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 マイナス2


 象牙色の研究棟の奥深く、モニター画面を食い入るように見つめる目が二つ。映し出されているのはモニターの設置場所から数メートル離れた防爆および漏洩管理が施された隔離ドラフト内のCCDカメラ映像。リアルタイムでのその変化の動きは緩慢だったが、これまでの動きの数千倍は速い。より正確に言えば、約一〇〇〇倍から五〇〇〇倍の堆積スピードだ。

「これなら使える……」と胸の裡で呟いて、研究担当員はダブル、トリプル・チェックをする。

 糠喜びは禁物だ。これまで何度、計器類のトラブルに悩まされたことか? これまで何度、一向に成果の上がらない自分の担当研究に上層部から揶揄が飛んだことか?

 だが今回は、どうやら間違いはないようだ。

 研究担当員の心臓が早鐘を打つ。咽が、舌が苦しくなる。不意に意識が遠退きかけて、クラッとする。

 だが、焦るな、焦るな……

 おまえは早とちりをする人間だ。それが災いして何度、煮え湯を飲まされたことか? 裁量権を剥奪されて来たことか? 研究担当員は思いを馳せる。今度こそ、おれはあいつらの上を行く。上を行って、あいつらには思いもよらない高みから見物して嘲笑ってやる。あいつらが何も対処出来ずに右往左往するところを眺めながら、ほくそえんでやる。

 だがいまは、冷静に、冷静に……

 何も焦る必要はない。すでにおまえはあいつらから居場所を取り上げられている。元いた場所から追い払われている。長い屈辱的な放浪の末に、おまえはここに拾われた。結社の首領、尊士の顔をおまえはまだ見たことがない。おまえは未だ幹部候補生ではない。おまえはまだ、そこまで信用されていない。

 だが、もう時期、もう時期だ……

 今回の研究成果が間違いないと証明されれば、おまえの研究は実用化され、やがて、この国の腐った国民の多くの命を奪うだろう。戦略的地域限定型ジェノサイド。その先鋒をおまえは担ぐことになるだろう。おまえを能無し呼ばわりして、おまえを職場から追いやった、すべてのやつらに死の制裁を加えることが出来るだろう。

 だが、冷静に、冷静に……

 研究担当員のチェックは続く。世間では秋の行楽シーズンを迎えて多くの人々が浮き足立ち、また政権奪取に成功した元与党の命運をかけた統一地本選挙序盤戦の火蓋が切られようとしているようだ。だが、それは彼には何の関係もない。深夜の研究棟の奥深く、己の研究成果に心躍らせる彼には何の関係もない。


 マイナス1


 良くここまで辿り着いたものだと、実行担当員は感慨深げに思う。施設ひとつを丸ごと結社のものにしてしまったのだから……

 その思いは一入ひとしおだ。

 何事もなければ、工場はそのまま通常操業される。最新のオートメーション設備と、最新の制御プラグラムを駆使して、ほとんど無人で、世間の、あるいは世界の要求に寄与するだろう。

 だが、それも彼がシステムに割り込みをかけるまでだ。

 彼の乗っ取りプログラムは、あまりにもシステムの奥深くに隠れている。仕掛けた自分でさえ惚れ惚れとするくらい、複雑怪奇な形態を持ってシステム内部に巧妙に組み込まれている。当然のように、その乗っ取りプログラムを起動できるのは彼だけだ。さらに無線や電話回線を通じて、工場の外からでも、いつでも彼はそれを起動できる。自分に嫌疑が及ぶ危険性をまったく考慮しないで起動できる。

 実際の役割はシステムを乗っ取るためのプログラムとはいえ、それが行うのは精密制御だ。工場から出荷される製品の安全性をほぼ自在に操れるほどの精密制御。工場内での最終的な出荷検査や、日常的な抜き取り検査では発見することの出来ない、わずかな瑕疵。その堆積異常は製品個別単位では、たいした混乱は引き起こせないだろう。せいぜい使用者に火傷を負わせられるくらいだ。

 だがその工場で製造された製品は、ある特定市場を主な出荷先としている。その市場では製品は数千個単位で纏まって使用され、ほぼ確実に使用者の命を奪うことが出来るのだ。

 確かに一回のそれで地獄に送れる命は、たかだか数名に過ぎないかもしれない。だがそれが同時多発的に発生したとき、人々の混乱は頂点に達するだろう。さらに結社の水面下での活動が実を結び、製品の出荷時期に合わせて大規模なキャンペーンが予定されている。その機会が利用されて、無知蒙昧なこの国の国民が一瞬のうちに恐怖のどん底に叩き落されるのだ。

「ああ、待ち遠しい」と実行担当員は独りごちる。

 その成果の暁には、尊士の尊顔を拝むことができるだろう。これまで不遇を囲った自分の未来の、それは輝かしい一歩となることだろう。

「ああ、早くその日が来ないことか!」と実行担当員はテロル成功の世界を夢見て、うっとりとする。

 自分が国家の新しい支配者の一人になることを夢見ながら、複雑な工場乗っ取りプログラムのフェイルセーフ確認を続けている。


 0-1


 昨年閉鎖されて廃屋となったはずの岐阜県のとある施設の敷地内に偶然紛れ込んだドライブ中のカップルが深夜に血の凍るような恐ろしい物音を聞く。悲鳴なのか、叫喚なのか定かではないそのおぞましい響きに、慌ててカップルはその場を逃げ出す。


 0-2


 東京を遠く離れたその田舎町で最初の確認実験が行なわれる予定だ。その場所が選ばれたのは、住民のほとんどが老人だったからだ。老人が数名死んだところで、気にするものは誰もいいない。だから、その事件は関係者以外の人間には伝わらない。地方新聞の僅かの欄でしか報道されない。



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