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02話「ここはどこ? 目の前は青」

 バレット・スター・オンライン。

 通称BSOと呼ばれるこのゲームは近未来的な世界観をベースにしたスタンダードなFPSゲームとして、サービス開始以降劇的なヒットを記録した。

 数百種類にも上る多種多様な火器、そしてモジュールと呼ばれる衛星回線や高性能レーダーなど、現実世界では専用車両すら必要なさまざまな戦闘支援から、野営地、バリケードの設営までを瞬時に行える五センチ立方の小型携帯ユニットアイテム。

 これらすべてを的確に運用し、戦闘に組み込むことが求められるようになったこのゲームはもはや戦略シュミレーションゲームのような側面すらちらつかせ始めると、サービス開始の翌年には世界中から五千万人ものユーザーがVR世界で互いに銃口向け合い、後に社会現象にまでなって多くの紙面を彩った不朽の名作。


 そんな世界に《ホロゥハウス》というチームがあった。 


 基本的に六対六で行われるチーム戦においてたった四人で様々な記録を打ち立て、ランキングトップを欲しいままにした絶対王者。そのあまりの強さからネット上の噂では陸自の訓練用アカウントだとか、どこかの国の特殊部隊の道楽だとか、はてまた非公式コードを用いたチーター集団だとか。

 しかしそんなさまざまな憶測が飛び交う中で真実はシンプル。

 どこにでもいるような学生の道楽。言ってしまえばそんなもんでしかない。


「せやから、あれだけサブウェポンでハンドガンか短機関銃持っときってゆーたやろうが! 仮に敵と銃撃戦になってもうたとき爆撃しかできへんくてどうすんねん!」


「まあまあ、勝ったからいいじゃないッスか。とりあえず座って、はい、いちご牛乳飲みましょ。この前のアップデで追加されたらしいんすけど、再現度やーばいッスよ?」 


 バーカウンターに腰掛けている二人の女性プレイヤーのやりとりを少し離れたテーブル席から眺める。

 ガミガミと関西弁でわめきたてるのは、切れ長の瞳に、灰に銀粉を混ぜたような不思議な色合いの髪を後ろで乱暴に縛っている長身のプレイヤー。カナメだ。

 豪快に着崩した、というよりは、はだけさせたツナギを腰の位置に締めたベルトで固定し、上半身を覆う部分を腰周りに垂らすように着ている。スレンダーな上半身を包む黒いタンクトップの胸元には銀の弾丸を模したネックアクセサリー。

 そして傍らには銃身、レシーバー、グリップ、スコープの四パーツに分かれて収納されているスナイパーライフル、《レミントンMSR》がどっしりとした重厚感のあるアタッシュケースに収めて置かれていた。

 カナメは受け取ったいちご牛乳をグビグビと飲み干すと、空になった器を乱暴にテーブルに置く。


「おおーいいねー姐さんいい飲みっぷり!」


 次に視線を向けるのはオレンジだけど、こいつはこいつでなかなか説明が難しい。海軍服寄りのセーラー服に身を包み、くせっ毛のあるショートの髪は名前の通りオレンジ色。これは確か初期のキャラメイクでは選べない髪色だったはずだから、おそらく染色アイテムでわざわざ染めたのだろう。

 性格は冗談好きのからかい上手で、いつも飄々としているというか、掴みどころがないというか、正直俺も性格を測りかねているところがある

 実際、今のカナメみたいに真面目な話をしようにものらりくらりとかわされることが多い。

 ただ確かなのは、長がつくほどの火力思考。

 気分次第で使い分けるメインウェポンは多岐に渡るが、その豊満な胸と同様、弾頭に爆発力を秘めたものがほとんどで、グレネードランチャーやハンドミサイル、重機関銃。時折アサルトライフルを握ることはあっても、二丁持ちで乱射するようなプレイスタイルで武器に多彩なバリエーションがある割にはオールラウンダーとは程遠いプレイヤーだ。


