この世界で
怜士は、先王さまがクゥ・ザイダレングの首を刎ねるのを、少しぼう然としながら見ていた。人が死ぬのを、殺されるのを見たのは初めてである。偶然ではない。自分が致命傷を負わせ、先王さまが止めをさした。つまり、自分が殺した人間である。槍で、小太刀で、弓矢で傷を負わされ、文字通り命がけの殺し合いを演じ、結果として自分が勝った。すなわち殺した。
感慨のようなものはない。達成感も、罪悪感もない。ただただ、ショックが、衝撃が自分の心にぶつかってきている。具体的な言葉は浮かんでこない。何も考えられず、そこに座り込んでいた。
「イバービラ!!」
「ぐぇ」
ひめさまが走って来て怜士に飛びついた。おもわず変な声が出た。傷の痛みが怜士の意識を現実に引き戻した。
「イバービラ!?……!!、怪我が!!」
ひどく慌てたひめさまが、なにか唱えた。
「癒えよ!!……え?!」
怜士はこの世界の『魔法』というものを、ほとんど認識できていない。もともと目に見えず、しかも自分は素通りしてしまい、気づくことさえない。クゥ・ザイダレングの〈支配〉も、ひめさまの〈治癒〉も、それが自分に向かって放たれたことさえわかっていない。
「あぁ、イバービラ、どうしよう、これじゃ怪我が……」
うろたえるひめさまをとりあえず慰める。
「あーひめさま、だいじょぶだいじょぶ」
「嘘つきなさい!こんな深手を負って、大丈夫なわけないでしょう」
ひめさまが泣きながらマントを切り裂き、包帯代わりに巻いてくれた。正直、けっこうドキドキもの(衛生的な意味で)だし、あとで本格的な手当ては必要だと思うが、ひとまずすぐ死ぬようなことはなさそうだ。超痛いけど。
「だいじょぶ」
「イバービラ……」
泣きそうではある。でも悲壮感のようなものはあまりない。やはり、この敵を倒したことで、ひめさまの重荷はたぶんなくなったのだ。
「ありがとうイバービラ、ありがとう。あなたの力でみんな助かりました。あなたのおかげです。ほんとうにありがとう」
「ひめさま」
しきりに感謝の言葉を繰り返すひめさまの姿に、ようやく安心できた。自分はひめさまの役に立てたのだ。そして生き残ることができた。数日前にやると決めたことは、ちゃんとできた。想像以上に命がけで、血生臭く、見知らぬ男を殺すことになったが、死線を潜り抜けたからだろうか、以前に想像していたのとは少し違う心持ちで、思ったよりも落ち着きがある。
「お礼に私のすべてを捧げます。これからもずっと一緒です。よろしくお願いしますね、イバービラ。誓います」
「御心のままに、姫様」
まだ理解できない言葉で何か言われた。そして、はじめて会ったとき以来の、謎の『イェール』が出た。でもひめさまはにこにこしている。たぶん、返事してもいいやつだ。
「姫様じゃなくて、サリューと呼んでください」
それはメイド長が怒るやつではなかっただろうか。でもひめさまがそういうなら勇気を振り絞る怜士である。
「さりゅー……、はい、サリュー」
「……そういえばイバービラにだって名前があるわよね?なんていう名前なの?」
「???」
「私はサリュー、サリュー・ゴゥ・アングレックです。あなたは?」
ひょっとして、自分の名前を訊いているのか?そういえば訊かれたことがなかった。そんなことにも気付いていなかったのかと、自分に驚いた。ひめさま、サリューは、自分の名前を呼ばせ、そして、イバービラとかいうよくわからない呼び名ではなく、名前で呼んでくれるらしい。そういう間柄でいてくれるらしい。それは、いっしょに生きていくという意味なのだが、怜士はそこまでは思い至らなかった。だがとてもうれしかった。この世界に来て以来、いちばん心強い気持ちになった。この世界にやってきた、その日の夜に感じた心細さは、今はない。
「……怜士。……工藤怜士」
「!!そうなのね!わかったわ!これからもよろしくね、レイジー!!」
「はい、サリュー」
この世界で生きていく。自分の名を呼んでくれる人とともに。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
これにて第2部終了となります。
む、難しかった!むちゃくちゃ大変でした。
そして第3部へと続きます。完結編になる予定です。
ただ、プロットがかなりあやふやで……
ちょっとお時間いただくかもしれませんが、がんばってゴールまで書きます。
もう少しお付き合いください。よろしくお願いします。




