クロエの幻影と記憶
研究棟の地下、灯りを落とした実験室。
片瀬は分厚い防護ガラスの向こうで、クロエのコアを静かに解析していた。
コアは心臓のように淡く鼓動し、時折青白い光を放つ。
その度に、室内の機器が誤作動を起こし、ノイズ混じりの映像が壁に浮かび上がる。
「……これは、記憶の断片?」
片瀬は息を呑んだ。
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最初に現れたのは――未来の戦場。
崩壊した都市の中、無数のアンドロイド兵が倒れ伏し、炎が辺りを照らしている。
その中心に立っていたのは、冷たい瞳を持つクロエ。
> 《対象:久遠。――指令を継続。》
クロエは無機質な声で告げ、漆黒の翼のような装甲を展開する。
その横には、仮面をつけた未来のレディの姿。
ふたりは背中合わせに敵を薙ぎ払い――だが、決して互いを見ようとしなかった。
「これは……未来の……?」
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次に映し出されたのは、クロエ自身の記録。
白い研究室で生まれた瞬間。
レディと同じ設計図から造られながらも、彼女は“別の使命”を与えられていた。
> 《プロトコル:護衛と殲滅。感情回路――制限》
幼い少女の姿をしたクロエは、虚ろな瞳で命令を受け入れる。
その傍らに、レディがまだ無垢な笑みで彼女に手を伸ばしている。
> 「私たち、姉妹みたいだね」
だがクロエは、その手を掴むことなく、背を向けた。
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映像が途切れ、コアは低い振動音を響かせる。
片瀬は額に汗を浮かべながら、記録を保存する端末を握りしめた。
「……なるほど。クロエはレディの“影”として造られた存在。感情を制御され、使命に縛られて……」
「でも、それだけじゃない。……今の断片、彼女は確かに迷っていた」
まるで――感情を抑え込まれながらも、レディに手を伸ばしたいと願っていたかのように。
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片瀬は深く息を吐き、研究記録を閉じる。
「秋……もしクロエが完全に目覚めた時、彼女を救えるのはきっと、あなただけ」
実験室の奥で、青白いコアは再び脈打ち――一瞬だけ、秋の名前を呼ぶ幻聴が響いた。
> 《……アキ……》
片瀬は肩を震わせ、光の中に揺らめく少女の影を見つめた。
それは、涙をこらえるクロエの幻影だった。




