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「どうやらモーターショーそのものではないようですね」

 そう指摘したのは安西董子だ。テロル予告日まで、後二日に迫っている。

「確かにショーそのものを襲っては同時多発にはなりませんからね」と、その安西発言をサポートするのは村沢利通。「でも、董子さんも既に気づいているようにモーターショーに関連して全国的なキャンペーンがあるでしょう?」

「あっ、やっぱりきみもアレだと思う?」と安西董子。

「で、それは何ですか?」と門馬が尋ねる。

「さて、何だと思われますか?」と安西。

「まったく検討もつきません」と門馬。だが、その表情は安西を試しているかのように、にこやかだ。

「EV(電気自動車)のパレードと言うか、一般試乗会が全国十ヶ所で行われるんです。参加EV数は全部で約千台。その一台に平均して三人搭乗するとして、見物人を入れない参加者の総数は約三千人。方法はまだ見当もつきませんが、そこを襲えば同時多発テロルにはなりますね。開催日は明日というか、あと数時間後ですから前倒しですけど、予告犯は最初に『三日以内』と明言していますので、計算そのものは合っています。後は……」

「後はどうやってテロルを仕掛けるかだな」と山際裕三が口を挟む。

 門馬幸恵の行方は依然杳として知れない。山際はそれぞれのエキスパートたちとの情報を共有するために、一時的に対策室に戻っていたのだ。

「何か意見は?」と門馬。「自由発言で構いません」

「やはり、爆弾でしょうかね」と口に出したのは綾部孝則だ。「そうじゃないと、自分の出番がなくなりますから……」

「だって、綾部さんのためにテロルが行われるわけじゃないでしょう?」と崎原千恵。「毒ガスを散布すると言う手段だってありますよ」

「それに生物学的手段もあるわよ」と田籠みちる。「でも、炭素菌を降らすとしたらヘリコプターか軽飛行機が必要ね。そうだとしたら、すでにテレビの中継者やカメラマン、あるいは保安業者に手先がいるってことになるわね」

「一応、その線は抑えておきましょう」と門馬が田籠の意見を取り上げる。「村沢さん、警察の特別部隊に連絡をお願いします」

「承知いたしました」と沢村利通。「でも、どうやってテロル組織の人間を見分ければいいんですか? 現時点でわかっているのは崎原女史のモンタージュだけですし、また渉外担当者が実行犯までこなさないでしょう?」

「警官が近くにいるだけでも、計画阻止には役立つんだよ」と宮路保美。「中継や保安の担当者はすでに決まっているはずですから、プロフィールを調べてみましょう。沢村くん、そっちの方の警察情報をまわしてくれない?」

「はい、宮路さん」と沢村利通。「いまから数分後になりますが、そちらのPCに転送されるようにしておきました」

「ありがとう」と宮路が沢村に礼を言う。

「さて、では他の方法を考えよう」と門馬が続ける。「何か意見は?」

「EVって、完全な電動輸送機器(electric vehicle)だから、ガスタービン・エレクトリック車やディーゼル・エレクトリック車のようなハイブリッド・カーじゃないわよねえ」と田籠みちる。「で、現時点でないわけじゃないけど、発電機能を持つ(充電機能は持たない)太陽電池を備えたソーラーカーや、同じく燃料電池を使った電気自動車は、まだまだ一般的じゃあない。現在のEVなどで供給可能なのは充電可能な二次電池で主としてリチウムイオン二次電池。わたしにわかるのはここまでだわ。後は誰か助けて……」

「そういえばリチウム電池って爆発するわよねえ」と崎原千恵。「二〇〇六年だったっけ? 携帯電話やノートPC向けのバッテリー不具合で、デル、アップル、IBM/レノボ、東芝、ソニー、HP、富士通なんかが採用していたリチウム電池が製造工程の問題から発火や異常過熱の恐れがあるって大規模リコール(自主回収/無償交換)されたじゃない。その辺りはどうなの?」

「ええと、こちらも専門家じゃないので、これから述べることは、いままさに各種WEBページから得ている付け焼刃ですけど……」と崎原千恵の問いかけに桜井優が答えて言う。

「リチウム電池――正確にはリチウムイオン二次電池――は、それまで使われてきた金属リチウムを用いたリチウム二次電池よりは安全に充放電できるように設計されているのですが、電池の危険性はすなわちエネルギー密度の高さの裏返しですから、本質的な問題は回避されていなんですね。つまり電池そのものにも、また周辺回路にも種々の安全対策が必要ということです。以上が前提となります。それで、もう少し詳しく説明しますと」と言って桜井が国家広域安全対策室の第二スクリーンにリチウムイオン二次電池および充放電の略図を映し出す。

「そうですね、リチウムイオン二次電池の場合、電池の常用領域と危険領域が非常に接近しているので、安全性確保のためには充放電を厳重に監視する保護回路が必ず必要だと纏めれば宜しいでしょうか? 特に充電時には注意が必要で――詳細は省略しますが――最悪の場合、電池の破裂および発火が起こります。ですから充電には極めて高い精度――数十mVのレベル――での電圧制御が必要のです」

「続けて……」と門馬。

「はい」と桜井優が返答する。「エネルギー密度が高いってことは軽量化が図れるってことで、よって携帯機器などに利用されることが多くなるわけなんですが、これらの機器では小型化や利便性のために充放電条件や衝撃保護などがスペックぎりぎりで運用されることが多いようですね。それで高温で発火する危険性が高くなる」

 桜井はそこで一旦言葉を切って、第二スクリーンに次の略図を映し出す。

「これが、リチウム電池の熱暴走のメカニズムです。

 まず充填時、負極でリチウム・デンドライト(結晶状のひげのこと。PC等の制御基盤にも発生する)や不純物金属(銅、鉄、ニッケル)が析出します。ついで微小短路などで温度上昇。

 ついで八〇℃に加熱して負極表面皮膜と有機電解液(LiPF6:6は下付)が反応し、さらに温度が上昇します。同時にPCT(正温度係数)素子で電流遮断。また、やはり八〇℃で有機溶媒の分解反応/内圧上昇および安全弁作動/電流遮断が生じます。

 ついで一二〇℃でセパレータ(絶縁体。電池の中で正極と負極を隔離し、さらに電解液を保持して正極と負極との間のイオン伝導性を確保する材料またはその機能のこと)のシャットダウン。

 一六〇℃でセパレータのメルトダウンおよび短絡。ついで正極の熱分解と酸素放出が生じて有機溶媒蒸気と激しく反応します。

 二二〇℃で正極材料のLi0.5NiO2(数字は下付)の熱分解と酸素放出。

 三二〇℃で同材料の熱分解と酸素放出が起こり、最終的に熱暴走して一〇〇〇℃となって爆発します。もちろん、そういった熱暴走が簡単に生じないように、特にEVでは数十本単位の電池毎に精密制御が行われているのですが……」


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