「あいつらは相変わらず仲がいいね。まあそんなことカナメの前じゃあうっかりでも口にできないけどさ」


「そう言うタクトさんはお二人のところに混ざってこなくていいんですか?」


「いいよ。それよりも前回の戦闘でキルを食らったセラスが落ち込んでないか心配でさ。ほっとけないでしょ?」


「またそういう調子のいいこと言って...ホントは二人の仲裁に入るのが面倒なだけですよね」


 俺はふと声をかけられた方に視線を向ける。 

 髪の長さはオレンジと同じくらいだろうが受ける印象は対照的で、機械的な造形の髪留めで纏められたまっすぐな黒髪が、いかにも優等生といった風貌を醸し出している。目の色が淡い青色を帯びているのはキャラメイクによるのもではなく、モジュール操作を向上させるためのコンタクト型アイテムを装着しているからだ。

 武器はヒップホルスターに下げた小口径のハンドガンが一丁だけ。とはいえ滅多に撃つことはない。

 というのも、彼女の役割は指揮車両代わりに使っている装甲車の操縦や修理、その他各種モジュールの運用がメインになるから持っている武器は最低限だ。

 そして最後に俺、アバターネーム〝ホロ〟を合わせたこの五人が《ホロゥハウス》の全メンバーになる。 


「それでタクトさん。イベント配布でもらったアイテムはもう確認しましたか?」


「いや、とりあえず一括で受け取ったのを全部アイテムポーチに入れっぱなしにしてる。というか、みんな頑なに俺のこと本名で呼ぼうとするよね。オンライン上のモラルとかさ、そういうのあるじゃん」


「本気でそんな名前で呼ばれたいと思うのなら、チーム全員中学生で固めればいいんじゃないですか? もう、恥ずかしい...」


 会話の流れが変わったところで今度はカウンター席にいたカナメが反応した。こちらに席を移すと後から続いてオレンジもテーブルの椅子に腰掛ける。


「そやそや、そのことで今日は集めてんやった。みんな今回配られた《ゲート》ってアイテム持って来とるな?」


「うっーす」


「はい」


 俺はそう言われてアイテムスポーチから《ゲート》というアイテムを探した。

 モジュールの一種としてリストにあったそれをタップして説明書きを読んでみると、なかなかに魅力的な内容が書かれている。

 内容は転移用モジュールのようだが問題なのはその転移先だ。

 それはパーティ全員が同時に使用すると来月に解放される予定の新エリアに転移できるというもので、新たなクエストやアイテムがゴロゴロ転がっているようなところに他のプレイヤーより一ヶ月早くプレイできるアドバンテージはデカイ。


「こんな報酬があったんだね。どうする?」


「そんなん行くに決まっとるやろうが。そのためにわざわざチーム全員に招集かけたんやで。アンタもとっとと遠出できるように準備してきいや。待っといたるから」


「俺は大丈夫だよ。モジュールも最低限のはいつも持ち歩いてるし、それに弾もそんなに数は使わないからね」 


「そんなん言うてるけど、自分いざとなったら全部セラス任せやないかい。索敵からなにまで全部やらせおってからに......」


「だって低レベルのモジュール使うより、セラスの指揮車に積んでるのを使ってもらったほうが楽だからさ」


「はいはい、どうせ私はタクトさんのあんなこといいな、できたらいいなの一言に不思議なポケットでなんでも願いを叶えちゃう都合のいい女ですよ」


 わざと拗ねたような態度を取るセラスは五センチほどの黒い立方体を手で弄んだ。

 それはセラスの持つモジュール《BTR-60》。

 これはいわゆる車両モジュールと呼ばれるもののひとつで戦車やバイクといった特定の乗り物をフィールドに呼び出すことができるアイテムだ。名前にある通り、俺たちの指揮車である装甲車《BTR-60》がこのモジュールには収められている。

 それがセラスのボイスコマンドひとつで瞬時に展開できるのだから便利だ。なにが便利かっていえば本来なら地面に設置して使う大型レーダーや通信用のモジュールを車両内部の機材として設置できるのだから超便利。

 性能のいいモジュールというものは大抵人が持てないほど大きいけど、それをかなりの数を展開したまま運搬できるのだからセラスが味方にいることの安心感たるや、落涙を禁じえない。

 だからこそ、この子がいなくなると六人相手に俺一人で奇襲をかけるなんて無茶なことにもなりかねないんだけど。 


「それで、せっかくの一ヶ月フィールド独占権なんすから、これからみんなで攻略に行こうってそーゆー話ッスよね」


 ここから先の記憶は、霞がかかったように思い出せない。


 



 


