「#光バイト」急募!
闇バイト人たちは幸せそうに言った。
「私たちは心を入れ替えました。もう絶対に悪いことはしません」
突然の改心宣言を聞いて貴方は面食らう。なにを言ってんだ、この馬鹿どもは! という驚きに続いて怒りが湧き上がってきた。
「おいおいおいおいお前ら、脳味噌が完全にイカレたのか? 元から良くないのは知っているけどよ、まだ半パーだったじゃねえか。それが遂に完パーかよ、完全にクルクルパーになっちまったのかよおお?」
こめかみの横で人差し指をグルグル回し、それだけでは飽き足りず目玉までグルングルンと回転させながら貴方は尋ねた。闇バイト人らは一斉に首を横に振った。
「違います。私たちは清く正しく美しい道に気が付いたのです。これからは貧しさに負けず、世の中を呪わず、真面目に働きます」
貴方は口をへの字に曲げて呟く。
「清く正しく美しい道」
ちゃんちゃら可笑しくて貴方は腹の底から笑った。
「ワハハ……ねえよ、そんなもの!」
最後の怒鳴り声になっている。計算のうちだった。怒鳴られ脅されると闇バイト人らは怯えて萎縮し命令に絶対服従する。恫喝が最も効果的なコミュニケーションとなっているのだ。
しかし今日は違う。怯えの表情は全く見えない。目をキラキラ輝かせて闇バイト人たちは貴方を真正面から見つめる。
「私たちは詐欺の電話やメールを送るのは止めます。その代わり、愛を伝えます」
「あい?」
「隣人愛です」
「りんじんあい?」
「隣の人に愛のメッセージを送るのです」
貴方はブチ切れた。
「そんな迷惑なもの送り付けるなって! 今まで通りやれ。俺の言う通りに電話をかけたり電子メール打ち込んでいりゃいいんだ!」
「それでは世界は変わりません。さあボス、貴方も改心して、私たちの仲間に入りましょう」
「ふざけんな」
「一緒に世界を変えましょう!」
「いいかげんにしろ! さっさと仕事を始めるんだ!」
仕事と言っても真っ当なものではない。いわゆる特殊詐欺である。貴方は特殊詐欺集団のボスだ。そして、ここは海外の某国である。貴方は日本国外に拠点を築き、日本国内から闇バイトで募集した<かけ子>を使って特殊詐欺を行っている。
「ボス、特殊詐欺は、もう止めましょう」
かけ子の闇バイトたちは貴方を憐れみのこもった眼で見つめた。貴方は激怒すると同時に、深く傷ついた。そんな目で見られる覚えはないからである。闇バイトの募集で誘い出され海外に来た連中を貴方は軽蔑していた。日本で生活できなくなって海外へ逃げて来た真の能無しだからだ……実際は貴方も似たようなものなのだが、それでもリーダーだけあって多少は賢いので、それなりに考える。
「お前ら、まさか警察にチクったんじゃあるまいな? そうだとしたら、ただじゃ済まさないぞ」
闇バイトの連中の実家は把握している。<かけ子>や<受け子>が裏切ったなら実家の家族が報復を受けるのだ。詐欺グループの下っ端は、それを恐れていた。
ただし、それは絶対の安全装置ではない。
屑人間にも家族への愛はあるようで、実家の人間に何かあったらと不安になり、特殊詐欺集団のボスの命令に従うのが常なのだが、薄情者も当然ながらいて、警察に密告する事態が発生していた。
そういった事態を警戒して、貴方は詐欺の拠点を人里から遠く離れた未開の地に設置した。かつて帝国主義が華やかだった時代に列強の侵略者と戦った伝説的英雄が潜んだとされる底なし沼の真ん中に浮かぶ孤島にバラックを建てて闇バイトたちを閉じ込めたのだ。移動方法は二つ。空路と陸路だ。脳を溶かす人食いアメーバがいる沼地に水上機で離着陸するか、沼を渡ってから危険な猛獣が棲む密林の山脈を踏み越えて住所を知らない隣家へ逃げ込むかだが、闇バイトの応募者に飛行機を飛ばせる者はおらず、さらに根性無しの臆病者揃いなので後者は不可能ということで、陸の孤島からは誰一人逃れられない。いうなれば本格推理の舞台に最適な場所だ。とはいえ、密室殺人なんて凝った趣向を凝らさずとも射殺された犠牲者の死体を底なし沼へ放り込めば完全殺人が成立するので本格ミステリーというよりホラーやサスペンス向きの状況ではある。だが、そんなことは現状どうでもいい。貴方は脇のホルスターから拳銃を引き抜いた。
「裏切者は生かしておけねえ」
拳銃を突き付けられると、改心した闇バイト人たちは後退りした。貴方は銃口をちらつかせて言った。
「どいつが裏切りの首謀者だ? 言わないなら全員この場で撃ち殺す!」
そのとき上着の内ポケットに入っていた貴方のスマホが鳴った。出ている場合ではないので無視していたら、勝手に通話が始まった。
「もしもし、突然ですけど、僕が誰なのか分かりますか? 推理して下さい」
何なんだ! と思う間もなくスマホの声が続く。
「ヒントですよ。『小説家になろう』というサイトの『春の推理2023』と題された企画に、僕の正体が記されています」
貴方の背筋を冷や汗が流れ落ちた。小説投稿サイト『小説家になろう』が主催する春季の期間限定企画『春の推理2023』への投稿作品を書き始めたところだったからだ。あの企画のテーマは? 貴方は思い浮かんだ単語を呟いた。
「隣人」
