アーバレストとの出会い
「ん~~~~よく寝た。おはよう…父さん、母さん」
ベッドから起き上がり、少年は1つの写真を見てそう言った。
少年は衣服を着替えリビングへと向かう。
「おぅ、起きたかナギ」
「うん、おじいちゃんは身体大丈夫?」
「なぁに、わしもまだまだ元気じゃ、大丈夫じゃよ」
ナギと呼ばれる少年と、片足がなく杖をつく老人。
そう、ナギこそ異世界転生を果たした猫田である。
ナギ・テスタロッサはクラオン・テスタロッサとトリム・テスタロッサの間に生まれた子である。
髪色は茶色、目の色は緑。肌は転生前より少し白くなったくらいかな。
今年で8歳だ。
「おじいちゃんだけが唯一の家族なんだ…無理はしないで…?」
心配そうに言うナギを見て笑う老人
この老人の名はバルト・テスタロッサ。
ナギの祖父にあたる。
「はっはっは…安心せんでもえぇわい‥そう簡単に死んでやる気はない…お前さんが10歳になるまでは…なんとかわしが面倒を見ると墓前で誓った…。」
バルトは目を細めて、窓の外に小さく作られた3つの墓を見る。
俺の両親は、俺を生んですぐに…"事故"にあって亡くなったそうだ。
その年に生まれた子やその両親はなぜか不慮の事故で命を落とし、各地で災厄の年とまで呼ばれた。
俺が2歳のとき、おばあちゃんは魔獣に襲われ帰らぬ人となった…。
その時助けようとしたおじいちゃんも足を噛み千切られ、そこから病で床に臥せることとなった。
「ナギ…悪いが薬を買ってきてくれんか?もうすぐなくなってしまうんじゃ」
バルトは申し訳なさそうにナギに頼む。
「うん、わかったよ、朝食の準備だけしていくよ」
ナギは家事をこなしながら返事をする。
「いやいや、たまにはワシがやる、特製ボーボヤンを作ってやる」
ボーボヤンはコーンスープみたいな食べ物で、パンみたいなものを浸して食べる。
バルトの作るボーボヤンは味に深みがあって美味しいのだ。
話によると、昔冒険者をやっていたころは毎晩のように振舞っていたとか。
「うん!わかったよ!すぐに帰ってくるからね!」
「あぁ…頼んだ…。」
急に元気をなくすバルトを見て不思議に思ったが、体調が悪いだけだと…この時は感じた。
後になって思ってみれば、この後起こることを予見していた気がするのだ…。
バルトに見送られ駆け足で街へ繰り出す。
朝の6時というのに街は商人で溢れ、賑やかだ。
カランカラン…
店の扉を開ける。
「おばさん、おじいちゃんの薬…とりあえず5日分ください」
痩せたおばさんに元気よく声をかける。
「あぁ、ナギじゃないか。バルトの具合はどうだい?」
「少し体調が悪いみたい…口には出さないけど無理してる感じがするよ…。」
転生してきた分、少なからず人を見て体調なども判断できる。
実際かなり苦しそうだ。
「そうかい…バルトによろしくね」
おばさんは手を振って送り出してくれた。
7時ごろにもなると人混みは一層激しくなる。
みんな朝の買い物で忙しいのか…談笑している人もちらほらいる。
ナギには同年代の友達がいない。
ここ、"グレアハット"という都市において、ナギ以外の子供はみんな生まれることができなかったのだ。
前述の通り…災厄の年のせいで。
家に戻る前、嫌な噂を小耳にはさんだ。
魔獣を見た…というものだ。
それも大型で、冒険者が街に滞在しているという話だ。
有名な騎士も今日にはこの都市につくという…結構な騒ぎになっている。
・・・・・・・・・・。
なんだろう…すごく嫌な予感がする。
勢いよく走ると同時に風の魔法で追い風を纏う。
「風よ…わが身に纏え…」
ぶわっっと身体が浮くように軽い。
追い風も加わり凄い勢いで家へと向かう。
「え!?」
家の方から煙が上がっている…。
紫の炎が見える…。
まさか…まさか…。
ドッドッドッドっと小刻みに心臓が鼓動を打つ…。
遅かった…。
すでに紫の炎は家から半径100メートル程も焼き尽くしていた。
どうやらナギが出た後すぐに魔獣が家へと踏み込んだようだった。
酷い有様だ…墓まで蹂躙されている…。
すぐに駆け付けた村の人々は水魔法や近くの川の水で消化を試みる…。
しかし紫の…魔獣の炎は完全には消えない…。
後から来た金髪の女性魔術師によって炎は完全に消された。
薬屋のおばさんがナギを強く抱きしめながら嘆く。
ナギは呆然としながらも思考する…。
偶然か?
