01話「ホロゥハウス」
『07、敵チームが予想通り南西の方角から市街地エリアに入ったで。数は六人』
装着したヘッドセットから、聞き慣れた関西弁がノイズに混ざって聞こえてくる。
俺はその女の通信に返事を返さないまま、意図的に呼吸のペースを早めた。VR世界でも自分の心拍数が徐々に上がっていくのが分かる。適度に湧き出た緊張感が身体をこわばらせても、思考回路は透き通るようにクリアで、いざその時が来て銃のトリガーに指をかければ途端に戦闘モードにスイッチを切り替えられる。
『07! 07! ......こらタクト! 聞こえとるんか!』
「聞こえてる。というかリアルの名前で呼ぶのやめろよ。呼ぶならせめてアバターネームで」
市街地の一角、メインストリートに面した三階建ての建物のベランダの手すりから、顔の上半分を覗かせて辺りの様子を確認する。手すりといっても柵のように隙間が空いているようなものではなく、コンクリートでしっかりと固められた頑丈なものだ。
「......こっちからはまだ見えないな。ねえ、カナメ。いきなり現れたりすると怖いからソナーモジュール使ってもいい?」
『アホぬかせ! 相手プレイヤーのひとりは所持限界量ギリギリまで探知系のモジュール背負ってんねんで。確認できてるだけでもソナー探知にエイム探知、他にも銃声探知やら回線探知やらごちゃごちゃ積んどる。そんなんつこうたら一発でアンタの位置がバレてまうわ』
「こっちとしてはヘタに奇襲かけるより、誘き寄せて屋内戦に持ち込んだほうが楽なんだけど」
『アカン。あっちのチームは格下とはいえ先月の通算キル数で上位100以内に入っとるねんで。舐めてかかったら十分やばい相手や。今、光学迷彩装備した04が後ろから追跡しとる。しばらく大人しゅうして待っとき』
「04......ああ、オレンジか」
俺は左右の腰に吊ったホルスターから二丁の拳銃を引き抜くと、トリガーロックを外した。設定値限界まで引き金の重さを軽くしたトリガーはちょっと指先に力を込めるだけで撃鉄が落ちて弾が出るようになっている。
引き金を引く一瞬の時間差で勝負が決まる、ショートレンジ仕様の設定だ。
「オレンジ、モジュール要員は大した装備がないとしても他のメンバーの武装はどうだった?」
『あのーすっごい今さらッスけどぉ、アバターネームで呼び合うの辞めにしないッスか? あとリア名も、せっかくコードネーム決めてるのに......』
さっきまでの関西弁とは違う、おどけたような声が聞こえた。
敵チームを追跡しているコードネーム04、オレンジだ。火力中毒という言葉が嫌味なほどに似合う女で、確か今日も弾一発の大きさが握りこぶしくらいあるようなグレネードランチャーを装備していた。
今回の相手は迂闊に索敵系のモジュールを使うことができないということで、視認できるギリギリの距離を保って潜伏しながら位置情報を伝えてくれている。
「まあ敵に通信拾われたら面倒だって理由で決めてたけどさ、いざ使ってみると誰が誰だか分かんなくなってややこしいだろ?」
『うわっ本末転倒!』
あっけらかんと答える俺にノリのいいリアクションが返ってくる。まあ白けた返事で返されるよりいいけど、そんだけ騒いだ結果こっちの追跡が敵にバレたらキレるぞ。主にカナメが。
「それより敵の武装教えてよ。そろそろこっち通るんでしょ?」
『パッと見、内訳はアサルトライフルが二人、ショットガンが一人、ボルトアクション式のライフル持ちが一人と...あーでもサブウェポンに短機関銃を装備してますね。多分9mm弾』
「うわぁーめんどくせぇ。一対一で勝負しても火力負けしてるじゃないか。こっちの装備は二丁あるとはいえハンドガンなのに」
『その代わりに、アホ高いLv5のボディーアーマー着込んどるんやろがい! それに正面きって全滅させて来い言うとるんとちゃう。私らが仕掛ける前にそっちの方で注意を引いておいて、ついでに一人か二人頭数を間引いてくれってだけや』
