39 囮
たまに書きたくなるヒロイン。
兼業仲介屋のおじいさんが優秀なのか、マルティン一家が恐ろしいのか、一晩でこちらがお願いしたものを用意してくれた。
「金貨一枚分以上の量ではないですか?」
軽く二倍はある。オマケの域を軽く出ているわよ?
「マルティン一家と対等に渡り合っているお嬢ちゃんだ。このくらい用意できないようでは悪評がつくよ」
過分な評価、ありがた迷惑です。できることならマルティン一家とは関わりたくないのに。
ってまあ、借りを作っちゃったから返さないといけないけど!
「リガさん。魔導箱を降ろしてください。イルアはお肉が入った箱を仕舞ってちょうだい」
馬車に積めるものはわたしが運び込む。
忘れ物がないかを最終確認。よし。これなら途中で足止めされても余裕で王都に到達できるわ。
「ミリア、わかっていたのか?」
ん? なにが? と返しそうになるのを必死に堪えた。わたしたちを見張っているだろう影たちに下手な情報を与えてしまうから。
「なにもわかっていないわよ」
「そ、そうか。それならいいんだ」
イルアも逸ったとばかりに表情を隠した。
今の感じからしてまた一波乱あるってことね。ハァー。この旅でわたしの寿命は何年くらい縮んだのかしらね……?
「ありがとうございました。マルティン一家に会うことがあればよくしてもらったと伝えておきます」
いつ会えるかはわからないけどね。
馬車に乗り込み、広場へ帰った。
「イルア。出発はいつにするの?」
「買い物が終わりなら明日の朝に発つ。大丈夫か?」
「ええ。食料は十二分に仕入れたわ」
「そうか。なら、明日の朝に発つよ」
つまり、隊商から抜けて単独でいくってことか。囮、かしら?
広場に戻ってからすぐに食事の用意を始め、イルアはお嬢様やラミニエラたちに説明を始めた。
わたしは混ざらないのかって? 混ざるも混ざらないもわたしに拒否権はないわよ。イルアに料理を作るためにいるんだからついていくしかないじゃない。
早めの夕食が終わればお嬢様の湯浴み。終わればラミニエラと一緒に残り湯で体を洗った。
見張りはイルアたちで行うのでわたしたち女三人は荷台の中でくっつきながら眠りについた。
朝になって目覚めたら霧雨だった。
……これからを暗示しそうな空模様ね……。
霧雨くらいなら火は消えない。幕で屋根を張ってもらったら朝食の準備開始。昼のもだからのんびりしている暇はないわ。
順番に朝食を食べてもらい、片付けはラミニエラやマールさんに手伝ってもらって速やかに済ませた。
片付けの間に隊商か冒険者組合に挨拶にでもいっていたイルアが戻ってきた。
馬車にはお嬢様も乗り込み、タリオ様は見送り側。これはどういうこと?
疑問には思うけど、おそらくこれは必要なことなんでしょう。と言うか、お嬢様の世話はわたしがやるの? お嬢様一人にしていいの? あ、いいんですか。わかりました。
なんて脳内劇場を開催して自分を納得させた。
御者はリガさんとマールさん。イルアは荷台の上に座り、ダリオ様は教会の馬に跨がって馬車の後ろについた。
広場を出ると、馬車は街道を進み、しばらくすると街道から外れた。
「お嬢様。クッションにもたれかかって楽にしててください」
道がそれほどよくないのか、揺れが激しくなってきた。
「ありがとう。ミリアは落ち着いているのね」
「なにも考えないようにしているだけですよ。わたしは料理を作るしか役に立ちませんから」
ときには流れに身を任せるのも大事。考えたところでわたしの力ではどうにもできないんだからね。
「シスターも楽にしててください。いざというときはシスターの力が必要なのですから」
負傷したらラミニエラが頼りだ。いざというときのために体調は万全にしておいて欲しいわ。
「はい。任せてください」
やる気があってよろしい。わたしのやる気はだだ下がりですけど。
ラミニエラにもクッションにもたれかからせ、わたしは風を当たれるように後方に移動して風景に目を向けた。
神様。なにもありませんようにとは願いません。だから最小限に抑えられるようお願いします。
かなり薄い願いを胸に馬車は進んでいった。




