決着
イバービラが背後からクゥ・ザイダレングをなおも絞めあげている。
このまま!と思った瞬間、クゥ・ザイダレングが折れた魔槍を背後に密着するイバービラの右足に突き刺した。
「ぎいいいい!!!!」
歯を食いしばったイバービラから悲鳴がもれる。思わず私も声を上げそうになる。だがイバービラは腕を離さない。苦悶の表情を浮かべつつも、さらに締め上げる。なんとか逃げようとするクゥ・ザイダレングがさらに身体をよじり、何かがきらめいた。
「ぐああっ!!」
イバービラが悲鳴を上げ、腕がゆるんだ。クゥ・ザイダレングが身をひねってイバービラを蹴りつけ距離をとる。左手には小太刀が握られていた。隠し持っていたのか。
「……ほんとうに、貴様、何者だ?」
クゥ・ザイダレングが怒りの形相でイバービラに問いかける。イバービラも睨み返しているが、返事はない。右足の槍は抜かれているが、左腕は大きく斬られ、傷口から血があふれている。
「この魔獣を射よ!!」
クゥ・ザイダレングが叫ぶ。イバービラは片足を引きずりつつもクゥ・ザイダレングに駆け寄る。矢はほとんどが外れたが一本だけイバービラの肩に命中した。が、かまわず走り、クゥ・ザイダレングに肉薄した。
「ぐうっ!」
クゥ・ザイダレングが小太刀を振るうがそれをかいくぐり、懐に入り込んだ。一瞬、イバービラが消えたと思うほど小さくなり、その次の瞬間、クゥ・ザイダレングの体が宙に舞った。イバービラが下から背負いあげたのだ。そして前に倒れこむようにクゥ・ザイダレングを地面に投げつけた。身をかばうこともできず、クゥ・ザイダレングが顔面から落ちた。ぐしゃっという音がして、そのまま倒れこんだ。イバービラは投げつけた直後に素早く離れ、更に身構えている。
クゥ・ザイダレングは動かない。……倒したの!?
「……仕上げだ。サリュー、構えよ」
お父様の声がしてハッとした。周囲を見回す。もとより〈支配〉を防いでいるお父様はともかく弓兵たちはまだ〈支配〉の影響下にあるようだ。……まだ生きている!
お父様が腰から剣を抜き、ゆっくりとクゥ・ザイダレングに歩み寄る。
「サリュー!!」
城壁の上からお母様の声がした。見上げた瞬間にお母様が杖を私に向かって投げた。
「広げなさい!!」
我に返った。そうだ、まだ終わっていない。最後の役目がある。想定していた中でも最上の結末にむけて。私は受け取った『杖』に巻いてある革紐をほどき、『魔法陣』を地面に広げ、その中央に膝をつき、魔力を練った。
お父様がクゥ・ザイダレングの体を蹴り上げ、仰向けに転がした。意識はないようだが、微かに胸が上下している。
「確かに油断したわけではなかったな。運がなかった、、いや、天命が尽きたか。ここが貴様の終焉の地だ」
お父様がクゥ・ザイダレングの首に剣を突き立てる瞬間に合わせて私は呪文を唱えた。
「癒えよ!!」
お父様がクゥ・ザイダレングの首に刺した剣を更に横に薙ぎ払ったそのとき、ぶわり、と何かが出た。クゥ・ザイダレングの魔力が死の瞬間、解放されたのだ。それが私に届いた瞬間、更に呪文を紡ぐ。
「吸収!」
拡がろうとしていた魔力が向きを変え、すべて私に流れ込んでくる。あまりにも膨大な魔力が体内をめぐり、体が形を保てなくなるような感覚に陥る。そしてその直後、私を中心に〈治癒〉の魔法がすさまじい速さで周囲に広がってゆく。
お父様、城壁にいるお母様、弓兵、更には川を越え、西ピガールで戦う戦士たちまで届いたのが感覚でわかる。なんという魔力量!だがそのおかげで遂に戦局を覆した。
「信号弾!!」
お父様が叫ぶ。クゥ・ザイダレングの死によって〈支配〉から逃れた弓兵の一人が、あわてて己の弓を捨ててお父様の弓に持ち代え、残った一本の矢を空に放った。笛の音とともに青い煙が宙に舞う。
しばらくして、地響きのような声が聞こえてきた。西ピガールの外側に控えていた部隊が突入したのだろう。
……勝った。勝てた。脅威は去った。やっぱりファルの予言はこの時のためで、そして、的中したのだ。