その金色は水面に映り、やがて泡沫に消える
「ほら祐介、おばあちゃんに挨拶しな」
「こんにちは。よろしくおねがいします」
今年で5歳になる祐介は、田舎にある祖母の家に遊びに来ていた。
夏になると毎年こうして顔を出し、8月中はほとんどこの家で過ごす。
「そんな固い挨拶せんでもいいべ。ほれ、スイカ用意するから上がりな」
祖母が廊下を歩き始めると、母親はお辞儀をして、また車に乗った。
夏にこの家で過ごすのは、祖父と祖母と祐介だけ。それでも祐介は、この時を楽しみにしていた。
居間で待っていると、キッチンから出てきた祖母がスイカを持ってきた。スイカはきれいに切り分けられており、種も食べやすいよう取り払われている。
夏に奪われた水分を補充するように、祐介はスイカにかぶりつく。果汁の甘さが口いっぱいに広がり、やがて全身を潤していく。
次々に平らげていき、5切れ目のスイカへと手を伸ばそうとしたところで、玄関からガラガラと音がした。祖父の帰宅が知らされる。
「おお祐介、来とったか。どうだ、俺の作ったスイカは? うまいか?」
祖父が祐介の頭をワシワシと撫でる。祐介はコクコクと頷きながらスイカを食べ続けた。
「おいしいよ」
「そうかそうか。でも食べ過ぎると腹を壊しちまうからな、残りは明日にとっておいた方がいいんじゃねえか?」
祐介はハッとして立ち上がる。スイカを2切れだけ持って、玄関へ走っていく。
「今日はこれだけにしとく。これはあの子と食べてくる!」
「おう、気ぃつけてなー」
玄関を出て、そのまま少し離れた川沿いまで走った。ここにはいつもあの子がいる。
祐介はキョロキョロと辺りを見回した。この辺りは民家も人気もないため、人がいるとすればあの子だ。
少し川下の方に、膝を抱えて座る1人の女の子を見つけた。川の中にいる魚をじいっと見つめている。
祐介は女の子の元へ駆け寄り、話しかけた。
「やっぱりここにいたんだ。ね、スイカあるんだけど食べる?」
「ありがと。もらうね」
ふわりと風が吹き、女の子の髪がなびく。その黄金は透き通るような美しさで、意識していなくても見とれてしまう。
金髪に白いワンピースが映えて、より一層彼女を儚く可憐に見せる。背丈は同じくらいなのに、年上のお姉さんのように見えてしまうほどだ。
「おいしいね。祐介、いつもありがと」
「全然いいよ。それにしても、ポーラはなんでいつも魚を見てるの?」
「きれいだから。それに、自分まで自由に泳いでるつもりになれて楽しいよ」
2年前、1人で遊んでいた祐介は、いつの間にか帰り道がわからない場所まで来てしまう。
その時川に人影を見つけ、家の特徴を話して案内してもらった。その助けてくれた人というのがポーラだった。
ポーラはいつも、この川に一人で佇んでいる。それを知った祐介は、よくここに来ては一緒に遊んだ。
「今日はどうする? 面白い虫探しに行く? それともここで川遊びする?」
「ううん。今日はここで一緒にお喋りしよ」
「わかった。さっきね、家でスイカを5切れも食べてきたんだ。それでおじいちゃんが腹壊すぞって言うから、その前に一緒に食べたいなと思ってここに来たの」
祐介は慣れた口調で話し始める。遊び回ることもあれば、こうして動かずに話すだけということもよくあった。祐介はすっかり話し上手になっていた。
もうすぐ小学校へ通い始めるためランドセルを見に行ったこと、明日は誕生日のため親がケーキを買って家に来てくれること、今はスイカでお腹いっぱいであることなどを話した。
ポーラは相槌を打ちながら、魚についての雑学を披露したり、この辺りにいたヘンテコな虫について話した。
いつも通り楽しげに話していたポーラだったが、今日はどこか心ここにあらずだ。
祐介はその異変に気付くが、原因はわからない。水面に写ったポーラの表情は、実際に見るよりも寂しげに見えた。
「ポーラ、どうかしたの?」
「……明日、6歳になるんだっけ。先に祝っちゃおうかな。おめでとっ」
ポーラの振り絞ったような笑顔に、祐介は心が締め付けられる。
しかし違和感はあれど、何もおかしなことは起こっていない。