「......」 


 目の前にはとにかく〝青〟があった。

 どこまでも透き通るような青色が視界いっぱいを埋め尽くしている。

 こんな綺麗な青空をリアルの世界でも見たことがあっただろうか、そんなことを思わないではなかったけど、穏やかな風が身体を撫でていく感覚に草葉が一斉にさざめくような音を耳にして俺は身を起こした。

 そこは見渡す限りだだっ広い草原だった。少し離れたところに峠とその上に立った巨大な木が一本見えるだけでその他にはセラスが乗る装甲車以外なにもない。

 そんな場所にいつのまにか大の字になって寝ていたのだが、直前の記憶が曖昧だった。


「あれ、カナメとオレンジはどこいった?」


 いや、二人だけじゃない。

 セラスが乗っているであろう装甲車もエンジン音ひとつせず、ともすれば誰も乗っていないんじゃないかと搭乗口のハンドルを回してハッチを開けてみれば、運転席のハンドルに頬を乗せて寝息を立てているセラスの姿を見て、俺はほっと安堵のため息を吐いた。 


「セラス...セラス起きてくれ」


「......んん...すぅ...メロンパンで、命拾い......」


「可哀想に、悪い夢でも見てるんだな」


 俺はそうやって適当な言い訳を見繕うと、セラスが枕代わりにしているハンドルの中央に手を伸ばし、なんかのイベント戦のときに後付したままになっていたクラックションを力いっぱい押した。


「きゃああああああ!」 


 ガバッと音が聞こえてきそうな勢いで飛び上がるセラス。 


「おはよう、セラス。うなされているみたいだったからちょっと手荒な起こし方をしたけど大丈夫? なんだか息継ぎしてるときの金魚みたいな顔になってるよ」


「た...た...タクト...さん......?」


 初めは目を見開いて口をパクパクさせていたセラスも、どうやら俺のイタズラを含めてある程度状況を飲み込んだらしい。わずか数秒後には思いっきり頬を膨らませてそっぽを向いていた。


  


 

 


「セラス、なにか見つけた?」


 俺は装甲車の上で双眼鏡にぴったりと目をつけたまま、周囲の景色を一巡すると車両の中に設置した各種モジュールとにらめっこしているセラスに視線を向ける。

 あれからかれこれ一時間近くまともに口を聞いてもらえなかったけど、カナメとオレンジの姿が見えないことを伝えるとセラスは無言のまま装甲車に積んでいた回線モジュールを展開。回線用小型衛星を空に打ち上げて通信設備を確保し、カナメたちに呼びかけたが無線にはなんの連絡も入らない。

 それからソナーや熱源探知、その他あらゆる探索系モジュールを展開して二人を捜索し始める頃には自然と口数はいつもの通りに戻っていた。


「半径十キロほどの地形は完全にマッピングできました。けど、やっぱりあるのは四キロ先に大規模な野営地があるくらいですね。カナメさんやオレンジとは一向に連絡がつきませんし」


「衛星通信がうんともすんとも言わないってことは打ち上げた衛星モジュールが撃ち落とされたか、ジャミングモジュールを使われてるかのどっちかかな」


「どっちもありえないと思いますよ? さっきも言ったとおり、少し離れたところに大規模な野営地があるのは確かですが、人と思われる熱源以外、センサーには何も引っかかりません。衛星の撃墜にしてもジャミングにしても、それができるような大掛かりな設備があれば真っ先に金属系のモジュールが反応するでしょうし」


「となると残ってる可能性は、カナメとオレンジはモジュールが使えないような状況にあるってことか」


 どうも良くない気がしてならない。早いとこカナメたちと合流したいところだけど、今現在手がかりがあるとするならセラスの言う野営地だけだ。

 ただし俺たち二人はここに立ち寄るか否か、はっきりいって決めあぐねていた。

 火力の鬼たるオレンジや対物対人そつなく撃ち抜くカナメがいないとなると、もし銃撃戦にでもなったらNPC相手でも返り討ちになる可能性がある。四キロ先とはいえ対人センサー以外なにも反応しないということは大した装備を持っていないのだろうけど、それはこっち側にしても同じことで、装甲車に備え付けている機関砲は7.62mm弾。ちょっとパワーのあるアサルトライフルくらいの威力しかない。


