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03話「龍と魔法の世界」

 その文明レベルは俺たちのいた世界で言うところの中世のヨーロッパに近いようだった。けれど魔法や龍の存在によって全く違った発展を遂げてる。

 大陸には多くの小国が点在するものの、おおよそすべてはある二つの国によって連合の体制を成していた。

 龍を司る国。今はクリスタルに封じられ、かつては天変地異を自在に操ったとされる世界最古のドラゴンを祀り、その恩恵によって聖刻と呼ばれる刻印を付与させた四十六の聖剣を持つウィンフィール教国がひとつ。

 そして本来低確率で人間に備わるという魔法を行使するための特殊な機構、精霊回路。それを人工的に作り出すことに成功した魔法大国、エンディミオン公国。

 ほんのひと握りの中立国を除いてその他あらゆる国家、組織はいずれかの勢力に属し、世界地図がきれいに二色の絵の具で色分けできるような単純な対立構図ができあがっているようだった。   

 

「まあ、これが村長の話から推測できるおおよその世界情勢かな」


「龍の国と魔法使いの国ですか。いよいよここがBSOの世界とは思えなくなってきましたね」


「ちなみにここは龍の国、ウィンフィール教国の支配地域に入るらしい。村長の家にも掘っ立て小屋に似合わないくらい立派な龍の彫刻が置いてあったよ」


 俺は村長の家にあった彫刻を思い出す。三つの首に大きな翼を広げた堂々たる龍の姿は国の威厳を象徴するかのようだった。


「でも、そんな簡単に大陸を二分できるものでしょうか?」


「できるんじゃないかな。その二カ国だけが特別として、それ以外の国の軍事力が中世レベルだとすればまあ勝てないでしょ。むしろ中立の立場を取れてる一部の国がすごいくらいだよ」


 そんな話をしながら持ち込んだ火器やモジュールの内容を確認し終えると、後部座席で一息ついた。

 ソナーや野営地設営、通信用のモジュールを始め、回復アイテムである治療キット。必要な物資については今のところ不足はなかった。

 そして荷物の大半を占めるさまざまな銃火器と弾薬、これはオレンジの使うものがほとんどだけど、未知の世界でこの火力は心強い。普段からバカスカ撃つことを前提に用意しているから弾のストックもかなりのものだ。


「一通り揃ってるね。むしろ急な異世界転生でこれだけのものを持ち込めたのはむしろラッキーなくらいだよ」


「もともと新エリア攻略でなにが起きても対応できるように準備した積載物ですから。長距離の移動や戦闘もバランスよくこなせるようにと」


「さすがはホロゥハウスのお母さんだね。遠足慣れしてる」


「......わたしってそんなに老けて見えますか? それはまあ、みなさんよりちょっとだけ年上ですけど」


 ホロゥハウスのメンバーは浪人中のオレンジを除いて全員が大学生だ。俺とカナメは一年生でセラスは三年、たった二歳の違いなんて俺は気にしてないけれど、セラスはそうじゃないらしい。

 まあ妙に落ち着いた雰囲気というか、学生には思えない大人っぽさが余計にそう見させているのかもしれないけど、ここでそれをあっけらかんと言うほど俺も朴念仁じゃない。  


「ホロゥハウスのメンバーの場合は特別じゃないかな。俺たちが普段思う存分暴れまわれるのってセラスのバックアップがあるからだし、俺もダメだとは思いながらもついセラスに甘えちゃうところがあるからさ。でもそういうワガママなところを許してくれる優しさがあるのを知ってるから、皆そういう風に思っちゃうんだよ」


「......タクトさんみたいな人のこと、なんていうか知ってますか?」


「さあ?」


「ズルい人って言うんです」


 キュッと口を引き結んで少し不機嫌そうに顔を背けたまま、つぶやくように言った。







 夜になって俺は装甲車の後部座席をたっぷり三人分占領すると、村で借りた毛布をかけて横になる。セラスも同じように向い側の席を一列使って寝床を確保していた。

 車と違い、装甲車というのは乗り込んだ兵員が向かい合うように長椅子が壁に沿って設置されているので、こうして横になると並んで寝ているようにすら思えてくる。


「ここにきて初めての夜だね。ゲームの世界で睡眠をとるなんて初めてだけど、眠れそう?」


 俺は開けたままにした乗り込み口から見える夜空をじっと眺めてセラスに言った。明かりを消して、暗闇に目が慣れ始めると、これまで見えなかった星々が驚くほどにはっきりと見える。


「どうでしょう。そもそもここがゲームの世界なのかどうかも、ちょっとわからないんですけどね」


 セラスの言う通り、本当にゲームの世界とは思えない。そう思いはしても今俺が寝ているこの場所は紛れもなくBSOで使っている装甲車の中。それを思い出すと、なんとなく不思議な気分になった。

 背にしたシートはやたら固くてひんやりしている。車内は外と比べて若干蒸した空気が漂っていて、ちょっと息苦しい。

 でも、それはゲームをプレイしている時には無かった感覚だ。

 ゲームのようなこの世界で見るもの全て、触れるもの全て、感じるもの全てにこれまでのVRゲームの感覚再生エンジンでは考えられないような情報量を感じる。現実と非現実。それがごった煮になったようだった。


「現実かぁ。現実ってなんだろうなぁ」


 その言葉に返事はなかった。代わりに、向かい側のシートからは早くもセラスの寝息が聞こえてくる。こういうたくましさというか、見かけによらず図太いところがいかにもセラスらしい。

