ピクニック
怜士が〈召喚〉でこの国にやって来て、1年が経とうとしている。誕生日代わりにお祝いの予定である。怜士の誕生日が、この世界にない12月であるため、この世界にやってきた8月2日を代理誕生日にした。
「なにか欲しいものとか、やりたいこととかある?」
「ひとつあるけど、ちょっとむりだから…」
「えー、一応言ってみて。なんとかなりそうならがんばるから」
「まちでおかいもの」
「……」
まあ、無理なのであった。
さすがに1年も経てば、王都の人々も見慣れてしまう。別に王城に引きこもっているわけではなく、毎日のように王城に戦車で出勤?しているし、国内各地に視察や調査に出るときも、当然王都の人々はその姿を目撃している。
だが、街に怜士が出かけているかというと、していない。なぜなら、建物の中には入れないからだ。なのでショッピングはできない。市場のようなオープンスペースはそれはそれで、わざわざ行って買うほどのものはなく、そして人混みがひどく、いまだ大人気の怜士が行くのは危険なのだった。
「うーん、残念だけど…、他には?」
「そうだなあ…、あ」
「なに?」
「みんなでおでかけ」
「…ほぅ。なるほど、それは…」
怜士は国中を駆け回っている。ちなみに部下たちは更に飛び回っている。だが、それらは要するに、『仕事』である。実は、先日のルーミットの岬デートは(台無しになったが)ほぼ唯一の『お出かけ』の機会だった。もう一回ぐらいどこか行きたい。別にふたりきりじゃなくてもいいから。というのが、怜士の思い付きだった。
サリューも同様である。この1年、ずっと『仕事』をしていた。先日のルーミットは、息抜きになったし、レイジーに惚れ直したし、いいことずくめではあったが、『遊び』ではなかった。ちょっとお出かけは、すごく惹かれる提案だった。
「おうとのちかくで、いいところ、ある?」
「あるわねえ」
その日の夕食時、サリューから両親と兄に提案された。
「あら、いいわねえ」
「そういえばずいぶんとそういうことはしていないな」
「みんなでか…、いいな、行こうか。皆の時間を調整して」
あっさりと『禁足地』へのピクニックが決定した。
「…そこは、いっていいところなの?」
地名?を聞いて怜士はちょっと引いた。
「いろいろ、決まりごとはあるけど、だれでも行っていいわよ」
王都から馬で半日もかからない場所にある森、そしてその中の湖を『禁足地』と呼ぶ。
怜士&サリュー、セダール&マグリナ、カーレム&ファル、みっつのカップルで朝方王城を出発した。ただし編成はバラバラで。母と娘がポニー、兄と父がそれぞれ単騎、怜士とファルが馬車(ちょっと格式が必要な時用に最近用意された。しかし当初の目的には使われず、もっぱらチョイ乗り)に荷物を積んで移動した。ちなみに帰りはファルがポニーの予定で、馬に乗れないファルはかなりビビっている。
山のふもとに森が広がっている。その森を回り込むように道が続き、山すそから坂道を登っていく。中腹に建物と広場があり、そこがいったんの目的地である。
「『禁足地』の中は、見ることと聞くこと以外はしちゃだめなの。食事とかはもちろん、会話もね」
馬たちを預け、眼下に広がる風景を見ながらサリューが説明してくれた。
いや、あれ、どう見ても…
まん丸の湖だった。丸すぎる。形が整いすぎている。どう見ても人造湖にしか見えなかった。
「そのようだな。詳細は伝わっていないが、王都の水源と謂われている」
セダールの説明に驚きつつ、納得した。王都周辺には大きな川はない。にもかかわらず、王都は上下水道が整っている。実は街そのものが古代都市の上に、そのインフラを利用して作られたのだという。王城に湧き出し、町中に清水をいきわたらせている泉は、この湖と地下で繋がっている、らしい。故に絶対にこの湖を汚したり破損したりしてはならない。王都に生きる人々の絶対ルールである。
一方でその美しさと神秘性は、聖地のようにも扱われ、来訪者は多い。だが湖畔は厳しい規則により会話もままならない。なので、管理棟 兼 休憩所 兼 展望台が作られた。市民のお手軽観光地として人気がある。
せっかくだからということで、湖畔まで行くことになった。馬で下山し、森から少し離れた場所で徒歩に切り替え歩いていく。
「あ」
「どうしたの?」
「もういっこやりたいことあった。むりだけど」
「言うだけ言ってみなさい」
「こいびとつなぎ」
「…なにそれ」
説明した。指を絡ませるあの手のつなぎ方を。いつのころからか『恋人つなぎ』と言うようになったことを。誠に遺憾ながら怜士とサリューはできない。手の大きさ的にも、身長のバランス的にも。
「こうか?」
「……」
カーレムがファルとしていた。ファルが真っ赤になっていた。
「おもしろいわね。簡単なのに」
「……」
マグリナとセダールもしていた。こちらは堂々としたものである。
「…」
なにか言いたそうなサリューだったが森の入口に到着してしまったので口を噤まざるを得なかった。
静かに、森の中を歩いていく。明らかに軍用路と同じ舗装の道を。緩やかに弧を描き、中心に向かう。そして木々がなくなり、眼前に湖面がひろがった。
「……」
声も出してはならぬが、これは声は出ない。初冬の冷えた空気、森が風を遮り、鏡のような水面に、流れる雲が映る。人造の聖地、悠久の歴史を見守るつくりもの。時の流れの中に、確かに自分もいるのだと怜士は感じた。願わくば、この人たちと、少しでも長く、幸せな人生を。
怜士は繋いでいたサリューの手を、ほんの少しだけ強く握った。サリューが怜士の顔を見上げていた。




