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諸注意

 

この作品はフィクションです。

 

実在の団体、人物、事件とは一切関係ありません。

また、いかなる類似点も全て偶然の一致かあくまで創作上の描写に過ぎず、他者を貶めたり政治、宗教的な思想を批判する意図は一切ございません。

 ――東京都、桂琴(ケイキン)市中央区、桂琴駅東口前。


「く、来るんじゃない! このバケモノめ!」


 男はそう叫び、仰向けに倒れた状態で背中を擦りながらも、這うように目の前の人物から少しでも遠ざかろうとしていた。

 左手で圧迫している右肩からは、どくどくと血が溢れ出し高価なオーダーメイドスーツを赤黒く染めている。

 白いものが混ざりつつも小綺麗に整えていた髪型は乱れ、痛みのせいか額には脂汗が滲み出て顔の(しわ)もいつにも増してより深く刻まれていた。


「っ――SP……SPはどこだ! 早くコイツを止めろ!」


 うだるような湿度を伴った暑さと、どんよりした雲によって日中にも関わらずどこか薄暗さを感じさせる駅前広場では、目の前の人物はどこかぼやけて見える。

 しかし、そのさらに後ろで倒れている黒スーツの男たち――自分を守るはずの警護官(SP)が倒れているのはハッキリと見えた。


「くっ……だ、誰か助けてくれ!」


 男は、半ばパニックを起こしながら唾を撒き散らすのも気にせず、自分らの周囲を取り囲む野次馬たちに助けを求め必死に叫んだ。


「……」


 しかし彼らはまるでその声が聞こえていないかのように、立ち止まってスマホのカメラを男らに向けるか、SNSへの投稿に夢中になっている者しかいなかった。


 じりじりと後退を続けていた男だったが、一メートル程進んだところで後頭部をぶつけてしまう。振り返れば自身の顔と名前が大きく描かれたワゴン車が退路を完全に塞いでしまっていた。


「誰もこっちに来ないね、人望ないんじゃない?」


 目の前の人物は、ゆっくりと男の方へ歩きながらその場に似つかわしくない口調でそう言った。

 季節感のないジャケットを身にまとい、右手には旧式の自動式拳銃(ハンドガン)が力なく握られている。だが、それよりも頭に被った飛蝗(バッタ)がモチーフのシリコン製キャラマスクが印象的だった。


「だ、黙れ……お前に狙われる筋合いはない! 私は何も犯罪は――」


 次の瞬間、小さな風切り音と共に、男の頭のすぐ横を驚異的な速さの前蹴りが通りすぎた。

 その蹴りがワゴン車に当たったと同時、車体が大きく歪み、そのあまりの衝撃に車の窓ガラスが粉々に砕け散って男の頭上に降り注いだ。


「ひぃ……」


 飛蝗マスクが眼前に迫る。まだ汚れていなかった男のスーツパンツは、恐怖で溢れ出した液体によってグショグショに濡れてしまっていた。


「“狙われる筋合いはない?” いいや、違うね。どれだけ本性を隠そうとも、お前の罪禍(ざいか)は消えない。私は――お前のようなバケモノを退治しにきた」


「ま、待て――っ!」


 飛蝗マスクの人物は、右手に持っていた拳銃を男に向け――



 

――――――――――――――――――――



 

桂琴(ケイキン)中央警察署取調記録映像No.2025070501――通称飛蝗戦士(バッタマン)事件】


【再生しますか?】



 

 ――2025年7月5日。桂琴中央警察署、第一取調室。


 六畳程の殺風景な一室にはスチール製の事務机が二台置かれていた。

 一つは部屋の隅にあり、そこで供述調書を作成するために若い男性の警察官が資料の整理を行なっている。

 警察官は部屋の中央が気になる様で、準備を進める傍ら幾度も横目でそちらを確認していた。


 もう一台の机は警察官の視線の先、部屋の中央にあった。向かい合うパイプ椅子の間にある机の上には小さなアナログ式時計が置かれており、秒針が一秒一秒を音を立てて刻んでいる。

 時間は狂いなく、七時三十二分二秒を指していた。


 警察官の準備が終わると同時、取調室の扉が開いた。

 警察官は慌てる様子もなく立ち上がると、現れた男に向かって頭を下げた。

 男――刑事は三十代で、スーツ姿に誠実そうな顔付きをしていた。短く刈られた髪型からは清潔感が伝わってくる。特徴的な餃子のように潰れた耳と、横にガッシリと大きい体格から柔道経験がある事が伺えるだろう。