カナメは簡単に言ってくれるが、実際は胃が痛くなるような作戦だ。
このゲームには素人でも簡単に弾を当てられるよう視界にターゲットマークを表示してくれる照準システムやマップで敵の位置を把握するための索敵システムがある。リアルで実弾射撃の経験があるようなプレイヤーじゃないと当てられないようじゃゲームとして失格。そして十数メートルから場合によっては百メートルを越える距離で戦うのがFPSだ。当然そのためには広大なフィールドが必要になってくるが、広いがために敵チームと遭遇するのも一苦労では戦略もクソもない。
そのためにプレイヤーの戦闘を手助けするさまざまなシステムアシストがあるわけだが、このゲームにあるシステムアシストのほとんど全部は専用のモジュールを装備することである程度察知することができる。
そのために用いられる探知モジュールというものにはそれなりに種類があって、マップ状況やプレイヤーの位置を探査するエコーを探知するものや、銃についている照準用の赤外線を探知するもの。銃声や足音、それぞれ察知できるものが違う。
ただし今回はバカみたいに各種探査モジュールを持ち込んだプレイヤーが索敵の一切を担っているというのだから面倒だ。性能のいいモジュールなら銃口を向けて狙いを定めた瞬間に気づかれる。
そのために今回俺が任された仕事は、索敵要員の無力化。そして敵に探知されない距離で待機してる仲間と合流するまでの時間稼ぎだ。
『そろそろそっち通るっすよ。回線探知されたら困るんで一旦切りますけど、索敵要員をキルしたらその段階で通信いれてくださいね〜』
「了解」
そのやりとりの後、さっきまであれだけ騒ぎ立てていたインカムがノイズひとつ発さなくなった。
(狙い撃ちしてる余裕はない。銃口を向けたらこっちのエイムを探知される前に撃つ...!)
俺は拳銃のスライドを引きながらメインストリートに目を凝らす。すると巻き上がった砂塵の向こうに人影が全部で六人。この距離では装備まではわからないが俺はそれ以上相手の姿を確認するようなことはせず、物陰に完全に身を隠した。
(20..19...18...17...16...)
心の中できっかり20秒。一定の速度で数える。
敵だって馬鹿じゃない。俺から相手の姿が見えるということは相手からも自分の姿が見えるということだ。ベランダから頭を出して待ち構えているわけにはいかない以上、相手との距離を勘で測るしかない。
(5...4...3...2...1...っ!)
ジャスト20秒。俺は隠れていたベランダから立ち上がり、ストリートに向けて銃口を向けた。
「いらっしゃいませーっ!」
敵が来ると予想していた地点と実際にいた地点の誤差はほとんどない。ベランダからの距離は直線で15メートル。これだけ近ければ誰が索敵要員かも一目見ればわかる。目の前の一団の中で唯一武器を持たず、背負っている巨大なバックパックから一本のアンテナを伸ばして行軍するプレイヤー。
俺はそいつに向けて迷わず引き金を引いた。
乾いた炸裂音とともに薬室から飛び出た空薬莢がコトリと地面に落ちる頃、ヘッドショットを受けたプレイヤーが赤いライトエフェクトを散らして消滅した。
「こちら07、第一ダーゲットを無力化。次は...うおっ!」
途端こちらに一斉に銃口が向けられた。慌てて身を屈めてみれば、次の瞬間頭上は弾丸の嵐だった。
俺はヘッドセットのマイクに指で触れる。
「こちら07。今にも死にそうだ。早く助けてくれる?」
『了解や! で、何人ヤってん?』
「索敵要員の一人だけだよ」
『あのなぁ...自分もうちょいええ仕事する気あらへんの? 仮にも二丁拳銃持ちやったら左右の銃で別々の頭飛ばすくらいのことせんかい」
「ムチャクチャだなぁ。銃口は二つだけど構えてる人間は一人しかいないんだよ?」
無線の内蔵したヘッドセットからはカナメの甲高い関西弁の他にモーターの駆動音が聞こえる。
