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小さな国の大きなひと  作者: Quantum
贄の姫君
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決戦

 夜明け直前、要塞の中、縁の方でイバービラと並んですわり、息を殺していた。防寒、兼、目くらましのために毛皮も羽織ってもらっている。わたしも借りた革鎧と革の兜をつけて、その上からマントを羽織っている。いつものローブは従軍兵に見えないということでおいてきた。


 お父様とお母様は城壁の上に、弓兵たちと構えている。私とおそろいのローブ(今日は違うけど)を羽織ったお母様が魔杖を持ち、索敵している。魔力で周囲の人間や獣の気配を探り、感じ取る空間魔法〈天眼〉。範囲拡大の魔杖を使えば、都市を軽く呑み込むほどの広さを見ることができる。


 ほどなくして夜が明け、城壁に朝日が当たる頃、お母様がお父様に何事か声をかけた。いつもの金属鎧を着こみ弓を構えたお父様が信号弾を空に射た。笛の甲高い音と赤い煙が空に上がり、対岸の兵士たちに戦闘開始を知らせる。敵がやってきたのだ。


 城壁のおかげで見えないが、なにか、強い気配が近づいてくるのが分かる。弓兵が矢をつがえ、軽く引き絞った態勢で何かを見ている。西側の橋は、いちばん要塞に近いアーチが壊されている。『主君殺しの魔獣騎士』をいったんそこで足止めするための『小細工』だ。


 弓を捨て、槍に持ち替えたお父様が何か話している。低い声で、何をしゃべっているかまではわからない。心臓の鼓動がとてつもなく大きく聞こえる。とうとう戦いが始まってしまう。……どうか勝利を!イバービラ、死なないで!!


 そのとき、黒く、とてつもなく大きな何かが城壁を越えて飛んできた。地響きを立てて要塞の中央に降り立つ。


 ……馬だ!信じられないほど大きい。イバービラよりもはるかに巨大な馬!!8本脚!?見たこともない生き物だ。魔獣?これが、クゥ・ザイダレングの乗騎!?


「?!……ほう!」


 馬の魔獣の方から声がした。


 魔獣に男が跨っていた。黒い革鎧、黒染めの鉄兜から大きな角が左右に伸びている。魔獣がさらに大きくて一瞬わからなかったが、こちらもかなりの巨体、イバービラを見ていなかったらその大きさだけで恐怖したかもしれない。意外と端正な、しかし好戦的な笑顔の男がこちらを見ていた。


 ……あれが、クゥ・ザイダレング……!


「これはこれは!!魔獣を召喚したか!子煩悩と聞いていたが、『贄の姫君』とやらを差し出したという訳だ!そこまではせぬのでは、という話をしていたのだがな!!」

「貴様がその『名』を語るなど二度とするな」


 お父様の、聞いたこともないほど低く殺気に満ちた声がした。


「『予言』のことは聞いている。自分では油断をしているつもりはないぞ。そもそも我が『厄災』だなどとは心外だ。こちらはいつも『交渉』から始めておるのに、そちらが勝手に怒り出して、挙句に戦争だ。自業自得だと思うのだがな」


「草原の理屈は草原でこねておれ。この地ではこの地の作法に従いさっさと死ね」


「是非もないな。やるとしようか」


 クゥ・ザイダレングの持つ魔槍が微かに光を放つ。と見た瞬間、槍をこちらに向け静かに唱えた


恭順せよ(ルターレット)


 とてつもない重荷が体にのしかかった。……体ではない。心だ。心が潰されようとしている。罪悪感と虚無感が同時に沸き立ち、そのまま蹲ってしまいたくなる。来るとわかっていてもなおこの威力、これが〈支配〉の魔法……!


「……イバービラ、助けて!!」


 イバービラにだけ聞こえるような小声でささやく。もとより、女と悟られないように大声は出さない予定だったがそもそも出せない。それも振り絞ってやっとだった。


「……!!!」


 イバービラがいきなり全速で走り出した。と見た瞬間、大きく跳ね、宙に舞った。


 え?速さだけじゃなくて、そんなに飛べるの!?いや、それ以前に、やっぱり〈支配〉が効いていない!いちばん最初の賭けに勝った!!そしてイバービラは巨大な魔獣の頭ほどまで軽く飛び上がり、馬上のクゥ・ザイダレングに迫る。


「なに!?」


 油断はしていなくても意表は突かれたようで、思わずという声がした。その瞬間、イバービラの右腕がクゥ・ザイダレングの首にかかり、その勢いのまま、馬からもろともに地面に落ちた。


「ぐっ!!」


 落下の衝撃にクゥ・ザイダレングがうめき声をあげた。さらにその瞬間、起き上がったイバービラが毛皮の下に隠し持っていた棍を両手で持ち直して振りかぶり、横から打ちつけた。クゥ・ザイダレングはとっさに槍の柄で受けた。すさまじく硬い音が響き、クゥ・ザイダレングが吹き飛ばされた。槍が折れていた。イバービラの棍も先が割れ、使い物にはならなさそうだ。


「貴様、何者だ?」


 思わずといった口調でクゥ・ザイダレングが問う。


「……まずはうまくいったか」


 いつのまにかお父様が私の横にいた。先ほどまでの罪悪感が消えうせる。お父様の空間魔法、〈遮断結界〉の範囲内に私を入れるために駆けつけてくれたのだ。ようやくまともに頭が回り始めた。


 何とか立ち上がり、杖をイバービラに向け、何かをしているような『ふり』をする。


「!?……!、貴様ら、その小僧を射よ!!」


 私に気づいたクゥ・ザイダレングが声を上げる。その声を聴いた弓兵たちが、窒息したような顔でのろのろと弓を引き、私に向かって矢を放つ。とっさにお父様が覆いかぶさるように私をかばった。その背中のマントにぽすぽすと音がして矢が刺さっていく。その様をクゥ・ザイダレングが憎々しげに見つめていた。


 その一瞬の油断に反応し、毛皮を脱ぎ、棍を投げ捨てたイバービラがクゥ・ザイダレングに突進した。折れた槍を振るい、避けようとするが、イバービラは槍をかわしつつ背後に回り込み、クゥ・ザイダレングの首に腕をまわし絞め上げた。


「があっ!!」


クゥ・ザイダレングが悲鳴を上げ、抜け出そうとする。がイバービラの腕はびくともせずに絞め続けている。

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