『煙の向こう側』【1】白い煙が天に伸びる
本作は、雑草を燃やす日常の風景から始まります。
白い煙、そしてカンゾの匂いが、現実から異世界への入口となります。主人公・大輔は農家の子として育ち、農作業の知識を持っています。その背景は今後の物語に大きな意味を持つでしょう。
【1】白い煙が天に伸びる
石川大輔は、信濃町の山裾に広がる畑で汗を流していた。
大学の夏休みを利用して、久しぶりに実家へ帰ってきたのだ。
父の頼みで、今日は畦道に生えた雑草を燃やすことになった。
束ねた草に火をつけると、ぱちぱちと音を立て、炎が勢いよく広がっていく。
乾いた草はすぐに燃え、白い煙が空へと立ちのぼった。
夏の日差しを受けて、煙は光に溶けるようにきらめいている。
「大輔、火の番を頼むぞ」
少し離れたところで父が声を掛けた。
「わかった!」
大輔は手を振り返し、炎の揺らぎをじっと見つめた。
風が吹くと、煙は真っすぐ天に向かって伸びる。
その姿は、まるでどこか別の世界へ続く梯子のようだった。
大輔は思わず息をのむ。
何気ない光景なのに、なぜか心を強く惹きつけられる。
「不思議だな……」
呟いた声は、炎の音にかき消された。
目を凝らすと、煙の中に何かの臭いがした、影のようなものが見えた気がした。
人影のようにも、道のようにも見える。
その瞬間、足元がふっと軽くなる、『カンゾ』の匂いだ。
まるで重力から解き放たれたかのような感覚だった。
体がふわりと浮き上がり、視界がぐにゃりと歪んでいく。
白い煙が渦を巻き、大輔を包み込んだ。
「えっ……な、なんだこれ!」
声を上げたが、自分の声すら霞んでいく。
畑の風景が遠ざかり、父の姿も、夏の空も見えなくなる。
ただ白い靄が広がり、光と影が入り混じる世界に変わった。
心臓が早鐘のように打つ。
逃げようとしても足は地を離れ、空を漂うしかなかった。
やがて、視界の先に色彩が戻り始めた。
緑の草原、青い空、どこまでも続く大地。
先ほどまでの信濃の畑ではない。
大輔は直感した――ここは別の世界だ。
春の風が頬を撫でる。
草原の花々が一斉に揺れ、甘い香りが鼻をくすぐった。
「夢……じゃないよな」
手を伸ばし、足元の草を握りしめる。
冷たく湿った感触が確かに伝わった。
遠くには高い城壁が見えた。
白い石で積まれた壁は堂々とそびえ、陽の光を受けて輝いている。
その向こうに、大きな街があるのだろうか。
大輔は呆然と立ち尽くした。
振り返ると、まだ白い煙が空に伸びている。
それは彼をここへ導いた唯一の手がかりだった。
胸が高鳴り、同時に不安が押し寄せる。
父の顔が思い浮かんだ。
自分は突然いなくなってしまったのだろうか。
「どうすればいいんだ……」
立ち尽くしたまま呟く。
しかし、答えをくれる者はいない。
ただ風と草のざわめきが、静かに響くばかりだった。
やがて、大輔は歩き出した。
立ち止まっていても何も変わらない。
足取りは重いが、一歩進むたびに現実感が増してくる。
ここは確かに生きた世界だと、肌が告げていた。
どこかで人に会えるかもしれない。
そう思うと、心細さの中に小さな期待が灯った。
こうして大輔の異世界での冒険が始まった。
白い煙はなおも天に伸び、彼を見守るかのように揺れていた
大輔が異世界に入る最初のきっかけは、ごく日常的な「畑の雑草焼き」でした。
このささやかな行為が、世界を超える扉となることに驚きを覚えた方もいるかもしれません。
この先、大輔は城の人々と出会い、やがて食料問題や農業の知識を活かす場面に関わっていきます。
白い煙とカンゾの匂いは、物語を繋ぐ重要な要素となるでしょう。