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小さな国の大きなひと  作者: Quantum
贄の姫君
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移動初日

 諸々の準備も整い、兄様と二度目の『最後の晩餐』をとり(最後ではないことが確定するまで何度でもやると言われこちらが折れた。ちなみにメニューはふつう)、お風呂に入って明日の出発に備えてもう寝るという直前、寝室で二人きりになったところでファルに訊いてみた。


「イバーブメーラって何?」


「・・さあ、よくわからないです」


「ずいぶんと雑なごまかし方をするじゃない」


 ・・しつこく訊いたらようやく白状した。豚の魔物(イバーブメーラ)、いわゆる『おとなの御伽噺』に出てくる野獣。曰く、雄しかいない種族、だるんだるんに弛み、太った体躯と豚の頭を持つ。すさまじく好色で他種族の雌を犯し妊娠、出産させる。生まれてくる子供は必ず雄の豚の魔物で、母体の腹を自力で引き裂いて生まれてくる・・なるほどね。


「で、イバービラがその豚の魔物ではないかと思ったと」


「今も完全に疑いが晴れたわけではないですが」


「まあ、最悪そうでも構わないけれどね。クゥ・ザイダレングを倒した後なら」


「私は構いますよ。心の底から勝利を願っておりますけど、それが叶った後なら、どうとでもなりそうですもの。姫様になにか不埒な真似でもしようものならこの私がたとえ刺し違えてでも」

「やめなさい」


 ベッド脇の物入れから封書を取り出し、ファルに渡す。


「しょうがないからあなたが持っていなさい。私の遺言状です」


「・・そんなもの書いてたんですか」


「そりゃあ書くわよ。死ぬつもりだったんだから」


「・・まだ必要ですか?」


「疑いが完全に晴れたわけではないですものね」


「……」


「ちなみにみんなの殉死は固く禁じています。もちろんファルもね」


「・・たしかに承りました」


「でも昨夜と比べれば全然前向きだわ。結末を見ることができそうだもの。なんだかんだであなたの〈予知〉に全幅の信頼を置いているのよ。帰ってきたらその遺言状は捨ててもいいわ」


「その暁には家宝として末代まで額に入れて保存します」

「やめなさい」


 昨夜があまり眠れなかった反動か、ぐっすり寝て夜明け前に目が覚めた。昨日起きたのは『深夜』だったが同じ暗がりでも今日は『朝』だ。冬の入口と言っていい今は日が短い。軍用路といえども移動に使える時間は短い。さっさと支度をして早く出発しよう。


 乗馬用のズボンにブーツ、防寒の分厚いローブを着て司令部前に向かうと、戦士たちの一団も準備を整えていた。イバービラは・・まあいるかいないかは200歩離れていてもわかるわね。夜明け前の薄暗がりでもわかる存在感。

 馬車に同乗してきた兄様とファルはここでお別れだ。兄様は万が一のために王都にいることが絶対だし、決して魔力が多いわけではないファルも戦場には連れていけない。馬にも乗れないし。


 そういえばイバービラはどうやって移動するのだろう・・と思ったら、戦車が用意されていた。3人乗りの大型戦車にさらに足場を追加し、イバービラのほかに小柄な御者がつくようだ。馬も本来の4頭立てから6頭立てになっているが、それでもいちばん負担が大きいのはあの6頭かな。


「ご武運を」

 昨日よりは目に力のこもった顔のファルから見送りを受ける。

「終わったらすぐに帰ってこい」

 兄様、私が下町にお芝居見に行った時と同じこと言ってるなぁ、とかどうでもいいことが思い出された。


 昨日よりは余裕のある笑顔が見せられたと思う。行こう。勝利し、国難を払うために。

 馬にまたがり、クリアト様に声をかける。


「行けます」

「よし!出発する!!」


 地平線が明るくなり、松明なしでも周囲が見えるようになった頃、騎馬隊は出発した。お父様とお母様が護る、ピガール要塞に向けて。


 軍用路と呼ばれてはいるが、実は誰でも使えるただの街道だ。王都と国内の重要拠点を最短距離で結び、高低差も可能な限り潰しこんで作られた石畳の道路で、とても速く移動できるのだが、各地の街どころか集落さえもない中をまっすぐ伸びているので、商売には使いにくい。また、駅もほとんどなく野営が必須であり、結果として軍しか使わない。そういう道だ。


 毛皮にくるまったイバービラが周囲を珍しそうに見ているが、行けども行けども森か荒野なので、すぐに飽きてしまうだろう。あとでちゃんと誤解を解かないと。ちゃんと人も住んでるからねこの国!!


 休憩らしい休憩もせず、日が中天に差し掛かるころ、待ち受けた補給隊に迎えられた。昼食と戦車の馬の交代だ。久しぶりの乗馬で、筋肉が少し凝ってきた。軽く全身をほぐし、補給隊が用意してくれていた昼食を摂る。街道脇の切株に腰掛け、チーズを挟んだ固いパンを水で飲み下したらもう終わってしまった。馬はもう少し休憩が必要なので、少しゆっくりとあたりを見回すとイバービラがまだ食事をしていた。近寄って話しかける。


「おいしい?」


ひめさま(るぴとーり)


 ちゃんと覚えてるんだなあ。


「*******?」


 逆にイバービラも私に話しかける。手に取った糧食を指さしているから、これが何か訊いてるのかな?


「これは『パン』、挟まれているのは『チーズ』、こちらは『お水』よ」


「ぱん、ちーず、おみず」


 ほんとに覚えが早いなあ。ひとくちでほおばり、微妙な顔で食べている。


「おいしい?」


「おいしー・・??」


 身振りで説明したら理解してくれたようだが、あまりお気に召さなかったようだ。まあ同感だ。


「あはは、そうだよね。わりと微妙な味だよね」


「びみょー?」


 ほんとにもの覚えがいいなあ。


 午後も走り続け、日が暮れる直前に野営地に到着した。私たちの馬もここで交代だ。


 街道周辺はそこそこ警備が行き届いているから野獣の類はあまり心配ない。とはいえ冷えるので街道脇の空地でかなり大きめの火を複数焚き暖をとる。ありがたいことに補給隊が不寝番をしてくれるということで、わたしたちはゆっくり休むことができそうだ。


 補給隊が作ってくれた暖かい食事をすませ、私は毛皮のお化けになっているイバービラの隣に座り、あれこれと言葉を教えながら焚火をながめていた。


「・・ごめんなさいね」


ひめさま(るぴとーり)?」


「こうして話しているとやっぱりあなたは人間だわ。結局私たちはどこか遠い世界の人間を呼び出してしまったのね」


「???」


「でもほかに手がなかったんです。自分たちの幸福のために顔も知らない他人を犠牲にするのはとても罪深いことだとわかっています。でもそれをわかってなおお願いします。助けてください。みんなを助けてください。それができるのなら私の一生を捧げてなんでもします。どうか・・」


 ある程度意思の疎通ができるようになったからこそ、こんな言葉で話しかけても理解できないことはわかっている。それでも謝罪せずにはいられなかった。ひょっとしたらクゥ・ザイダレングとの戦闘で死んでしまうかもしれないこの異世界の住人に。すがるしかなかった、たった一人の人間に。


 私の顔を見ていたイバービラは膝の上で固く握られていた私の両の拳の上に大きな手を乗せ、私の顔から眼をそらし、焚火を見つめながら


御心のままに(イェール)


 とつぶやいた。涙があふれてきてどうしようもなかった。

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