サリューとレイジー
「いったいどういうことなんですか!!」
サリューが荒ぶっていた。論功行賞が終わり、奥の私室に戻るなり、サリューが家族に噛みついた。
「レイジから相談を受けたのよ。結婚を延期できないかって」
笑みを絶やさぬ(扇子で口元は隠していたが、論功行賞の場からずっと笑顔だった)母からそう聞いて、サリューはレイジーを見た。怜士もこの部屋にきている。扉が改装されて、王宮内で怜士が入れる場所が増殖中なのである。神妙な顔をしているが、こちらはこちらで引くつもりもない。
「レイジの国ではね、30歳は子供で、子供とは絶対に結婚してはいけないんですって」
先日の相談で怜士もこの国の習慣は理解している。30歳はいちおう成人扱いであり、結婚してもよい。だが、ふつうはしない。よほどの理由か、政略結婚の場合がほとんどだ。それを聞いて怜士は少し安心し、(怜士の精神的に)問題ない歳まで結婚を延期できないか打診した。先王夫妻としても、特に反対する理由はなかった。どのみちすぐに結婚という訳にもいかない。多少の時間をかけるつもりだったが、それを明確に10年後とした。そのあたりが怜士が妥協できるギリギリで、この国の適齢期の範囲内でもあったので、わりとすんなり決まった。
「でもそれだったら、ただ延期するだけでいいじゃないですか。なんであんな正式な場であんな子芝居を?」
「大きくはふたつあるわね。ひとつはレイジとあなたを護るためよ、サリュー」
「え?」
セダールの指摘は、小さなことはあるが、無理筋ではない。サリューと怜士の間に交わされた〈誓約〉には穴がある。だれも突っ込まないかもしれないが、それでもこの穴を埋めておきたい理由が、王や先王夫妻にはあった。
現在の大陸東部諸国は、クゥ・ザイダレングの侵略によって体制がズタズタになっている。唯一の例外がアングレック王国で、怜士のおかげで奇跡的に無傷で切り抜けた。しかも脅威を排除した。本来、横並びの国力のはずなのに、政治的な立場も含めて圧倒的な差ができてしまっている。だからこそ、他国に隙は見せられない。そして、サリューと怜士の『瑕疵のある〈誓約〉』は、かなりわかりやすい隙になり得た。
怜士もサリューも、現状、他国からの最優先の標的(好意的にも攻撃的にも)になっている。この二人が婚約し、国内にとどまることは、政治的な意味でもアングレック王国にとって最善で、絶対に守りたい宝である。その存在理由の土台に傷があっては、どこで予想外の攻撃を受けるかわからない。であれば、いったんフラットな状態にもどし、正式な形の婚約にしたほうが良い。
「そういう理由ならまあわからなくもないですけど、だったら私にも一言あったっていいじゃないですか!」
「そうね、なんだかんだ言っても、どうとでもできる程度の理由でしかないわね。もう一つの方が大事ね」
「なんですか?」
「レイジはね、結婚は自分から申し込みたかったんですって」
今日いちばんの笑顔で母にそう告げられ、娘は思わず己の婚約者の方を見た。今日のためにあつらえた、ちょっと変わった形の礼服(実は燕尾服)を着ている怜士と目が合った。怜士が懐から何かを取り出し、サリューの前にふたたび跪いた。
「サリュー、私の愛の証です。受け取ってもらえませんか?」
「…なに?」
「左手を」
サリューが差し出した左手の薬指に、ダイヤが載った金の指輪が嵌められた。
「レイジの世界の習慣でね、婚約の証として、男性が女性に指輪を贈るんですって。こういうのにあこがれてたんですって」
「奥様…」
満面の笑み継続中のマグリナにばらされて、レイジの顔も少し赤くなった。
「レイジー…」
異世界からやってきたとてつもなく大きな人。自分が異世界からこの世界に無理やり連れてきた人。自分と皆のために戦ってくれた人。自分のことを好きだと言ってくれた人。私と生きていくことを望んでくれた人。私が好きな人。
この人に驚かされるんだったらまあいいやと、サリューは心の波が静まっていくのを感じた。そして涙が出てきた。この人には泣かされっぱなしだ。この先もずっとこうなのかなあ。
「わらって、サリュー」
「レイジー」
思わず抱きついてしまった。跪いたままの怜士の胸に飛び込んで顔をうずめた。怜士はまだ全然伸びていないサリューの髪に優しく触れている。
「その指輪、すこしおおきめです。きっと、けんこんするころ、ぴったりなるおもいます。」
「うん、わかった。ありがとう、レイジー」
「ちなみに私の薬指にぴったりなのよ。合わないようなら私がもらうわ」
「お母様!んもー、なんでいつもいつもそういうこと言うんですか!!」
サリューは自分の薬指の指輪を見ながら、10年前、指輪をもらった日のことを思い出して、クスっと笑った。指輪はぴったりのサイズになった。背も伸びた。髪も伸びて、花嫁の髪型に整えることができた。白いウェディングドレスは、レイジーの国でも同じ習慣なのだそうで、レイジーが感激していた。
そういえば、レイジーと初めて会った時も、白いドレスだったなあ。あれは死装束だったのだけれど。あの日を境に、自分の運命はがらりと姿を変えてしまった。レイジーが私の未来を変えてくれた。そんな人と結婚できるなんて。自分はなんて幸せ者なのだろう。ありがとうレイジー
「姫様…!」
怜士は花嫁の控室に入って息を呑んだ。
「…とても美しいです。姫様」
「まだ姫様っていうの?」
「今日までしか言えないので」
「…あなたはイバービラではなくなってしまったのにね」
にこやかに笑う怜士にサリューも笑って返す。怜士はこの10年で激やせしている。本人の努力の結果である。おかげで最近は御婦人たちからの視線もめちゃくちゃ好意的で熱い。
「ありがとう姫様。俺は幸せ者です」
「それは私のせりふよ。あなたがいなければ私は今ここにいなかったはずだわ。ありがとう、レイジー」
「…出会ったあの日から、あなたはずっと私の光です。これからもずっと私の隣にいてください、サリュー」
「…ええ、よろこんで。これからもよろしくね、レイジー」
軽く抱き合い、怜士は自分の控室に戻っていった。もうすぐ、式が始まる。サリューは少し胸の鼓動が早くなったような気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これにていったん完結となります。
軽い思い付きで生まれて初めて小説を書き始めて、きちんと最後まで書くことができて感無量です。
きっかけになった、支援BIS様に改めて感謝を。
ほんとうにありがとうございました。
そして読んでくださった皆様、心から感謝いたします。
みなさんのおかげでここまで来ることができました。ありがとうございました。
完結しましたが、書ききれなかったり投げっぱなしのネタがあるので、時間をおいてもう少し番外編を書きます(←台無し)。
次回作があるのかどうか、さっぱりわかりませんが、機会がありましたら、またよろしくおねがいいたします。




