30 湯浴みと洗濯
「初めまして。わたしは、ライリアーヌと申します」
あ、これは敵にしちゃダメなタイプだ。
わたしの直感が一瞬で悟った。
たまに頭の回転がいい人はいる。勘の鋭い人がいる。この貴族のお嬢様はそのタイプだわ。
お嬢様もにこやかな笑みを見せながらわたしに目を向け、一瞬笑みが濃くなった。
……ヤバイ人に目をつけられた……。
視線を逸らしたら負けると、畏まったままお嬢様を見る。
と言うか、貴族のお嬢様をガン見していいのかしら? 失礼に当たらないの? いや、無知な町娘ならガン見しても構わないか。無礼とか言わなさそうなお嬢様っぽいし。
「オレ──いえ、わたしは隊商護衛のイルア。こちらはシスターのラミニエラと護衛のダリオ。御者のリガ、マール。ミリアです」
わたしを最後にして役職(?)をつけずたわいもない女と守ってくれたが、お嬢様はわたしから目を離してない。一挙手一投足を見ている感じだ。
わたしら無知な釜戸女。無害な女。そんなに見ないでくださいよ……。
「よろしくお願いしますね」
「はっ。誠心誠意、当たらせていただきます」
それ、わたしがやることになるよね。まあ、わたしにやれることなんてそんなにないと思うけどさ。
「さっそくですが、湯浴みをお願いできますか?」
侍女──タオリ様の言葉で湯浴みの用意を始めた。
幕を張るのはリガさんとマールさんに任せ、お湯はイルア、なぜかわたしはお嬢様の服を脱がす手伝いをする。
ラミニエラとタオリ様はシスターと聖騎士。小間使いみたいなことをさせる身分ではないので、食事の用意をお願いしたわ。お嬢様も料理人は連れてきているようで、二人でも食器を出すくらいならできるからね。
「タオリ様。服は洗ったほうがよいのでは?」
お嬢様の肌からして布で拭いていたようだけど、服は洗ってない臭いがする。
もちろん、香水で誤魔化してはいるけど、体臭や周りの臭いはついて、なんとも言い難い臭いとなる。これはちゃんと、いや、かなりキツいわ。
あまり口出しはしたくないけど、王都まであと数日、この臭いを嗅いで過ごすのは嫌だわ。
「あと、肌着も洗ったほうがいいですね」
「洗うと言っても朝まで乾かないのでは? それに洗う場所も……」
「それは問題ありません。鐘一つ分で間に合います」
イルアの力があれば洗濯もそう難しくはない。まあ、いつもは水と洗剤で洗濯してるんだけど、本来の依頼でお嬢様の側にいるならイルアに頼めるわ。
「そう、なのですか?」
「はい。洗えるものは洗いますので、お嬢様の湯浴みはお願いします」
食事の用意もあるのだからパッパと終わらせるわ。
「わかりました。お願いしますね」
洗濯物を出してもらい、盥に入れて幕から出る。
「イルア。洗濯するからお湯玉をお願い」
なにか疲れたような姿で箱に座っていた。
「洗濯? 今からか?」
「ええ。お嬢様の服を洗うからお願い」
「いや、お嬢様の服って、オレが見ていいものなのか? 不敬で斬首とか嫌だぞ」
「じゃあ、目を瞑っててよ」
この洗濯法はイルアが考えたもので、これまで何百回とやっているわ。目を瞑ってもやれるでしょうよ。
「早く終わらせないと夕食の用意ができないわよ」
お嬢様の料理人がわたしたちの分まで作ってくれるわけもない。お嬢様の面倒をみつつ食事は自分たちでやれ、ってことよ。
「わ、わかったよ」
イルアも理解したので目を瞑って四十度くらいのお湯玉を空中に作り出した。
そこに固めた洗剤を放り込み、続いて洗濯物を放り込む。
「ゆっくり動かして」
お湯を動かし、流れを作り出して服の汚れを洗い流す。
しばらくしたらお湯を交換してまた流れを作り出して洗う。それを三回続けると大抵の汚れは落ちるものだ。
お湯玉に腕を突っ込み、肌着を一枚取り出して汚れ落ちを確認。まあ、こんなものかしらね。
どうせ旅の間だけでしょうし、見せるものでもない。臭いが落ちたらそれでいいでしょう。
「次、乾燥ね」
お湯玉を風で包み込み、水を排出しながら服を熱風で乾かしていく。
鐘一つ分どころか半分の時間で終了。熱風の玉の下に盥を置いて解除してもらう。
「ご苦労様」
盥を抱えて幕へと入る。
お嬢様の湯浴みはまだ続いており、今は髪を洗っていた。
「洗濯は終わりました」
「もうですか!?」
「はい。特別な方法で済ませました。お湯が冷めないうちに上がったほうがよろしいですよ」
旅の汚れが落ちないのでしょうけど、お湯は冷めるもの。火を焚いているとは言え、長々としていたら風邪引いちゃうわ。
「そうですね。お嬢様。今日はこのくらいにしておきましょうか」
「残念ですがそうしましょうか」
お嬢様の体を布で拭き、肌着を着せた。
……貴族の肌着って野暮ったいものなのね……。
わたしが着ている肌着──下着はイルアが考えたもの。え、男が!? と驚く人もいるでしょうが、これがなかなか利にかなっており、デザインも可愛い。町の娘たちには人気のものとなっているわ。
「タオリ様。あとは任せてよろしいですか? 食事の用意をしないといけませんので」
「はい。問題ありません」
「失礼します」
お辞儀してお嬢様の前から下がった。
ハァ~。こんなことがあと数日続くのか。まったく、気が重いわ。
それでもわたしの役目を果たすべく食事の用意を始めた。
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