両親に紹介
駐屯地に戻るとイバービラが踊り狂っていた。
代官屋敷の敷地内に、屋敷より古そうな大木があり、その木にロープを縛り付け、そのロープを持って飛び上がりしゃがみ込み、ステップを踏み引き寄せ突き放し、右に左にターンを繰り返していた。一心不乱に。
「……どうしたの?
……大丈夫?」
わずか数日の付き合いだが、今まででいちばん怖かった。声を掛けたら私たちに気づき、
「姫様」
と返事をしてこちらにやってきた。夕方近く肌寒いのだが体から湯気が出ている。もし〈召喚〉されたときこの様子だったら誓約しなかったかも。
「「……」」
お父様とお母様が無言で見ていた。何か言おうとしていたようなのだが引っ込んでしまったようだ。
「……紹介するわね。お父様とお母様です」
「おとーさまとおかーさま?」
「私に向かってお義父様などと二度というな!!」
お父様が先に我に返った。
「まあ気が早いこと。ちょっと照れちゃうわね」
お母様もいつもの調子に戻った。
そのあとは二人してイバービラの周りをぐるぐると見て回り、あれこれ質問していた。まともに答えを返せはしなかったが。
「ふん、業腹だが是非もない。なんとかしてやるからなんとかせよ」
「頼りにしてるわよ、頑張ってね」
「かしこまりました」
ふたりとも驚いていたがお父様は微妙に不機嫌に、お母様はかなり上機嫌になって屋敷に入っていった。私もイバービラに「後でね」と言いおいて二人を追った。
居間として使っている代官屋敷内の執務室に入ると、二人がローテーブルを挟んで向き合ってソファーに座っていた。『お仕事』のときの態勢だ。私は横手に控える。
「ほんとうになんとかなるかもしれんな」
「そうね。期待以上だったわ」
予想外の高評価だった。ええっと、何が?さっきの何を見るとそうなるの?
「もっと薄鈍かと思っていたが相当速い。それだけでも勝ち目が上がる。それにあの動きはおそらくなにかの技だ。修練を積み身につけた何かだ。そういうものを使って戦おうとしておる」
……ふしぎなおどりじゃなくて訓練だったのか。そうか、動きが予想外すぎて意識が飛んでしまったけれど、たしかに凄まじく速い動きだった。イバービラってあんなに速く動けたんだ。
「あの巨体であの動きでしかも〈支配〉が効かないなら、勝ち目があるわ。準備を急ぎましょう」
「はい!」
クゥ・ザイダレングの軍があと二日の距離まで迫っているという報告は、その直後にもたらされた。
ギリギリだったのだということを知り、背筋が凍る思いがした。焦ってイバービラをつれて一日早く出発すれば却って到着が遅れ、準備もなにもなく戦闘に巻き込まれたかもしれない。決死隊は全滅したかもしれないし、私たちが死んでしまえばそのまま国が滅んだかもしれない。
だが準備ができる。策を練ることができる。もちろん、明後日戦闘になるなら、たった1日しか猶予はないし、最初の状況と比べればまだしも、それでも勝てると決まったわけではない。だが希望なき戦いではない。勝って帰るための戦いだと思える。勝とう、みんなで力を合わせて。そしてみんなで王都に帰るのだ。
イバービラを見て、お母様の『小細工』が微調整された。そのうえで部隊が再編され、各部隊長に指示が出された。戦士たち、後方部隊から呼ばれた工兵たちが早速動き出した。お母様らしい果断な策だが、お母様らしくもない、すごくルーズな策だった。
連戦先勝の侵略軍は、〈支配〉によって敵兵を吸収し、抵抗できる者は殺してしまう。なので逃げてくる兵が極端に少ない。おかげでお母様が常に欲する『詳細な情報』がほとんど手に入らなかった。そのため推測や仮定をもとに考えるしかなく、お母様はいつもよりもピリピリとした顔で策を練っていた。
明確なのは、クゥ・ザイダレングは常識外の〈支配〉の遣い手だということだけだ。史上最強の手札一枚を常に切り続け、それだけでここまでやってきた。これを覆す唯一の札がイバービラだ。これさえもまだ推測の域なのだが、それを信じて策をめぐらせた。唯一の希望。お願い、と祈りつつ、ごめんなさいと声に出さずに呟いた。