「え? あ、ありがと。そうだ、プレゼントはゲームにしようと思ってるんだ。明日になったら一緒にやろうよ」
「そうだね、そうしよう。……ねえ、今から駄菓子屋に行かない?」
急な提案に驚くが、当然快諾する。
「いいよ。いつものとこ?」
「うん。早く行こっ」
ポーラは祐介の手を握って走り出した。祐介は少しドギマギしながらも、駄菓子屋へついていった。
そう離れていないところに馴染みの駄菓子屋がある。2人ともお小遣いを取り出し、思い思いのものを選んでいく。
「あ、ラムネ売ってるね。暑いし買っていきたいけど……ギリギリ買えないなあ」
「私はギリギリ買えるけど……うーん、私だけ買うのもなあ」
「またお小遣いもらったら一緒に飲もうよ。すみませーん、これくださーい」
祐介はお気に入りのお菓子を買い、おばちゃんを呼んだ。奥から出てきてお菓子を確認し、会計を始める。
「えーと、全部で80円ね。そっちのお嬢ちゃんは何も買わんのかい?」
何度も来ているはずなのに、一向に名前を覚えてもらえない。祐介も例外ではなく、どれだけ教えても明日には坊っちゃん嬢ちゃん呼びだ。
「もうおばちゃん、この子はポーラだって。ポーラ、何買うか決めた?」
「……やっぱり、スイカでお腹いっぱいかも」
祐介は一瞬キョトンとした顔になるが、まあそういうこともあるだろうと気には留めなかった。
支払いを済ませ、駄菓子屋を出る。ポーラとお菓子を分けっこして談笑していると、いつの間にか夕暮れ時になっていた。
「もうこんな時間かあ。じゃあまた明日ね。明日は誕生日プレゼントのゲーム持ってくるから、それで一緒に遊ぼ!」
「……うん! また明日ね!」
お互いに別れを告げ、帰路につく。祐介は気が付けばぐっすり寝ており、すぐに誕生日はやってきた。
母親が車から降りて、大きな紙袋を持ってくる。中にはケーキとプレゼントが入っており、楽しいひとときを過ごした。
ひとしきり祝ってもらった後、祐介はプレゼントのゲームを持って飛び出すように家を出る。
いつもの川へ行き、キョロキョロと辺りを見回す。
「ポーラ! ゲーム持ってきたよ! 一緒に遊ぼ!」
しかし、返答は返ってこない。いつもこの川沿いにいるのだが、今日は遅くなるのだろうか。
仕方なく祐介は待つことにした。ポーラがいつもそうしていたように、水面に映る自分と、泳ぐ魚をじいっと見つめた。
一緒にゲームをしようと約束していたこともあり、なんとなく一人でやる気分にはならなかった。
そうして1時間経ち、2時間経ち、夕暮れ時になってもポーラは来なかった。
祐介は約束をすっぽかされたのかと悲しくなったが、急用ができることだってあると言い聞かせた。
仕方なく今日は帰路についた。すると玄関に一本のラムネが置いてあることに気付く。
ラムネの下にはメモが置いてあり、『おたんじょうび おめでとう』とだけ書かれていた。
もしかして、昨日ラムネを欲しがったから買ってきてくれたんだろうか。
まだラムネが冷たいことから、まだ近くにいるだろうと思った祐介は辺りを探し回った。
しかし一向に見つかる気配はない。家でラムネを飲みながらしょんぼりしていると、祖父が話しかけてきた。
「そうだ祐介、6歳になったんだったな。この町の守護霊様の話、知ってるか?」
「なにそれ?」
「この辺りは守護霊様がみんなを守ってくれてるんだけどな、5歳くらいまでの子供はその守護霊様が見えるってよく言うんだよ。まあ最近は子供があんまりいないから聞かないが」
祐介は嫌な予感がした。ちょうど6歳になった自分と、急に会えなくなったポーラ。知りたくないのに、体が勝手に聞いてしまう。
「ねえ、それって見た目は僕と同じくらい?」
「さあ、俺は見たことないからわからねえけど……みんな揃って金髪の女の子だったって言ってた気がするな」
子供ながらに祐介は、夏の間だけ会えていた親友と二度と会えなくなったことを悟り、静かに泣き始めた。
密かに抱いていた恋心も、泡沫に消える。しかし彼女との思い出や、その日飲んだラムネの味を生涯忘れることはなかった。
月日は流れ、祐介は自分の足でこの町へ来訪した。
2本のラムネを買い、思い出の川沿いで魚を見つめていた。