かくれたもの
もういいかい?
まーだだよ。
何度も繰り返し、その返事を待つ。
その日は僕が鬼。
まだ、○○君は隠れてないみたい。
どこに隠れるつもりだろ。
この神社のけいだいはせまくって、隠れられるとこは少ないから、かくれんぼなんてつまんないのに。
もーいーかい?
まぁだだよ。
まだなの?
いいけどさ。
昨日ケンカして、なかなおりして、でもお母さんには僕からあやまるべきだって言われてムカムカしてた。
何だよ、妹を叩いたのは○○君なのに。
お返しに叩いたら、片目にケガしたっていっても、じごーじとくってやつじゃないの?
妹は大きな○○君に逆らうなんてできないんだ。
僕がまもってあげなくちゃ。
だから僕は悪くない。
もーいーかい?
まぁだだよ。
まだか。
おっそいなぁ。
なにしてんだよ。
もう待てなくなって、すぐにもう一回といかける。
もういい?
――いいの、ね?
耳もとで聞こえた声は、ねっとりとした女の人で、○○君じゃなかった。
ふりかえれないまま、急に世界が低くなる。
ちがう、僕が、引っ張りあげられて、どこかにぶら下がって。
苦しい。
目がぐるぐるしてわからなくなる。
首をつかまれて持ち上げられて、る。
目が、みえな
たす、けて
おかあさ
もーいーよ~。
あれ、□君?
もー、あきてどっかにいっちゃったのかなぁ。
イライラしてたもんな。
僕はもうおこってないのに。
あっ、スミマセン、ここにいた子、知りませんか?
――知らない
そうですか、ありがとうございます。
――うん、気をつけて
どこに行ったんだろ。
やだなぁ、なんか、フシンシャが居るってお父さんに言われたから、一人で帰るのこわいのに。
あれ、さっきの人…… あの、なんでしょうか。
――うん、君は、気をつけて
なんか、はい、僕はかえります。
さ、さよなら。
――うん、さようなら、また
すごく背の高いお姉さんが、その神社にいたのはそのときだけで。
□君が行方不明になったのもその日で。
一緒に遊んでいた僕は、彼をどっかにおきざりにしたんじゃないかとか、□君のお母さんに泣かれて。
でも、あの顔の見えないくらい大きなお姉さんが関わってるかも、とは誰にも言えなくて。
彼の死体が神社の木の上から見付かるまで、僕はその町を離れていた。
☆
夏の陽射しは肌を焼いて、熱された空気は息苦しい。
どこにも通じていないような暗い境内は鬱蒼とした杉木に覆われ、こんな風景だったかと違和感を覚える。
あの時、僕は□君と『かくれんぼ』をしていた。
僕は隠れる場所を探して、神社の社の扉を引いた。
扉は壊れていて、隠れられそうな机の下に潜り込んで。
もーいーよ~。
そう言ったのに、反応はなくて。
当時から大きな杉木の下で目隠ししていたはずの□君。
もう、どこにも居なかった。
そして、その死体がその杉木の上にあったという。
杉木に子供が素手で登るのはほぼ不可能だ。
境内の杉木は下枝などなく、大人の背丈を越えても手掛かりになる窪みもない。
なのに、その木の上に五年間、しかも、腐敗もせずあっただなんて。
誰にも気付かれず、寂しかったのかな…… 風に吹かれ、身体の一部分…… 彼の『歯』が落ちてきたから見付かったらしい。
そんなことも考えたけど、僕の頭にはあの白くて大きなお姉さんのコトが浮かんで消えない。
でも、僕の他にそのお姉さんを見た人は居なかった。
当時の不審者とは刃物を持ったオジサンだったらしいし。
はぁ。
彼の死に、責任を感じていて、夏休みを使い戻ってみたけど。
何も分かりはしなかった。
もう、いいかな。
――いいの、ね?
耳元に、囁くような声は……
そして、僕は突き飛ばされ倒れながら、絡み合った『縄の蛇』から僕を守る大きなお姉さんを見た。
蛇が女の声で罵るのを、聞いて……
お姉さんが、大丈夫と言ってくれたので、グラグラした意識を放棄した。
――ううん、さようなら、また
別れの言葉だけを聞いて、やっぱりお姉さんの顔は見えなかったのが、心残りだ。
その神社の社の中には、ご神体として『縄』がある。
農耕や工具、道具として使われる縄。
そして、首を括る象徴としての縄。
それを、僕が何気なく忍び込んで、神様を怒らせて、彼を巻き込んだのかも知れない。
そして、あのお姉さんが助けてくれなかったら……。
科学とかで分からないモノは、ある。
そんなコトを、教えられた事件だった。
ただ、まだ困っていることがある。
あのあと、鏡を見たら、僕の首には縄を掛けたような後が残ってしまったのだ。
これはどうしたら消えるのだろう。
毎日鏡を見るたび、ため息をつくしかなかった。
――もういい、かい?
ご覧いただき
ありがとうございます
も~いいよ。