『なんにせよ、こっちは03...のセラスが装甲車のリペア中にキル食らってもうてん。今うちが代わりに運転して向かっとる。下はバリケードモジュールで固めてるんねやろ? ちょいちょい応戦しながら待っとき!』
「わかった。10分かそこらで着くだろ? それくらいなら余裕で――――」
そのとき、下の階から爆音とともに何かが崩れるような音がした。
はっきり言って嫌な音だ。不快な音という意味ではなく、嫌な予感がするという意味で。
「バリケード...突破されたかな?」
『なんやて!?』
「うん...突破されたよ。階段を登る足音が聞こえる」
俺はベランダから室内に入るとそばにあったコンクリートの柱に身を潜めた。拳銃を両手に持って物陰から部屋の出入り口をわずかに顔を覗かせる。
音は真下から聞こえる。どうやら二階に逃げ込んでいないかチェックしているんだろう。
ある程度経験を積んでいるチームなら当然の行為だ。いきなり三階に上がったところを二階から引き返してきた敵にハイドショットされたらたまったもんじゃない。
『......あんたそういえば、さっき屋内戦に持ち込んだほうが楽やぁ〜ゆうとったやんな?』
「ああ、うん。言ったね」
質問の意図がわからず、適当に返事を返したところでカナメが言わんとしていることに気がついた。
「いやいやいや。別にわざと屋内戦に持ち込んだわけじゃないよ? それこそ使ったバリケードモジュールだってレベル4でそれなりに丈夫なやつだったし」
『せやったら...なんでこんなあっさり抜かれんねんこのドアホ!』
無視して出入り口の扉につっかえ棒を立てる。申し訳程度のバリケードだ。速攻で突破されるだろうけど、せっかく二階の探索で時間を取られているところにわざわざ新しくバリケードモジュールを使って音を立てるわけにはいかない。
俺は再び柱の影に隠れる。
「あのさ、そういえば相手プレイヤーの一人にボルトアクション式のライフル装備してる奴いなかったっけ?」
「おるで? それがなんやっちゅうねん」
「そいつ、狙撃手じゃなくて対戦車兵だったんじゃないの? ほら、確か先週のアップデートで対戦車用ライフルに使う《炸裂徹甲弾》が解放されただろ? あの爆弾みたいな弾。あれじゃないかな?」
『あー...』
その声の主はオレンジだった。俺はその言葉の意味を“やっちまいましたすいませんっす”と脳内で言語変換すると扉の向こうにいるであろう敵に注意を戻した。
なんにしても、これで四面楚歌ルート決定だ。
『どうにか脱出してこっち引き返してこれへんのか? もう後一キロちょいのとこまで来とんねん。後退しながら合流したら......うーん』
一旦自分で口にしてみて、その提案が現実的でないと悟ったのか唸り声をあげる。
「無理じゃないかな。対物とはいえ狙撃銃だろ? あれならニ百メートル先の犬の頭だって撃ち抜ける。遮蔽物もほとんどないメインストリートで逃げ切るのはちょっときついよ」
『ほな、オレンジはどや。近くに居てるんやろ? どうにか注意惹かれへんか?』
『いいっすけど、あたしの火力じゃあ建物ごと吹っ飛ばしちゃいますよ? 先輩、建物の下敷きになってデスペナくらっても恨みません?』
「やだよ。それじゃあ手持ちのハンドグレネードで自爆特攻するのと変わらないじゃないか。自分でどうにかするから、カナメは急いでこっちきて」
俺は静かに、深く大きく息を吸うと八分のところで止めた。こうなったら応戦、場合によってはこっちで全滅させる他ない。
じきに扉も突破されるだろう。それが気配でなんとなくわかる。
(とか思ってるうちに来たし)
おそらく扉の蝶番が弾け飛んだのか、派手に扉が倒れる音が聞こえた。
「......」
敵の足音の他に、自分の心臓の鼓動が徐々に大きくなっているのが聞こえるようだった。
そんな中、俺が隠れている場所に一人まっすぐ近づいてくる奴がいた。数で勝っている。武器で優っている。あとは追い詰めてキルするだけ。そんな甘い考えが透けて見える頭の悪い足音だ。
