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「いま示したような熱暴走による電池の爆発は秒単位で起こるそうです」と桜井が続ける。「都市伝説ではありませんが、EVは元よりHV(ハイブリッド車)またはPHV(プラグイン車 コンセントから差込プラグを用いて直接バッテリーに充電できるタイプのハイブリッド車のこと)のテストドライバーの間では、『事故れば吹っ飛んで確実に死ぬ!』と恐ろしがられているようですね。というのは、例えばガソリン車の場合は爆発までに数分間のタイムラグがありますが、リチウムイオン電池の場合、わずか数秒で爆発してしまうからです」

「うーん、話としては面白いけど、電池の安全対策は崎原くんが先ほど指摘した二〇〇六年以降、ほぼ万全だろう」と綾部孝則。「確かリチウムイオン電池の生産工場では、電池作製工程時に――停電時は当然として――供給電圧の降下があるレベル以上だった製品は破棄すると聞いたことがあるよ。製品の品質が一定に保てないからだ。だから、そんなふうに製品まで含めてガチガチに安全管理されたリチウムイオン電池をいったいどうやって爆弾に変える? レーザー銃かなんかで次々に狙い撃ちでもするかね?」

 綾部孝則の電池爆弾の可能性に対するネガティブな発言に、対策室に陣取っている各種エキスパートたちのそれぞれが「ふう」と一息溜息を吐く。そして、「確かにね……」「まあ、常識的にはそうだろうな……」といった内容の言葉が宙を舞う。

 だが次の瞬間、そんな停滞ムードを追い払うかのような声が聞こえる。

「あのさぁ、デンドライトの成長って、きっと制御し難いんだろうとは思うんだけどさぁ?」と発言したのは田籠みちるだ。「でもさぁ、理屈から言えば、電流の印加方向には伸ばせるはずなんだよね。とすれば、出荷基準をわずかに超えて伸ばすことだって可能だよねぇ。だとすればさぁ……」

「なるほど、田籠さんの発言には一理ありますね」と門馬が言って、すぐさま沢村に、「今回の一般試乗会出品のEVで主に用いられているリチウムイオン電池の供給工場を特定して、そこに警察官を派遣してください」と早口で命令する。

「承知いたしました」と沢村。

「しかし、もう電池は出荷後でしょう」と山際が問いかけ、すぐに自ら、「ああ、そうか、製造工程の確認ですね」と理解を示す。すなわち、工場全体を事前に乗っ取ることが出来たならば、EVの一般試乗キャンペーンに合わせたデンドライトの成長も可能というわけだ。

「はい、その通りです」と門馬は答え、ついで山際に、「妻の捜索は一時中止して、山際さんも工場に向かってください」

「承知いたしました」

「それから綾部さん、あなたはここから最も近い一般試乗会場に警察官とともに向かってください。それから沢村さん、全国すべての試乗会場に連絡を入れて、事情を説明して直ちに中止させてください。そして全会場にすぐさま警察官を向かわせてください。その全員に『EVには決して近づくな!』と伝えてください。爆発しますからと……」ついで、安西董子に向かって、「安西さん、試乗キャンペーンの開始時刻は?」

「いまから約三時間後の午前十時です」と安西董子。

「では、十分間に合いますね」と門馬が言う。「皆さん、迅速行動でお願いします」それから以下の言葉を急いで付け足す。「敵組織の計画が、こんなに簡単に我々に発覚するこれひとつだとは思えません。今回、直接出番のないエキスパートの方々は、その方面の検討をどうぞよろしくお願いいたします」


 現時点で汎用されている円筒型リチウムイオン二次電池の規格サイズは直径(mm単位で二桁)+ 長さ(0.1mm単位で三桁)の計五桁の数字で表されており、市場に流通している円筒型電池の規格としては、18650、17570型など計六種類ある。それらの数種はPCにもEVにも用いられているが、しかし多くてもわずか数本しか用いられないPCでは故意に爆発させても、せいぜい使用者を火傷させることくらいしか出来ないが、EVの場合は数千本単位で電池が使用されているため、確実に人間を殺せるのだ。ちなみに最新のEVの場合、18650型電池が八〇〇〇本以上使用されている。

 非水系の電解液を使用するこれらリチウムイオン二次電池はメモリー効果が小さく、携帯電話やデジタルオーディオプレーヤーのような継ぎ足し充電をする機器に特に適している。金属リチウム二次電池に対するリチウムイオン二次電池の最大の利点は、デンドライト問題(充放電の繰り返しに伴い電極にデンドライト状(樹枝状晶)のリチウム結晶が析出し、電極を短絡させる現象)がほぼ存在しないことにあるが、まさにそれを逆手に取ったテロル手法だったわけである。


「尊士に報告です。彼ら対策室メンバーが我々のマイナス1計画に気づきました。現在、複数の警察官たちを一般試乗キャンペーン会場に向かわせています。実行担当員Mの計算ではEV搭載のリチウムイオン二次電池が一斉に爆発するのは前後十五分間の誤差を見込んで午前十時三十分からですが、このまま彼らの阻止行動が続けば、試乗会参加者全員の殺害を彼らは未然に阻止できそうです。もちろん、EVの爆発自体は止めることが出来ませんが……」

 通信担当員はそれぞれの現場担当者から自分の元へ送られてきた情報を隈なく尊士に報告する。それに答えて尊士が言う。

「素敵な情報をありがとう。やはり彼らはわたしたちが見込んだように馬鹿ではなかったようですね。でも、彼らにわたしたちの次の手がわかるでしょうか? そうですね、被害者は出ないにしても、次々と爆発してゆくEVを見てパニックに陥る人間たちについては、もう終わりにしましょう。そして不特定多数の別の種類の人間たちに降りかかる予定の、わたしたちの次の手を楽しみに待ちましょうか?」


 多くの罪のない人間たちが一瞬のうちに死んでゆく阿鼻叫喚の地獄絵図は避けられたとはいえ、合わせて千台以上に上るEVの爆発炎上のシーンを目の当たりにした試乗客の多くはパニックを起こしかけている。それを未然に防いだのは、警察官投入後に、その方面にも顔の利く宮路保美の協力でボランティア医師の派遣を要請した門馬の決断だったが、門馬にとって、いまやそんなことはどうでも良い。敵テロル組織の次なる実行計画が、いまようやく目の前に見えてきたからだ。だが、それをいったいどうやって防げば良いのか? 妻の幸恵の消息が依然として知れない中、門馬は二重の苦悩の中にひとりいる。だが――


「ねえ、董子。どうして、あのとき幸恵さんは、『牛か鼠のように扱われて』なんて言ったのかしら? 何故だかそれが急に気になってきてしまって……」と、それに遡る数時間前、崎原千恵が安西董子に問いかけている。

「さあ、わたしにはわからないけど……」と安西は崎原に答えたが、それから急に、「そういえば、テロル予告犯も最初に動物の形容をしているわよねぇ。憶えてる? 確か?」

「『あなたの奥様を誘拐しました。もちろん危害は加えておりません。奥様に関しては、牧場で飼われる羊たちのように丁重に扱っております』でしょう」と崎原。「憶えているも何も、音声でも、テキストでも、PC内にあるわよ。で、それが?」

「もしかしたら、それが第二の計画のヒントじゃないかなって思えたのよ」


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