「どうしましょうか? このままもう少し探索範囲を広げてみてもいいんですけど」


「いや、このままじっとしてても埓があかないし、ちょっと俺一人で野営地の様子を見てくるよ」


 野営地にはセンサーモジュールの類も見受けられないということで、目的地から一キロほど離れた場所まで装甲車を用い、そこから先は徒歩で探索を始めた。


『こちら指揮車よりタクトさんへ。通信状況に問題はありませんか?』


「よく聞こえるよ。目標地点が見えてきた。簡易的な建物がいくつか見えるけど......いやあれは」


 俺は双眼鏡に映る建物に違和感を感じた。

 大規模な野営と聞いてきたからプレハブがいくつも並んでいる様子を想像していたけど、実際あるのは藁や木材なんかの天然資材を使った小屋の群れ。

 装甲車内でセラスとモジュールを使って探索したとき、対人センサーに反応したのは人のものと思われる熱源が数十人。同じ箇所で散り散りに留まっているから、俺もてっきり野営をしているんだと思ったんだけど、どうやらそうじゃない。


『...? タクトさん?』


 言葉を途切らせたことを不審に思ったのか、セラスの声が聞こえる。俺はその言葉に答えるようにヘッドセットのマイクに手を添えた。


「...やっぱりそうだ。三百メートル先、目標地点に人の集落がある。双眼鏡で外装を確認したけど、かなり前時代的っていうか、ファンタジーゲームでよく見るような小さい農村だ」


 俺たちがプレイしているBSO、それは近未来的な世界観をベースにした至ってスタンダードなFPSゲーム。

 プレイヤーがログインする中央区には高層ビルが立ち並び、フィールドは荒野やジャングル、それこそ俺たちがいたような草原から荒廃した市街地とその数はかなりのものだが、それが木柵で覆われた農村となると少し気色が違ってくる。

 俺は一番近くにあった小屋の壁に背中を当てると金属探知モジュールを作動させる。装甲車に搭載しているレベル5のそれより精度はかなり落ちるけど、百メートルそこそこの探知ならさほど苦労はない。 


「......この距離からでも拳銃一つ探知できないな。あるのは農機具についてる金具が反応するくらいで武器になるようなものはほとんどない。まあとりあえず銃撃戦の心配はなさそうだから、セラスはこっちに向かっておいで」


『了解です』


 通信を切ると、俺は改めて壁から顔を覗かせて村の様子を見る。

 すると服の裾をクイクイと引っ張られた。


「......」


 見ると十歳くらいだろうか、ブロンドの髪をした女の子が不審者でも見るような訝しそうな瞳でまっすぐこちらを見つめていた。


「やあ、こんにちは」


 涼しげな顔で挨拶をするが、女の子のすまし顔は一向に変わらない。それどころかめいっぱいお腹を膨らませて息を吸ったかと思うと大声で叫んだ。


「おかーーーーーさーーーーーん!!」


 他所から人が来るのがよほど珍しいらしいのだろう。

 それこそこの村が見た目の通りのファンタジーでよく見るような文化レベルの村であるとするなら、そこに住まう人には俺の服装から腰にぶら下げたガンベルトに至るまで、その装いは珍妙に見えたことだろう。

 あれよあれよと人が集まってきて、皆一様に不審なものでも見るかのように一定の距離を空けてこちらを見ている。

 年齢や性別はかなりバラけていて赤ん坊を抱いている若い女性から、中には木製の棍棒を手に警戒心を隠そうともせず睨みつけてくる大男もいる。


(完全に敵と思われてるわけじゃないけど、ガンガン警戒はされているか...)


 俺は咳払いをして声の調子を整えると、にこやかに言った。


「怪しいものではありません。私は旅の雑技団をしているものなのですが、ここへ来る途中、盗賊の襲撃にあって仲間とは散り散りになって逃げて来たのです。つかぬことをお伺いしますが、ここに私と似たような変わった服装の女性が二人、訪ねてはきませんでしたか?」


 俺のアバターネームが〝ホロ〟というのとは全くの無関係ではあるけど、こういう口八丁で相手を丸め込む時ばかりは自分でも驚く程に舌が良く回る。俺の変わった格好やこっちに向かってくるだろうセラスの装甲車も、サーカスの衣装や大道具の類ということにしてしまえば多少の無理はあってもひとまずの了解は得られるだろう。