どうせならとギリギリまで誘い込む。そして俺が隠れている柱の真横にそいつが足を踏み込んだ瞬間、あご先に銃口を突きつけて引き金を引いた。
「グッドアフターヌーン...」
声を上げる間もなく頭頂部から弾が貫通し、ポリゴンになって散る敵プレイヤー。このゲームはゲームオーバーからしばらくの間は装備していた火器類がフィールドに残るルールになっている。死んだプレイヤーの武器を拾って使うことができるという意味ではありがたいが、持ち主を失って自由落下した短機関銃とライフルを見て俺は毒づいた。
(ツイてないなぁ。どうせ不意打ちで仕留めるなら貫通力のあるアサルト装備のやつがよかったのに)
こっちの居場所に気がついた三人の銃口が柱の影越しに向いた。
俺はスタングレネードのピンを抜くと体勢を低くして素早く隣の柱へと駆ける。途中で投擲したスタングレネードが柱の物陰のむこうで閃光と耳障りな音とともに爆散したことを確認すると、間髪入れずに敵の横っぱしらに躍り出て二つの銃口を向けた。
左右の拳銃で二発ずつ発砲。ライフリングによる回転が加わり、火薬によるマズルフラッシュとともにバレルから飛び出た銃弾が吸い込まれるように目の前にいた二名の頭と胸をそれぞれ打ち抜く。
どちらも一撃で死亡判定が出る箇所だ。多少当たりがずれても完全にHPを削りきれる。
「くそっ!」
そう毒づいた最後の一人の手にはショットガンが握られている。
ろくに撃つ相手を選ぶ暇もない状況で、アサルトライフル装備を二人削れたのだから上出来だろう。ショットガンから打ち出される弾は12ケージ。貫通力のほとんどない散弾ではゼロ距離で撃ったって俺のボディーアーマーは抜けない。
〝余裕〟そんな思いがふとよぎるものの、男がジャケットのインサイドホルダーから取り出した拳銃を見て俺はその場から飛び退くように逃れた。さっきまで立っていた場所の後ろで爆弾みたいな音を立てて弾丸が壁に衝突する。
『なんや今の音! そっちどうなっとんねん』
「アサルト装備は全員殺したよ。残りはショットガンだけど、そいつポケットからとんでもないモンスター出してきた」
『なんや?』
「でっかいマグナム」
『...しばき倒すぞ?』
「いやいや、そういうセクハラ的な意味じゃなくてさ。リボルバー式の50口径。名前なんて言ったっけな...」
物陰に隠れて撃ち返す。しかし相手のハンドガンの威力が馬鹿にならず、弾が飛んでくる度に隠れているコンクリの柱がどんどん砕けていく。
『...? S&W社のM500とかちゃうか?』
「うん、どうもそれっぽいんだよね。あれって俺のルガーとどっちが強いと思う?」
俺は柱からわずかに顔を出すと左手に握った45口径のルガーの銃口を正面に向ける。
しかしすでにどこかに身を潜めたのか、相手の姿はない。とはいえ隠れる場所なんてほとんどありはしないのだから、だいたいの位置は絞れる。おそらく部屋の真ん中に積み上げられた資材の後ろだろう。
『そんなん相手さんのM500に決まっとるやろ。ついでに、同じ50口径でもあんたが今右手に持っとるデザートイーグルより威力はずっと上や』
「え、こっちよりも?」
俺は我が本命武装の大口径ハンドガン、デザートイーグルを見た。さすがにコンクリート越しに撃ち込むようなことはしてこなかったから分からないけど、状況によっては足音を頼りに照準して壁の向こうにいる敵を撃ち抜くような使い方だってするのだ。
「これより上って、そんなの相手にレベル5のボディアーマーなんてベニヤ板みたいなもんじゃないか」
『しゃーないやん。同じ口径でも弾の重量が圧倒的にちゃう。その代わりに装弾数が五発しかないねんけど...弾切れのタイミング狙って一気に片付けられへんか?』
「なにその命懸けのダルマさんが転んだ...」
俺は音を忍ばせて柱から身をさらした。
おそらく隠れているであろう資材の裏に回り込むように移動しようとした瞬間、不意に足元に黒い物体が転がってくる。
(こんな閉所でグレネード!?)