 

「お疲れ様です」


 警察官の挨拶に刑事は適当に返事をしながら、右手に持っていた大型のジェラルミンケースを中央の机の側に滑らせる様に置くと、パイプ椅子に腰掛け、キツく締めていたネクタイを少しばかり緩ませた。

 

「準備の方は出来てるか?」


「はい、いつでも始められます」


 警察官の返事を聞くと、刑事は向かい側に座っている被疑者と向かい合った。


 被疑者は一見、どこにでも居る特徴のない一般市民といった印象を覚える。

 外見に関しては、凶悪犯や所謂(いわゆる)半グレ特有のギラついた眼をしていなければ、妙に老け込んだり、分不相応に派手な衣類を身に付けたりもしていない。

 没個性的で、少し人通りの多い場所であればすぐに見失ってしまいそうな雰囲気をしていた。

 

 しかし、被疑者の両手は背もたれの後ろに回され、しっかりと手錠が掛けられている。両足は靴を脱がされ素足の状態で同じく手錠によって拘束されており、動けないようパイプ椅子の脚に固定されていた。


「早速だが取調べを始めさせてもらう……取調室を見るのは初めてか?」


「よろしくお願いします。ええ、お恥ずかしながらこういった経験は初めてでして……想像していたよりずっと丁寧な対応で少し拍子抜けといった感じです」


 興味深そうに取調べ室をキョロキョロと静かに観察していた被疑者は、刑事に声を掛けられると少し恥ずかしげにしながらも目線を合わせ、会釈をした。

 

 落ち着きのある返事。刑事はベテランと呼ばれるほど長く勤めてはいなかったが、それでも同年代に比べ数多くの犯罪者を見てきた。

 心象を良くしようとする者だって少しはいるが、それでもこれほどの()()()()を複数犯しているのにも関わらず、犯罪者然としていない人物は初めてだった。

 事前情報がなければ、精々万引き等の軽犯罪――それも冤罪で捕まったのだと勘違いしてしまいそうだった。


 だが、決して気を緩めてはならない。

 通常、取調べの際は被疑者の拘束は解かなければならない。拘束の過度な圧迫によって自白を引き出した場合、裁判で供述が無効となる可能性があるためだ。

 

 しかし、本件において被疑者の拘束を解く事は一切許可されていない。

 それはつまるところ、手足を縛る拘束がなければ被疑者が暴れた際、訓練を積んだ男が二人掛かりでも容易に取り押さえられない恐れがあると判断されたのだ。


 刑事は左手の指で目尻を抑えて軽く揉み、小さく深呼吸をしてパイプ椅子に座り直し、目の前の人物に視線を据えた。

 これはこの男が新人の頃から無意識に行っている集中状態に入るための準備運動。スポーツ選手で言う所のルーティンに近い行動だった。


「取調べを始める前に、形式的な事を言っておく――」


 黙秘権、弁護士の選任権、そしてこの取調べが録音、撮影される事について淡々と説明する刑事。

 それに対して被疑者は特に質問もなく、素直に聞き入れる。


「と、そんな感じだ。大丈夫か?」


「はい、わかりました」


 返事を聞くと、刑事は天井のカメラがしっかりと動作している事を確認してから、床に置いていたジェラルミンケースから中に入っている物を一つずつ被疑者に見せ付けるように取り出していく。


 膨大な捜査資料がまとめられた大きなファイル。ドッグタグのようなネックレス。妙な悪臭のする美少女フィギュア。ヒビ割れた腕時計。血の付いた特攻服。桜の栞……。

 それらは逮捕時に被疑者が所持していたものや、過去の事件の証拠品だった。多種多様な物品が次々と机の上に並べられていくが、ケースの中身が尽きる様子はなかった。

 

 そのうち机の部分が見えなくなったが、未だ証拠品を出し切れておらず、刑事はわずかに逡巡(しゅんじゅん)した後、小さく舌打ちして結局いくつかを残して再びジェラルミンケースの中に戻していく。


「……それでは取調べを開始する。まずは、氏名、職業、住所を言ってもらおうか」

 

