三話:逆転の契約
『……い、……おい!そこにいるあなた、あなたですよ!』
「……えっ?」
俺がナイフを持った男から逃げていると、一瞬、どこからか声が聞こえた。
ん?……もしかして俺のことだろうか?いや、その前に、誰かいるのか?
しかし、あたりを見渡しても、人影は見えなかった。でも、確かに声はしたのだ。それはつまり、近くに人がいるということのだろう。
俺は息を吸い込み、大声で自身の場所を伝える。
「助けてください!武器を持った人に襲われてるんです!!」
『そうですか。』
……また声が聞こえた。しかも、頭の中で響いてるような気がする。不思議の感覚の正体はこれか?
……しかし、さすがに反応が薄すぎやしないだろうか……。
その時、何者かの影が角から現れてくる。
もしかして、声の主だろうか?
しかし、影の正体を見た瞬間、その希望は一瞬にして消えた。
角から現れたのは、ナイフを持った男だった。
「やっと追いついたぜ。まぁ、安心しろよ。人間の体ってのは無くてもいい臓器があるんだ。だから、大人しくしやがれ!」
「へぇー、それなら……。って!いやいや!安心できるか!」
ナイフを持っていきなり襲ってくる狂った男が言う話を信じられるわけない。
そもそも、こんなやつなんかには死んでもやらん!しかし、ここからどうするべきだ?
俺は絶体絶命のこの状況に若干の焦りを感じていると……、頭の中に何者かの声が響く。
『あなた、今困っていますか?』
「えっ、まぁ、この状況がピンチじゃなかったら、なんだって話だけどな。ていうか、さっきから喋ってるお前は何者なんだよ!」
分かるのは声だけで、姿どころか、影すら見当たらないのだ、せめて、正体ぐらい明かしてくれてもいいのではないだろうか?
しかし、そんな俺の問いかけの返事を遮るように、男が叫び出す。
「なぁにぃ!俺を無視して、ブツブツ独り言喋ってやがんだ!もういい!今すぐ殺してやる!!」
「ちょっ!!落ち着けって!うおっ!!」
男は、俺の制止など聞かずに、発狂しながらナイフを構え、走り出してきた。
俺はギリギリで男の攻撃をかわすが、体勢を崩し、その場に倒れてしまった。
まずい!!このままじゃ、殺される!!どうすれば……
『もしよろしければ、私と契約をいたしませんか?」
「…………えっ?」
……契約?契約ってあれか?お前に世界の半分をやるから、軍門に下れ、みたいなやつ。
しかし、これまた異世界味のある言葉が出てきたな。
……正直、誰かも分からないどころか姿も見えないやつとの取引なんて、絶対ろくな事じゃないだろうけど……。今この状況をどうにかするにはこいつとの契約に賭けるしかない!!
「あぁぁぁぁ!!もうどうでもいい!乗ってやるよ!お前の契約とやらに!」
『くふふふふふふ。それでこそ!私の見込んだ人間です!いいでしょう。契約は成立です。』
謎の声がそう言うと、俺の右手の甲から黒い炎が現れ、肉が焦げるような匂いがする。
炎が消えると、俺の右手の甲には、二本の黒い線が交差するように、人差し指と薬指から伸びていた。
「な、なんだ、これ?なんかの模様?」
「それは私との契約の証です。」
「なっ!?」
突然、近くで声がしたかと思うと、気が付いた時には、俺は黒い霧に囲まれ、手には白い仮面があった。
いつの間に!ていうか、今、頭の中じゃなくて直接聞こえたような。
俺は突如現れた仮面を顔に近づける。すると、いきなり仮面の目が赤く光った。
「うおっ!!」
「くふふふふふふ。浮世に召喚されたのは何百年ぶりでしょうか?あなたのようなお方を私は待っておりました。おっと、失礼、私の名はペルソナ。契約に基づき、必ずやあなたの力になると誓いましょう。」
「……か、仮面が、喋った。」
さっきの声の正体って、この仮面か?何と言うか……、想像していたのと違うというか……。
……ていうか、口がないのにどうやって喋ってるんだ?
俺がいろんなことを考えていると、突然、俺の頭の中でノイズが走る。
『……ガ、……ヲ、……トク……マシタ……』
「うん?」
……何か、喋ってるのか?でも、誰が?
ペルソナの声とも違う、どこか冷たさを感じる声。まるで、AIの機械音声のようだ。
俺は耳を澄まし、内容を聞き取る。
『告、特異点対象、神崎与一は特殊役職名、”狂人”に選ばれました。なお、特殊役職の決定と同時に、対象、神崎与一は特殊スキル《混沌創造》を獲得しました。』
「…………えっ?」