決戦に向けて
軍の皆はすでにあわただしく動いているが、私たち親子とイバービラは今夜はやることはない。おかげで3人でゆっくり夕食をとることができた。お父様とお母様とこんなに話ができるのは何日ぶりだろうか。あれこれと話をするが、ついついイバービラのことについて熱を入れてしゃべりすぎてしまい、お父様が不機嫌になってしまった。憂さ晴らしにイバービラに難癖をつけに行ったので、そのすきに髪を切ることにした。
『小細工』のひとつだ。『小娘』だから怪しいのであって、『小僧』であればまだしも、となった。イバービラに寄り添い、使役士のふりをする。最初の予定ではモルドア様の立ち位置だったところに私が入り、クゥ・ザイダレングを勘違いさせる狙いだ。
さすがに理髪師は従軍していないので、お母様が切ってくれることになった。なんでも器用にこなす人だけれど、髪まで切れるとは思わなかった。うなじが見えるところまでざっくりと切ったら頭がすごく軽くなってすっきりした。あとは男物の服を着て杖でも持てば大丈夫かな。
「体形はともかく顔が可愛すぎて男の子には見えないわね。顔を隠す兜とかも被ったほうがいいわ」
くっ、さりげなく精神攻撃を仕掛けてくる・・! 今は耐え忍ぶのみ・・
……イバービラの様子を見に行くことにした。本当は4人で夕食をとりたかったのだが、ドアが小さすぎて入れなかったのだ。申し訳ないが馬車庫に寝泊まりしてもらうことになっている。夜食のサンドイッチを作ってもらい、屋敷の外に出る。なにやら物音がすると思ったら、お父様とイバービラが取っ組み合っていた。
「こんのくされ魔獣がああっ!!!」
「???」
お父様が殴りかかるのをひょいとよけて、なにをどうしたのかころんと転がしている。別に怪我もしていないようだ。
「もー、何やってるんですか……」
私の声に二人がこちらを見、そして叫んだ
「サリュー!!なんだその頭は!!!」
「ひめさまーー!!」
イバービラまで驚いたのは意外だった。しかもそんなに?
二人してひざをつき、手まで地面についている。少なくともお父様は作戦で男装するって聞いてましたよね?
「……許さん、クゥ・ザイダレング、絶対殺してやる」
その予定だけど、とんだ逆恨みだった。
「ご飯食べた?お夜食持ってきたんだけど」
「たべた。たべる」
馬車庫に転がっていた木箱をテーブル代わりにして、もぐもぐとサンドイッチを食べるイバービラを眺めていた。
「おいしい?」
「おいしー」
「……いよいよ明後日ぐらいにクゥ・ザイダレングがやってくるらしいの」
「???」
「わたしも一緒にいますから。がんばって……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「はい。だいじょぶだいじょぶ」
「……ありがとう」
また泣きそうになったけど、なんとかこらえることができた。
お父様はすごく不機嫌そうな顔でそっぽを向いていた。
「ところでさっき、何やってたの?」
どうやら馬車庫にやってきたお父様をイバービラが『おとーさま』と呼び、その瞬間にお父様が殴りかかったらしい。それをイバービラがいなしていたと。
……何やってるんだか。とりあえずイバービラには『先王さま』と呼ぶようにお願いした。
「やはり相当遣うな」
馬車庫からの帰り道、お父様がそうつぶやいた。
「え?」
「あれは体術の一種だろう。剣や槍の技ではなく、己の手足を使って投げたり絞めたりする技だ」
……まさかそれを確かめるために殴ろうとしていたの?
「しかも手加減されていたからな。おかげでどれほどのものかは結局わからんままだが。あとはクゥ・ザイダレングに技をかけられるほど近寄れるかどうかだな」
「……きっと大丈夫です。わたしがすべてを捧げるって約束したんです。ファルの予言はあたりますよ」
「つぎは剣で斬りかかってみよう」
「やめてください」
翌日も屋敷で待機だ。西ピガールで待ち伏せする戦士たちが橋を、要塞を通過するため、私たちがいると邪魔なのだ。工兵たちも並行して橋の破壊のための準備をしている。
私とお母様は本番に向けていろいろと細かい打ち合わせをした。何が起こるかわからないが、それでも多少なりとも心の準備ぐらいあったほうがいいだろう。
お父様はイバービラに槍で斬りかかっていた。明日の予行演習だと思いたい。ただならぬ殺気があふれていたけれど。
そして日が落ち、最後の夜が訪れる。戦士たちはほぼ全員が西ピガール、つまり隣国内に埋伏した。工兵たちも橋を破壊した。一部の工兵は東ピガールを焼き払えるよう、そこかしこに油と爆薬をしかけた。
川中で構える背水の陣が完了した。明日、クゥ・ザイダレングがやってくる。