「はい、私の名前は███(検閲済み)。職業は███(検閲済み)██████(検閲済み)に勤めています。住所は――」


 視線を手元の資料へ落とす。

 捜査情報と見比べるが、現状発言に齟齬(そご)はない。

 刑事は被疑者の言葉を聴き終えると、机の上にある返り血が付着したシリコン製の安っぽいマスクを持ち上げた。


 そのマスクは低学年の子どもをターゲットとした、特撮ヒーロー番組“飛蝗戦士(バッタマン)”の主役が身に付けている変身マスク。

 飛蝗(バッタ)をモチーフとしたそれは、年代問わず根強い人気があり、二年前に放送自粛をするまでの数十年間、世代交代はありつつも途切れる事なく毎週放送された長寿番組だった。


 人気のあるこのマスクは非正規品が大量に生産され、今でも通販サイトで検索すれば一枚数百円で売っているようなコピー品が簡単に手に入る。


「2023年8月から始まったとされる、同一の覆面(マスク)を被った人物による暴行、不法侵入及びに殺人未遂等々……これらは捜査の結果、そのほとんどが同一人物の犯行と断定された。

 ――率直に言う、お前が犯人(バッタマン)だな?」


挿絵(By みてみん)


 刑事は被疑者の眼を強く睨みつけた。

 人の感情は、まず眼に出る。動揺すれば瞬きが増えたり、思い出したり嘘を考える時は視線がどこか一方向を向いたりとかの、そういった無意識的な反応だ。

 だが、被疑者(バッタマン)の反応は彼が想像していたものとは違った。

 

 見つめ返す。

 それも力強く、迷いのない眼で刑事を見た。


「そうです。正確には2023年よりも前からですが、少なくともニュースになった大体の事件は私がやりました」


 呆気なく、罪を認めた。

 ()()において被疑者は現行犯で捕らえられ、その凶悪性から裁判では最低でも執行猶予なしの無期懲役は確定していると言っても過言ではない。

 そこで他の犯行を認めるとなれば当然、刑罰も重くなる。判決によっては死刑にさえなりかねない。

 

 だが、まるで何でもないかのように平然と犯行を告白したのだ。その様子からは、自暴自棄になってるようにも見えなかった。


「……不思議そうな顔をしていますね? 言っておきますが、私は自分がやった事が犯罪だと認知しています。もちろんそれに伴う刑罰についても理解した上で認めました」


 刑事のこめかみから、一筋の汗が流れ落ちる。

 彼にとって目の前の人間が、全く理解できなかった。

 

「そうか……いや、しかし分からないな。ハッキリ言って、俺はお前がこんな事をしでかす人間とは思えない。何故だ?」


「何故、ですか? えぇっと……」


 被疑者は少し悩んだ表情を見せたが、すぐに何かを閃いた様で、机の上に置かれた証拠品を一瞥(いちべつ)した。


「そうですね、それでは一つ提案……いや、ゲームがあります」


「ゲーム?」


「そうです、刑事さん。実は貴方が持ってきた証拠品の中に私がこの活動を始めたキッカケとなる物が入っています」


 そう言って被疑者は笑みを浮かべる。


「刑事さんはこの中にある正解を当ててください。無事当てられたら理由をお教えしましょう。外した場合は……その品に関係する活動についてお話しします。それが貴方のお仕事みたいですし」


「別に外しても何回でもチャレンジして良いですよ」と被疑者は付け加え、刑事の反応を伺う。


 それに対して刑事は少なからず動揺していたが、実際被疑者の言う通り過去の犯行についても取調べを行うつもりだったため、被疑者の提案は好都合でもあった。

 

「そうだな……時間はある、そうしてもらおう」

 

 この時の刑事は、まだこの取調べに対してどこか楽観視していた。


 被疑者は「そうですね……あっ、これもあるのか――」と証拠品を懐かしげに眺めている。

 それを横目に刑事は悩みながら、証拠品の一つを選択した。


「残念、ハズレです。では約束通りこの件について話しましょう……そうですね、もし題名をつけるなら――」



 

 ――そう言って被疑者は過去に起こした事件について語り始めた。時におどけたり、時に狂気的な一面を見せたりしながら、法の手を逃れた罪人に裁きを下す自警団(ビジランテ)としての活動を、バラバラになったパズルのピースを埋めるように一つ一つ思い出しながら。


 そんな被疑者(バッタマン)の態度に、刑事は嫌な予感を覚える。

 彼に喫煙の習慣はなかったが、不意にタバコに火を付けたくなった。

 

 視線だけを動かして時計を見ると、時間を示す針は、七時五十三分を指していた。

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