一話:リベンジの始まり
突然豪快な音がしたかと思うと、俺は全身水浸しになっていた。
後ろからは不快な笑い声が聞こえてくる。
俺は、あぁ、いつものか、と思い目をつむる。
次の瞬間、横腹につよい衝撃と痛みが走る。
俺は痛みに悶えながら、その場に倒れる。
慣れたものでも痛いものは痛い。
少しは手加減しやがれ……。
しかし、相手の気はこんなものでは晴れないらしい、倒れた俺はいろんな方向から次々と蹴られ続けた。
少し離れたところではスマホのシャッターを切る音と女の笑い声が聞こえてくる。
俺は頭を抱え、その場にうずくまり、一番マシな姿勢を取る。
俺は歯を食いしばり、俺を蹴ってくる奴らの気が晴れるまで気を失わないように耐える……。
******
……どのくらい時間がたったんだろう。俺をいじめていた奴らは気が晴れたのか、笑いながらその場を去って行った。
俺は一人惨めに校舎の裏の壁にもたれ、痛む傷を押える。
……久しぶりに登校してみたら、この有様だ。結局俺は何も変わることができない。
俺は右手に握るカッターを見つめる。
刃先を首に突き立てるが、手が震えるだけでそれ以上進むことはなかった。
俺はその場にカッターを残し立ち上がる。
横を向くと、誰もいない理科室の窓に俺の姿が映った。
顔も身長も体型も普通の俺、神崎与一はいわゆる、いじめられっ子というものだった。
普段、不登校気味の俺は、担任を含め先生たちからの印象は薄く、いじめる相手としてはちょうどいいらしい。
出席日数を守るために登校してみれば、昼休みに校舎裏に呼び出され、蹴られ、笑われ、挙句には裸にされた様子を写真に撮り、脅しに使われる。
一度、担任にも相談したことがあるが、証拠がないからと、あまり調べもせず、このことはなかったことにされた。
後日知った話では、担任はイジメのことを知っているが、めんどくさいことに首を突っ込みたくないらしい。要は、職務放棄の典型的なクソ教師だ。
はぁ、俺はつくづく運がない。
「……くそっ!どいつもこいつも、死にやがれ……。」
俺は力いっぱい壁を叩くが、壁に傷はつかず、逆に俺の手がジンジンと痛む。
さっきほど蹴られた横腹にも響いて、腹を抱えてうずくまる。
……分かってる。本当に死んでほしいのは、何も変えることのできない俺のほうだ。
今日だって、あのカッターで、あいつらに刺すことだって、もし無理でも自分を殺して、あいつらに罪を負わせることだってできたはずだった。
……でも、俺は何もできなかった。
「……俺は惨めだな、本当に……。」
俺は教室に戻る気もないため、何も言わずに帰ることにした。
……足が折れているのだろうか、右足がうまく上がらない。
俺は腰を曲げ、必死に足を引きずる。
明日は休もう、次の日も、また次の日も……そして、傷が治ったら、また…………。
…………どうしてこうなったんだろう?俺が弱いからか?俺が不登校の陰キャだからか?
……もし、もう一度やり直せるなら、今度は…………。
「……はぁ、俺は何を考えてんだか。漫画やゲームじゃないんだから……。」
そんなこと考えていても、何も変わらない。
現実は漫画やゲームの主人公のように、上手く物事は進まないのだから。
今は、家に帰って傷を治療しないとな……。
……誰かに見つかったら面倒だし、裏門から学校を出たほうがいいよな。
俺は誰にも見つからないように裏門を抜け、道路を渡った、その時だった。
突然、その場に何かがぶつかる大きな音が響く。
「…………えっ?」
気が付くと、視界が反転しており、俺は浮遊感に包まれていた。
……何が起きた?っていうか、なんか視線がやけに高いような……。
突然のことで思考がまとまらないでいると、視界の端にトラックが見えた。
そこでようやく、俺は事故に遭ったことを理解した。
しかし、それに気づいた瞬間、俺の意識は電源が切れたように途切れた。
******
目を開けると、俺は床も天井も分からない真っ黒な空間に浮いていた。
自身の体に触ることができるので実体はある。
原理は分からないが、無重力のようなもの、ということで自信を無理矢理でも納得させた。
今はそんなことより、あの後どうなったのかを知りたい……。
「……まぁ、あの状況じゃあ、流石に助かるのは難しいよな。」
トラックに轢かれて無事な人間はいない。
……ということは、ここは死後の世界なのだろうか?
その時、俺の中で何かの感情が浮かび上がった気がした。
……しかし、俺はこれからどうすればいいのだろうか、そんなことを考えていると、目の前が光り出した。
「な、なんだ!?」
気が付くと、俺の前には二つの光が浮かんでいた。
光の中にはうっすらと文字が見え、俺は目を凝らして、光に浮かぶ文字を調べる。
片方は”天国”と書かれていた。そして……。
「もう片方は……。”転生”。」
なんでいきなり文字が現れたのかは分からないが、これがどういうことかは理解することはできた。
これは選択肢なのだろう。
きっと、”天国”を選べば、そういったところに行けるのだろう。その場合、”転生”とはそういうことだろう。
……元の世界か、別の世界かは、分からないが。
……正直、もうあんな目に遭うのはもうごめんだ。あんな目に遭うぐらいだったら、”天国”で安全に過ごせるかもしれないのに賭けた方がいいのだろう。
俺は光に手を伸ばす。
「……でも、ここで諦めたら俺は絶対に後悔する。俺は、自分を変える!!」
俺は”転生”と書かれた光をつかむ。すると、俺の視界は閃光に包まれた。
光に包まれた俺は、不思議な感覚を感じながら、目を閉じた……。