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「なかなか大変なご様子ですな、門馬さん」とテロル組織の一員が送受機を取った門馬に向かって親しげに話しかけている。先に対策室に通話してきたテロル予告犯の男と同じ声だ。すでに各エキスパートたちはそれぞれのヘッドフォンでその男の声を確認している。さらに電話の逆探知も進んでいる。そこに男の次の発言が被さってゆく。「奥さまの所在がわからなくて、さぞやご心配でしょう?」
「無用な詮索は止めて貰おう」と門馬が堂々と予告犯に応じ返す。「きみたちが我々警察組織に敵うはずがない。罪が重くなる前に大人しく投降したらどうだ?」
だが、テロル組織の男は門馬のその誘導には乗ってこない。単刀直入に用件を告げるだけだ。
「いまから門馬さんの奥様の声を聞かせます。わたしたちの発言を信じていただけますように……」
そして送受機の向こうから声が聞こえる。緊張した、けれども泰全とした低音の女の声だ。
「一央さん、あなたですか?」
「ああ、幸恵か? 無事か?」
「ええ、状況的には牛か鼠のように扱われてはいますが、身体的には無事です」
「怪我がないのは何よりだ。ところで、きみはいまいったい何処に……」
「はい、そこまでです」とテロル組織の男の声がまだ若い夫婦の会話に割って入る。「わたしたちの言葉は信じていただけましたね。では、以上」
ガチャリ
通話が切られた。
「安西さん、場所はわかりますか?」
「今回は通話にスクランブルが掛けられていますね。複数のパソコン経由なので、かなりの広域でしか特定できません。新宿駅を中心として半径約五キロ圏内といったところでしょうか」
「結構広いな」と村沢利通。「董子さん、こちらにも情報をまわしてくださいませんか? ぼくの方でも別法でスクランブル解除を行ってみます」
「わかったわ」
「あっ、じゃ、こっちにもそれ、お願いします」と沢村に引き続いて、桜井優が安西に願い出る。「こちらは通信に使われたコンピューター・プログラムの特定を行ってみましょう」
「ありがとう。自作じゃないといいけどね」と安西董子。「じゃ、二人ともお願い。……いまファイルを送ったわ」
「サンキュー、董子さん」
「助かります」
「しかし、どちらにしても間に合わないな?」と警察無線で門馬とテロル犯との遣り取りを聞いていた山際裕三が口を挟んで門馬に問う。「近辺のネットカフェでも探してみますか?」
「いや、おそらく一味のアジトがあるでしょう」と門馬が返す。「いまの会話はリアルでした。確証はありませんが、録音とは思えません」
「とすると、やはり現時点で手掛かりがありませんね」と山際が門馬に応える。「先ほどのご命令通り、奥さんの目撃情報を集めにまわります」
「お願いします、山際さん」と門馬。ついで崎原千恵に向かって、「テロル予告犯の口調がわずかに変わっていましたね。そこから予告犯の性格が分析できませんか?」
「はい、やってみます」と崎原が答え、その甲高い声と被さるように宮路保美が指摘する。
「プロファイリングするまでもありませんが、電話を掛けてきたのは渉外担当でしょう? IQは低くないし、組織のサブリーダー的な役割をこなせる性格だと思われますね。通常の精神状態では、ボスに成り代わろうとは思わないタイプ、いわゆる組織支援型性格だと思われます。……まあもちろん、我々を見下してはいるのですがね」
「ありがとう、宮路さん」と門馬が応え、ついで崎原に、「では、いまの結果も人物モンタージュに反映させてください」と命じる。
「わかりました」と崎原千恵が門馬に返答して約一分後、国家広域安全対策室の第二スクリーンにテロル予告犯のフォトモンタージュが映し出される。心なしか、前回のモンタージュ像よりは人間の姿に近づいたようだ。
「安西さん、この写真を元に人物照会をお願いします」
「承知いたしました」
「予告犯の目的は何でしょうね?」と、まだ出番の来ない爆発物のエキスパート、綾部孝則が門馬に問う。
「まだわかりませんが、分析してみましょうか?」
そう応えて、門馬も自分の席に戻り、独自の分析を開始する。
日本で行われる一般的な年間イベントおよび行事、キーワードは以下である。
一月、お正月・年賀状・初詣・成人式・着物・仕事始め・新学期。
二月、バレンタイン・節分。
三月、ひなまつり・卒業式・お花見。
四月、エイプリルフール・入学式・新学期・新社会人。
五月、こどもの日・母の日。
六月、梅雨・父の日。
七月、夏休み・海開き・暑中見舞い・七夕・紫外線対策・お祭り・花火・浴衣。
八月、十五夜・月見・残暑見舞い・紫外線対策・お祭り・花火・浴衣・夏バテ。
九月、新学期・敬老の日。
十月、体育の日・ハロウィン・紅葉。
十一月、七五三・勤労感謝の日。
十二月、クリスマス・大晦日・年越し。
東京近辺ならば、例えば、秋葉原、新宿、お台場、日本橋、銀座、池袋などの多くのイベント会場で上記イベントが開催される。
そのうちショーや(神事を除く)祭の名で括られる大まかなものは以下である。
大規模ファッションショー(三月)
水着ショー(四月から六月)
東京おもちゃショー(六月)
各種キャラクターショー(主に夏)
東京ラーメンショー(秋)
東京ゲームショウ(秋)
東京国際ギフトショー(秋)
東京モーターショー(冬)
冬の鉄道模型まつり(冬)。
さらに付け加えるならば、毎年夏に米軍厚木基地のオープンハウスがあり、文化の日には航空自衛隊・入間基地航空祭が開催されている。もちろん他にも大小さまざまなショーがある。
「普通に考えればモーターショーが狙われると思えますね」と現時点で手漉きの綾部孝則を相手に門馬が思索を展開する。「いまは初冬ですから……」
「オタクの祭典はどうですか? コミックマーケットの冬季版(冬コミ)もありますよ」と綾部。「あの会場は、ほとんど密閉空間ですから、化学薬品で大勢殺せますよ」
「しかし、オタクを大量殺戮しても政府は動揺しないでしょう。それならば有名人が大勢参加するクリスマスパーティーやチャリティーコンサートの方が効果的ではないですか?」
「だが、モーターショーだと外人もいます。やつらは外国企業まで狙うつもりでしょうか?」
「さあ、それはまだ霧の中です。宮路さんの調査情報が是非とも必要ですね」