちろんよ」
*
「また遊びに来てねー。来週は二人をよろしくー」
校門でぶんぶんと腕を振る美月に微笑みながら、二人は彩苑の門をあとにする。
新たな決意を心の奥に宿しながら。