「ご名答! 次は難しいですよ。僕が、どこにいるのか、お分かりになりますか?」
見当も付かない。だが、隣人なのだから、隣に住んでいるのは確かだろう。
「ここの隣」
貴方の答えを聞いて、スマホの向こうの声が笑った。
「正解です。貴方は名探偵ですね。特殊詐欺集団のリーダーなんか止めて、正義の側の人間になるべきですよ、今すぐにでも」
「うるせえ、すっこんでろ!」
「そうもいきません。隣人として、隣家のトラブルは見過ごせませんからね」
「大きなお世話だ!」
「……そうですね。僕は世話焼きが過ぎるのかもしれません。でも、悲惨な事件が起きているのを見過ごせません。将来もっと悲劇的な出来事が起こると予測される場合は、なおさらです」
「うるせえ、お前は誰だ!」
「名探偵さん、推理して下さい。これは推理ジャンルなのですから、隣人の正体を突き止めないと」
隣近所の場所さえ分からないのに、そこに暮らす隣人の正体なんか分かるわけがない。
しかし、人のスマホを勝手に操作するウイルスを送り込んできたくらいだから、ハッカーなのだろうと推理する。
その旨を伝えると、向こうは残念がった。
「惜しい! これはハッキングではないのです。超能力なのです」
「ちょーのーりょく」
「そうです」
どこが推理ジャンルだ! と言い出しかけて止める。相手が本当に超能力者なら、こちらの心を読まれるかもしれないと考えた貴方は、精神を安定させ隙を与えないようにしたのだ。相手は、そんな貴方の心を読んだ。
「ふふ、こちらから心を読めないようにしたわけですか。素晴らしい! 貴方は僕の指示を実行する代理人のまとめ役に適任ですね」
「特殊詐欺の指示役なら間に合っている」
電話の声は笑った。
「隣人愛を伝える新しい神の代理人筆頭になってもらえませんか?」
「バチカンにいるだろ」
「あれは古い神の代理人です。最新型の神が僕です。貴方には、僕の代理人たちの総支配人になっていただきたいのです」
「隣人の代理人とやらになる気はない。そもそもアンタ、どこにいるんだよ?」
「そのバラックの周りにいます。沼地のアメーバが僕の正体なのです」
「は? なに変なこと言ってんのよ手前はよ!」
「説明しますけど、その前に、人類の歴史について語らせて下さい」
大昔に地球を訪れた神が人類の祖先に好影響を与えた結果として、今日の文明が成立した。しかし人の不幸が消えたわけではない。相変わらず戦争は起きている。経済格差は厳として存在し、特殊詐欺や強盗のような悲しい事件は無くならない。
「知っていますか? 事件は会議室で起きてるんじゃなく、現場で起きているってことを」
「知ってるから続きを言え」
宇宙の果てから流星に乗って地球に飛来した全知全能のアメーバ型宇宙人いや、至高の神ともいうべき存在は人類の不幸に心を痛め、人々をより良い方向へ導こうとして人の脳への寄生を試みたが、上手くいかなかった。そんな中、遂に闇バイト人への寄生に成功したのだ。
「これは推論ですけど、闇バイトへ応募する人間の脳とアメーバの僕は体の相性が良かったんでしょうね。とても心地好いです。これは根拠に乏しい推理ですけど、闇バイトへの応募者たちは、人類が次の段階へ進むために出現した新人類なのかもしれません。アメーバの培地として、彼らの脳は最適なんです」
貴方は闇バイトたちを見た。その目がキラキラ輝いている。今までの淀んだ瞳の生物とはまったくもって違う生き物のように思えた。しかし、だからといって目の前の人間たちが新しい神を自称する宇宙から来たアメーバに乗っ取られているとは到底、信じられない。
「証拠を示せ」
闇バイト人らは一斉に貴方の個人情報を語り出した。ずっと秘密にしてきた貴方の生い立ちや特殊詐欺のリーダーになるまでの経緯そして各銀行の口座番号や暗号資産のパスワードetc.
それを聞いて貴方は叫んだ。
「分かった、もう止めろ!」
スマホの声が言った。
「流血の事態を避けることが出来て何よりでした。でも、事件は立て続けに起こります。僕らは世界中に闇バイト人を派遣し、悲劇を防止しなければなりません」
「ほっとこうぜ」
「貴方らしくない言葉ですね。事件が起きてから解決するのは普通の名探偵です。新時代の名探偵は事件が起きる前に事件を推理して事件の発生を予防するのです。新しい神の代理人として、それが当然なのです」
「ちょ、ちょま、ちょっと待て。俺はアンタの代理人になったわけじゃない」
「そうですね、実質的には助手、名探偵である私の助手のポジションになると思います」
名探偵の助手。推理ジャンルの定番だ。それなら貴方にも務まりそうである……じゃなかった。
「だから俺は、特殊詐欺集団のボスであって、神の助手になるつもりはない!」
貴方がそんなことを言っている間にも、闇バイトの人間たちは仲間を増やすためにスマホを使って新たなる人材募集を開始していた。高額収入を謳う闇バイトだと警察にマークされるので、今度は「#光バイト」で募集しているが、それで集まる人間の脳がアメーバ型宇宙人の住処に適合するのか? どれだけ推理推論を重ねたところで、脳喰いアメーバが応募者の頭に入らないと正確なところは分からない。