王女としての最初で最後のお仕事
召喚士ルード様の〈召喚〉は成功したようだ。目の前には巨大な魔獣がどうやら眠っている。
いや、魔獣だろうか?ルード様も、他の面々も、ちょっと戸惑ったような顔をしている。
そもそもこの国ではそんなに〈召喚〉をすることがない。なので私は魔獣というものを見たことがなかった。魔獣は基本的には戦闘にしか使えないが、最近は戦争らしい戦争もなかった。他国で行った〈召喚〉の噂は聞いたことがあるし、それによって勝敗の予想が覆されたこともあったようだが、それらの噂に聞いた魔獣は、森や荒野にいる獣たちに、サイズはともかく、見た目はまあまあ似ているようなのだ。『まるで森狼のような』という言い方は、その魔獣が森狼に似ているからこそ使われているはずだ。
だがこの魔獣は、私が知るどの獣とも似ていない。むしろ人間に近いように見える。もちろん人間ではない。こんな巨大な人間がいてたまるものか。この国の人たちの身長は、私も含めて他国の人たちよりやや高めだが、それでも比べ物にならない。西方から侵略を進める〈主君殺しの魔獣騎士〉クゥ・ザイダレングはずば抜けて長身という話だが、それでも我が国の戦士たちより頭一つ分ほどの高さのようだ。この魔獣はそのクゥ・ザイダレングよりも、さらに軽く頭一つ分、おそらく肩にも届かぬほどの巨大さだろう。
魔獣としては確かに小さいかもしれないが、それでも巨人というべきその存在は、多少の不思議はあっても、まずは私を安心させてくれた。何とかなるかもしれない。あとは私が命を差し出せば〈使役〉が叶い、それによって予言は的中するはずだ。
『厄災、西より降りかかる。異界より到る者に全てをささげよ、されば国難は払われる』
ちょっと聞いたことがないほど、具体的な予言だったそうだ。当時10歳だった私には意味が分からず、むしろそれを聞いて驚き、そして怒りに満ちた顔で占術士のファルをにらみつけるお父様の顔を見て、どうやらあまりよくない予言だったことを理解した。
それ以来、私は〈贄の姫君〉と陰で呼ばれるようになった。私よりも先にお父様の耳に入り、激高して緘口令を敷いたようだが、結局私もしばらくしてそれを知った。意味が分からず無邪気にお父様に「にえのひめぎみってなんですか?」と訊いてしまい、逆上して犯人を探し出して処刑しようとして、お母様に思い切り殴られていた。そのときのやりとりは怖かったが、あの時のお父様のちょっと泣きそうな顔は、思い出すと少し笑えて来る。愛情豊かな父親なのだ。重いけど。
その後ファルは私の専属侍女になった。わざわざ自分からそんな気詰まりな環境に身を置かなくてもよさそうなものだが、本人は罪滅ぼしの気持ちもあるようだ。別に予言の内容は占術士の責任ではないだろう。むしろ厄災を予言し、具体的な対応策まで教えてくれたのだから感謝しているのだが。まさか殉死とかするつもりではないだろうかと疑い、こっそり書いておいた遺言で禁じている。せっかく命を捨ててみんなを救おうとしているのだから、残された人たちは幸せになってもらわないと困るのだ。
昔のことをあれこれと思い出していたら、魔獣が身じろぎをした。目を覚まそうとしている。塔の地下に集まった全員がいっきに顔を引き締めた。使役士のモルドア様は完全に臨戦態勢だ。彼が〈使役〉の魔法を放ち、それに呼応して私が命を絶ったその瞬間に発生する魔力によって魔獣を縛る。それによって魔獣は使役士の支配下になる。モルドア様ほどの魔力があればたいていの獣や異界の魔獣が相手でもそんな手助けは不要だが、特別な〈召喚〉で大きな魔力をつかって呼び出した魔獣は、非常に強い魔力を持つことが多いらしく、魔獣の魔力が勝った場合は〈使役〉ができない。そんな強い魔獣を支配するための補助魔法がこれだ。ふつうは魔力持ちの罪人を使ったりするらしいが、予言が私を指名している。というか、この方法が知られていたから予言の解釈が定まったと言っていい。
脂汗をびっしりかいたモルドア様が呪文を唱え始めた。私もナイフを両手で持った体勢で、体内で魔力を練る。ちらっとファルの泣きそうな顔が目に入った。いや泣いてるじゃない完全に。やっぱり来なくてもよかったのに。意地っ張りなんだから。魔獣が上体を起こして周囲を見ている。戦士たちが槍を構えて魔法陣を囲む。ぎょっとしたような顔で魔獣が周囲を見渡し、そして私と目が合った。あ、顔怖いけど表情で何を考えているのかわかる。というか表情があるということは、やはり知能があるのでは?そんな疑問が浮かぶ間に呪文を詠唱し終えたモルドア様が〈使役〉の魔法を放つ準備を整え、魔獣をにらむ。
「従え!!」
モルドア様の呪文とともに、〈使役〉の魔法が魔獣に飛ぶ。その瞬間、モルドア様の表情が崩れた。驚愕で目が大きく開かれている。やはり魔力が足りなかったようだ。私は体内に込めた魔力を解き放つべく、ナイフの刃を首筋に押し付けた。