 そんな俺に歩み寄ってきたのはさっきの女の子だった。 


「ざつぎだん...って、なあに?」


「見たことないかな? じゃあちょっとこっちにおいで」 


 俺は手招きをすると、予備弾倉から45口径の弾を一つ取り出した。それを女の子の目の前で軽く弄んだ後、右手に握り込んで呪文を唱える。 


「あばたけたぶらー!」


『まあ、趣味が悪い』


 耳に入ってきたセラスの声を無視して俺は握りこんだ拳を開いた。そこにあったはずの弾薬は消えていて、当然他の手にも持っていないよーっと言わんばかりに俺は両手の平をぷらぷらと振って周囲に見せつける。


「消えた弾薬はポケットの中に瞬間移動しました。さて、誰のポケットかなぁ?」


 そう言って女の子のポケットに左手を突っ込むと、袖の裏に隠していた弾薬を指先で掴み、あたかも女の子のポケットから取り出したかのように見せた。


 


〇 


  


「無線ではタクトさんの声しか聞こえなかったので会話の内容まではきちんと把握できたわけではありませんけど、ずいぶん楽しそうですね」


「やあセラス」


 俺が弾倉から取り出した弾薬でお手玉をしていると、いつの間に到着したのだろうか、後ろから装甲車の上で呆れたようにこちらを見てくるセラスの姿があった。

 ちょっとした隠し芸でも見せてそれっぽく信用を得るのが目的だったのが、村の子どもたちからしてみればこんな芸でもなかなか新鮮だったのだろう。お手玉をする俺の背中によじ登ったり足にまとわりついたりと、ものの十分で幼稚園に保育ボランティアで来た大学生のような状態が出来上がっていた。

 最初は弾薬なんて小さなものでお手玉ができるかどうか心配だったけど、デザートイーグルに使う50口径を使えば意外とやれたもので、はしゃぐ子どもたちのもっともっとという声に応えているうちにいつのまにか十玉という高難度チャレンジと相成ってしまった。


「よっ...! ほい...! そいっ...! っとととと!」


 セラスに気を取られて、つかみ損ねた俺の手からボロボロと弾薬がこぼれ落ちるのを目にした子どもたちから声が上がる。 


「あータクト落としたー!」


「ねえ! もういっかいもういっかい!」


「え〜しょうがないなぁ。後一回だけだよ?」


「いえもう一回じゃありません。ストップです。はいストップ!」


 セラスは子どもたちの人垣から俺の手を引くと、装甲車の影に引き寄せる。


「村の様子を探るんじゃなかったんですか? ろくに情報もないのに遊んでばかりいたらダメだと思います」


「ごめんごめん。でも、こうしていてわかったこともあるよ」


 俺は自分の膝についていたそれを拭うと、セラスの鼻先にぴとっとつけた。


「なんです? これは」


「さっき足にまとわりついてきた子がさ、なんかやたら俺の膝の皿を舐めてくるんだよね。『そこそんなに美味しいかぁ〜?』って言いながら放っておいたんだけど、いつのまにかヨダレでぐちゃぐちゃにされちゃったよ」


 もしカナメあたりに同じことをしたら、『なにしてくれとんじゃこんボケェ!』と軍用の硬いブーツのつま先で蹴り飛ばされていたところだろうが、そこはさすがセラスだった。

 指先で鼻に付いた粘着質な液体を拭ってまじまじと見つめると、何かに気づいたように目を細める。


「わかるだろ? 子どものヨダレとか、よじ登られて背中に付いた泥だとか、ゲームをする上でまったく関係ないような物理エンジンがこれでもかと働いてる。感覚がリアルすぎるんだよ。これじゃあまるっきり現実世界と変わらない」


「じゃあここは、ゲームの世界ではないということですか?」


「そうとも言い切れない。実際俺たちの姿はBSOのアバターそのものだし、モジュールも使える。だから正直情報を集めれば集めるほど謎が深まるばかりなんだよなぁ」


 俺は装甲車の影からひょっこり顔を出すと遠くで見ていた村民に手を振る。

 セラスが装甲車でこちらに向かっている間にここの村長に挨拶をする約束は取り付けた。いきなり押しかけてしまったわけだし、それにセラスの言う通り今は兎にも角にも情報が欲しかった。


 


 


 


 

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