 俺は軽く笑うと、傍らに吊るしたガンベルトからデザートイーグルを取る。

 弾を抜いたそいつのスライドを引き、トリガーロックを外すと天井めがけて引き金を引いてみる。


「.........」


 撃鉄が空の薬室に落ちて、カチっと音を立てた。

 この全部が仮想現実、電子的なデータの集まりに過ぎないなんて、俺には到底思えなかった。

  






 夢を見ていた。

 誰にでも多少は経験があるだろう、自分が死ぬ夢だ。

 数人の男にアサルトライフルで蜂の巣にされて、俺は冷たいコンクリートの床に横たわる。するとまるで水たまりに落ちたかのように湿った感触が背中を打った。

 これ全部俺の血か? だとしたらこれはもう死んだ。確実に死んだ。

 どんなに息を吸っても苦しい。吸った分だけ肺に空いた風穴から空気が抜けていくのが分かる。そんな虫の息の俺を連中がぐるりと囲むと下卑た笑みを浮かべて見下ろしてくる。

 あーくそ、笑ってないでとっとと止めさせよ。

 俺はイラっとしてわずかに残った力を振り絞る。確実に死ぬ。だけど死ぬ前に最後、ゴミでも見るような目で見下ろす男の足に食らいついてやるだけの力ならまだ残っている。

 俺は血で糸を引く歯を突き立てて、男の足に噛み付いた。


「んっ...! ひゃっ...くぅん」


 俺の噛み付いたそれが、ビクンと軽く跳ね上がるように動いたのを唇の感触で感じた。

 こんな死にぞこないの悪あがきでも痛いか。ざまあみろ。

 そんなことを思った瞬間だった。辺り一面の血みどろの景色がまるで夢か幻のように、まどろみの中に消えていく。


「...んん、むぅ」


 代わりに視界に差し込んだのは朝日、そして身体を密着させて俺と同じシートに身を横たえる、それはそれは綺麗な女の子の寝顔だった。


「......むむ?」


「んんっ...ひゃぅ!」


 この時の衝撃といったらなかった。息がかかるほどの距離に女の子の顔があってどういうわけか俺はその耳を甘噛みしている。俺自身寝相も悪い方ではないし、普段だったらこんな噛みグセなんてないのだけれど、いかんせん今日は見た夢の内容がよくなかった。 

 もごもごと歯が圧力を加えるたびに悩ましく震える身体と小さく上がる嬌声に完全に意識が覚醒すると、俺はほとんど脊髄反射のレベルで飛び起きた。


「うおっ!?」


 誰だこの子? いつの間に同じシートに?

 俺は昨日、村に行った時の記憶を遡った。

 老人や子供を含めてせいぜい4、50人程度の小さい集落だから大体の顔は覚えている。だけどこんな子はいなかったはずだ。

 

「グッドモーニングです。タクトさん」


「.........」


 女の子を見つめる俺の後ろでセラスの持つ小口径拳銃、ファイブセブンのトリガーセーフティの外された音を聞くと、むやみに振り返るような真似はせず黙って両手を上げる。背中越しに伝わってくるセラスの威圧感はくしゃみをするのにも許可が要りそうなほど鬼気迫っていた。

 一方で目の前の女の子は、さっきまでやや荒くなっていた寝息に安らかさを取り戻したものの、ほんのり上気した桃色の頬は未だ熱気を帯びている。

 それに引き換え背中に突きつけられた銃口の感触は恐ろしいほど冷たい。


(冗談で適当に流そうものなら胴体に風穴が空くな......)


 俺はゴクリと息を飲み下した。

 ただでさえ今日は目覚めが良くないのだ。それなのに今しがた見た夢を正夢になんてしたくない。


「ああ、おはようセラス。夜は眠れた?」


「その女の子は誰ですか?」


 いきなり言葉のナイフが喉元に突きつけられた思いだった。

 まるで取り付く暇が見つからない。あれ、シマだっけ? いやそんなことより。


「知らないよ。俺も今起きて気がついた。うん、おかしいな...こんな子、村にはいなかったと思うんだけどなぁ」


「じゃあなんですか? 気がつかない間に降って湧いて出てきたと?」


「いやそうとは言わないけどさ...」


「降って湧いたから、そのまま寝床に連れ込んでしまったと?」


「だからそうとは言わないけどさ!」


 俺は視線だけは向けたままでいた女の子に意識を戻す。

 この世界に天使とか妖精種がいるとするならきっと彼女のように違いない。

 金髪、という聞き慣れた言葉より先にブロンドという言葉が思い浮かぶほどのツヤのある長く美しい髪。白い肌を包む黒い装束はRPGでなら非売品アイテムに違いないであろうほど見事な装飾で、村人の服装と比べるとそれだけでも目の前の女の子がただものじゃないことがわかる。


「とにかく俺はこんな子知らない。起こして話を聞いてみたほうがいいと思うけど......」


 俺は恐る恐るセラスの方を見た。

 大丈夫かな? 揺すって起こそうと手を伸ばした瞬間撃ってこないだろうな? 本気で頼むよ?


「.........」


 未だ油断なく銃口を向けてくるセラス。

 俺は覚悟を決めると下手にセラスを刺激しないようゆっくりとその子の肩に手を伸ばし、強く揺すった。


「ねえ、君。起きてくれるかな? おーい」


「ん......ぁ」


 一度ピクリと動いた目蓋がゆっくりと持ち上げられて、紅い瞳と目が合った。

 装甲車の、ただでさえ狭いシートの上で身をよじったその子は体を起こすとあくびをしながら背を伸ばす。思えばこんな子がいきなり横に寝そべってきてよく起きなかったな俺。


「うん......ふぅ...ふぁぁ。どちら様かしら?」


「それは普通、こっちのセリフだと思うけど。君どこから来たの? 近くに村があるけどそこの人じゃないよね?」

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