これは…偶然なんだろうか…。
俺が生まれた年は災厄の年と呼ばれ、俺の身近な人々はどんどん命の火を消していった…。
何より転生者を生ませないためにその年の子供を根絶やしにしたとさえ考えられる…。
グググググ…。
手から血が滲むほどに握りしめる…。
するとそこへ、バルトの知人であるという男性がナギの目の前に現れた。
「君がナギか…すまない…バルト様の病の様子を見に来たのだが…一足遅かった…すまない」
冒険者とは違う、気品のある立ち振る舞いだ。
「あの…あなたは?」
ナギが問いかける。
「私は、ティアーレ魔法学院の剣術指南役であるアーバレストと言う。
今後、君の身柄は私の方で保護すると、バルト様とも話をまとめてあったんだ。
君がまだ生まれたばかりの時だったが、一度だけあっているんだよ。
急なことで悪いが、私と一緒に来てもらうよ」
アーバレストに言われるまま、俺はこの街を後にした。
馬車に揺られること3日半、大きな都市が見えてきた。
「あれがアーバレストの言っていた場所??」
目を輝かせながら言う俺にアーバレストは笑って頷く。
魔獣襲撃の後、夜中に1人で魔獣を探しに行った。
風魔法を応用して魔獣の位置を探る。
「・・・・・・・・・・・!? 見つけた!!」
屋根上から一気に加速し、風魔法を身に纏って空を舞う。
マナの消費が激しいため、一気に上空へ飛び、そこからは消耗を抑えた滑空魔法で進む。
少なからずナギの心には憎悪が宿っていた…。
バルトがナギを守るために買い物に行かせたこともすでに理解している…。
悔しかった…守れるだけの力は持っているつもりだったのに…。
間もなくして魔獣を確認した。
屋根にいたときからずっと、両腕には高速回転する風を纏い、水魔法も応用して取り入れていた。
風を操り上空と同じ状態にすることで簡単な雷を発生させていた。
両腕では稲妻が走り回っている…。
先遣隊か討伐隊か…魔獣の2キロ手前に明かりが見える…。
早めに片付けないと。
そうナギは思った。
ライオンのような姿をしている。
大きさはライオンの倍以上あるが…恐れはない。
上空から一気に魔獣目掛けて突っ込むナギ。
魔獣はそれを紫の炎で迎え撃つ。
「それ…さっき解析しちゃったよ!!」
ナギは勢いよく水と風を螺旋を描くように回転させ撃ちだす。
紫の炎が若干弱まる。
次の瞬間にはナギがいた場所まで焼き尽くされる…が。
ナギはすでに魔獣の背後へ回っていた。
風をスプリング代わりに思いっきり引き絞り、
雷と暴風を纏った右腕を神速で叩き込む!!
魔獣の身体に刺さるものの致命傷ではない…。
グォオオオオ!!
咆哮とともに先ほどの部隊が到着する。
気付かれぬよう静かにその場を後にした。
本当なら自分で仕留めたかった…だがしかし…まだ力は足りていないようだ。
余力を残さなければならない状況で、全力で戦うことはやはり困難だった…。
その後、アーバレストと冒険者たちによって魔獣を討伐したと聞かされた。
討伐隊は稲妻が魔獣の元へ導いたと言い、凄い盛り上がっていたそうだ。
アーバレストが敵を討ってくれたことに感謝している。
しかし…やはり後悔は残る。自分の手で倒したかった…。
自分にもっと力があればと何度も嘆いた。
…。今も思い出される襲われる寸前のサクヤの言葉。
ナギはサクヤの言葉を守り、生後1か月からこっそりマナのコントロールを行っていた。
すぐに体力はなくなって爆睡していたが…。
父は剣士、母は魔術師だったということで、少なからず本があった。
2歳になる頃には文字を覚えるのに苦労した。
祖母であるレナが亡くなる前は、妖精や精霊の話を教えてもらった。
祖母は妖精や精霊と会話を何度もしたことがあるそうだ…。
祖母の周りには確かに不思議な感覚があった。
祖母が亡くなってからは、様々な言語をずっと祖父であるバルトが教えてくれた。
あの頃を思い出すと未だに涙がこぼれそうになる…。
この悔しさを胸に…今は頑張るしかない…。
ゾボッ…
「ぷは~~~、
こんな布団生まれて初めてだよ!!!」
ついついはしゃいでしまった…だって滅茶苦茶ふわふわなんだもん!!
飛び回ってダイブして、やっていることは完全に子供である。
子供だからいいんだが。
「あっはっは、ナギが元気でよかったよ。心配していたが杞憂だったか…。
早速で悪いが、明日、ナギの実力を見せてもらうよ、
私のいる学院へ君を編入するつもりだからね」
アーバレストは笑いながら伝えた。
「あら?帰っていたのですか??」
優しい声色が部屋に響く。
アーバレストの奥さんのミーナだ。
「あら?どうしてナギが?」
「向こうで説明するよ…」
アーバレストはナギのことを考えて別室で事情を説明したようだ。
その後は大変だった…。
ミーナが泣きついてきてもうぐちゃぐちゃにされた。
こういう時、色々と当たってはいけないものを押し付けられたりして色んな意味でも大変だった。
朝目を覚ますと、そこには家族の写真も何もない…綺麗な部屋が広がっていた。
虚しさ…寂しさ…。
色々なものが胸の中をぐるぐるするが…新生活の始まりだ!!!