四話:狂人
『告、特異点対象、神崎与一は特殊役職名、”狂人”に選ばれました。なお、特殊役職の決定と同時に、対象、神崎与一は特殊スキル《混沌創造》を獲得しました。』
「…………えっ?」
……なんか、勝手に俺の役職が決まったんだが……。
役職決定ってギルドでやるものと思ったのだが、この世界ではこれが普通なのか?
それとも、ペルソナと契約したことが、原因なのだろうか?
……しかし、狂人って役職なのか?狂戦士は知ってるけど、狂人という役職は聞いたことがない。
……できれば、もうちょっとかっこいい役職がよかったな、”戦士”とか”魔法使い”みたいな……。
これじゃあ、まるで俺が頭がおかしい人みたいじゃないか。
「いや、あなたはだいぶイカレてると思いますよ。悪魔との契約を、代償も聞かずにするなんて、普通の人がするはずないですし。」
「うおっ!お前、俺の考えてることが分かるのか?」
「まぁ、悪魔は契約者の思考なら、読もうと思えば、読めますよ。」
……じゃあ、俺があんなことやこんなことを妄想しても、こいつには筒抜けってことかよ!
俺は早くも、ペルソナと契約したことを後悔してきた。
「……それにしても、狂人ですか……。あなたも相当、神に嫌われてるのですね。」
「ん?お前、なんか知ってるのか?」
「えぇ、知ってますが、今はそんなことより……。」
「おいっ!なに、ぼぉーっとしてやがんだ!」
突然、荒げた声が響いたかと思うと、 いつの間にか、俺の周りに黒い霧はなくなっていた。
そして、そこには今にも俺を襲いそうな様子の男が機嫌を悪くしていた。
男の目は殺意しかなかった。
どう見ても、俺よりこいつのほうが狂人だろ!明らか、正気じゃない!
なんで、俺が狂人に選ばれたのか、謎すぎるのだが……。
「でも、ここからどうすれば……。」
「能力を貸すので、私をつけていただけないでしょうか?」
「……まぁ、仕方ないよな。お前見た瞬間、そんな気はしてたし。」
ペルソナは仮面で、とても戦えるとは思えないし、装備するしかないとは思ったけど。
まぁ、今はこいつに従うしかない。……だましたら、その仮面ぶち壊してやる。
俺は目をつむり、ペルソナを顔の位置までもっていき、顔につける。
「想像してください。あなたのなりたい姿を。」
俺はその時、昔の自分を思い出した。
昔の俺は、漫画の中の異世界に転生した勇者に憧れていた。
誰よりも強く、困ってる人のもとに颯爽と現れ、時には苦戦するが、最終的には助ける。しかし、誰にも自分の正体を明かそうとしない姿をかっこいいと思った。
でも、現実はそんなうまくいかなくて、俺は前世で変わることができなかった。自分すら助けることができなかった。だから……。
「……それが、あなたの望む姿なのですね。」
俺はゆっくりと目を開く。俺の視界には変わらずナイフを持って、俺を睨む男がいた。
……でも、なんだろう?全然怖くない。むしろ、不思議と心が高揚して、勇気が湧いてくる。
俺は自身の体を見下ろすと、元の白いシャツの上に見知らぬ長い袖の黒いロングコートを身にまとっていた。
「な、なんだ、この服?一体どこから?」
「それはですね。悪魔は体の分離と見た目を自由に変化できる特性があるんですよ。この服は私の分身体をあなたの理想の姿をもとに体を変形させただけです。」
「なるほど。それで?ここからどうするんだ?」
「それは……」
「うあぁぁぁあぁああぁぁああぁぁ!!」
ペルソナが何かを言い終わる前に、男がナイフを持って突進してきた。
その男の目は、もはやどこを見てるのかもわからず、ただ俺に向かってナイフを振り回し走っていた。
こいつ!もう我を忘れてやがる!……えっ、なんだこれ?
俺の視界には確かに、男が突進してくるのが映っていた。しかし、その動きはまるで、スローモーションのように遅くなっていた。
……どういうことだ?さっきと比べて確実に動きが遅い。しかし、これなら余裕で避けられる。
俺はさっきのように倒れることなく、完璧に男の攻撃をスッとかわすことができた。
男の攻撃をかわした瞬間、男の動きはさっきと同じような速度になった。
「……戻った?どういうことだ?」
「言ったでしょう?私の力を貸すって。それは私のスキルです。」
「……じゃあ、これは時を遅くするスキルなのか?」
「正確には相手の敵意のある攻撃が私たちの目にはゆっくりに見えているだけで、私たちの速さ自体は変わらないのですがね。」
なるほど、要は相手の行動のフレーム数が増えたと思えばいいのか。
確かに、自分の動きの速さ自体は変わらないから、速さが格上の相手にはあまり意味がないかもしれないが、少なくとも躱せる可能性が高まるってことか。
これは汎用性のあるスキルじゃねぇか!!まぁ、今の俺にとっては何でもいいのだが。
「ん?敵意のある攻撃?それってどういうことだ?」
「スキルの中には、固有スキルというのがあり、そういったスキルは強大な力を持っていますが、発動するために条件が必要です。私の固有スキル《精神速度》は敵意のある攻撃を視認するという制約のもと、自動的に発動することができます。」
よく分らんが、相手の動きを常に見ておかないといけないってことか。
複数人を相手にするときは厳しいかもしれないが、今回は相手は一人だから問題はない。
しかし、相手はナイフ、一撃でも食らえば致命傷になりかねない。それに対して、こちらは相手の攻撃はかわせるが、武器がないから、決定打になりそうな攻撃がない。
「どうしたら……。あっ!」
そういえば、役職を決められた時、なんか怪しいスキルを獲得してたな。
狂人のことで頭がいっぱいになってたけど、これも条件があるのだろうか?
しかし、今はあいつに仕返しがしたい、何が起きるかは分からないが、確か名前は……
「”混沌創造”!!」
俺は男に向かって、魔法使いのように手を前に出し、スキルの名を叫ぶ。
ん?なぜ、そんなことをするのかだって?そんなの男のロマンだからに決まってるだろ。
さて、何が起きる?
俺は男をしばらくジッと見つめるが、何も起きる様子はない。
「………………。」
……恥ずかしい。まさか、何も発動しないとは。これじゃあ、腕を突き付けて叫んだやばい奴だ。
誰だよ!男のロマンとか言ったやつ!
……やはり、条件が何かあるのだろうか?しかし、そんなの俺が知るはずがない。
「あぁ!クソッが!驚かしやがって!さっきからごちゃごちゃ言いやがって!いい加減、大人しく死にやがれ!」
「諦めれるかぁ!俺は!!」
俺は男に向かって走り、拳を握る。
そうだ、俺は、もう何も諦めない。俺は……
「俺は!!英雄になるんだぁぁぁぁ!!」
俺が男を殴った瞬間、俺の目に映ったのは、金色の炎だった。
その炎は拳のような形になったかと思うと、男を襲うように炎の拳は伸びていき、男はその炎に押され、奥の壁にたたきつけられた。
「ガハッ!!」
……綺麗だ。
男を襲い気絶させたその炎は、とても激しく、とても美しかった。
今は男を倒した喜びより、この炎を自分が出せた喜びに浸りたかった。