しかも俺がさっき使った非殺傷性のスタングレネードではない。炸薬で相手を吹き飛ばす目的で作られたいわゆる〝手榴弾〟だ。
「こしゃくな真似をーっ!」
俺は窓から身を乗り出してメインストリートに飛び出した。その瞬間、背後で起こった爆発に身体を突き飛ばされる。せっかくのボディアーマーも三階からの落下によるダメージペナルティの前では意味はなく、グンと減ったHPを見るより先に俺は未だ煙の立ち込める三階のフロアを見た。
「やばいね...」
そこには窓際に立ち、拳銃の皮をかぶったハンドキャノンを手にした男が俺に照準を合わせている。あんな馬鹿デカイ弾を食らったらボディアーマーごと残りHPが吹っ飛ばされる。
俺はつかさず左手の45口径ルガーを男に向けて引き金に指をかけた。
外せば撃たれる。撃たなきゃやられる早撃ち勝負だ。しかし次の瞬間、窓際に立った男の頭がレンジで加熱したトマトのように四散した。
『目標、クリアや』
俺は引き金を引いていない。ともすれば銃声ひとつ聞こえなかった。
考えられるのは銃声が聞こえないような距離からの狙撃くらいなものだ。
「さすがだ。ずいぶん到着が早かったね。今どこ?」
『さっき連絡した場所と変わってへんよ。そっちから800m離れた山間の木の上から撃ったった』
「長距離射撃じゃん珍しい。普段はあんだけ嫌がるのにさ」
『こっちやってこんな距離で、しかもこんな不安定な足場で狙撃しとうないわ。しゃーないやろ。装甲車でそっち向かうよりスコープ越しに狙うほうが早かってん』
そうカナメは言うが、事前に地形を把握して、十分に狙う時間と安定した足場さえ用意さえすれば1000m越えの超長距離精密射撃、なんて神業もやってのける技術がカナメにはある。
しかしそんな神業にロマンを感じる俺は結局のところ素人考えでしかないようで、カナメに言わせれば、200〜400mというベストポジションをいかにして作るかが狙撃手には重要なんだとか。華があるように見える1000mでの射撃も裏を返せば、そんな神業を余儀なくされる状況に陥ってしまったということで、狙撃手として詰めが甘い証拠なのだという。
「〝当てる〟技術より〝当たる〟状況を作る技術が重要ってことらしいけどさ、どうせ当てる技術を持ってるならそうやって有効活用すればいいのに」
『こんな狙撃年がら年中当たるもんとちゃうで。単なるラッキーをあてにしよんな』
「まあ、とにかくありがとう。これできっちり六人......」
〝全員仕留めた〟と言いかけて俺の口が止まる。
六人? はて、そんなに殺したっけ?
俺はアイテムストレージから各辺5cm程度の立方体を取り出した。探査系モジュールの一つ、レベル3の《X線》だ。起動とともに視界が緑色に染まり、建物の中でキルされたことで持ち主を失った武器と思われる金属反応がゴロゴロと落ちているのが見える。最初にヤった探査要員を除けば敵の人数は五人。
ひー...ふー...みー...よー...。やっぱりそうだ。
「一人足りなくない? こっちには四人しか来てないよ?」
「四人? 市街地に入ったときは六人やったんとちゃうん? 二人おらんやん」
「違うそうじゃなくて、最初に殺った索敵要員を除いて四人しか建物に入ってきてなかったんだよ。だから一人......オレンジ、聞こえてる? 残りの敵だけど、あと一人がどこかに―――――」
そのとき、俺の真後ろでさっきの手榴弾なんて目じゃないほどの爆発が起こった。屋内戦をしていた建物からメインストリートを挟んでちょうど向かい側。空が真っ赤に染まり、まるで空爆でも受けているような派手な爆発エフェクトに包まれて五階建ての廃ビルが倒壊する。
「うーわ...」
こんな馬鹿みたいな火力持ちは俺の知る限り一人しかいない。
「おっしゃー! 別動してたラスト一人、オレンジちゃんがいただきましたー!」
ただの瓦礫と化した建物を白んだ目で見ていた俺の耳に妙にテンションの高い声が響いた。それは無線によるものじゃない。ここから20メートルも離れていないところでウェーブのかかった長い髪をたなびかせて六連装グレネードランチャーのMGL-140を掲げたオレンジがラストキルを宣言していた。続いて800m先から様子を見ていたであろうカナメの馬鹿でかい声が鼓膜をぶっ叩く。
『っておいゴラァ! たったワンキルするために爆撃とかなに晒してくれとんねん! それ一回やるんにどんだけ炸薬代かかる思うてんねや!』
「いやー、せっかく今シーズン最後のチームマッチじゃないですか。どうせならド派手に、勝負決めたくなりません?」
『戦闘赤字やゆうとんねん! ほんまこれやからチームにバカスカ撃つ子がおると大変やっちゅうんや』
戦闘の勝利を通知するシステムメッセージとともに色とりどりの紙吹雪が頭上から降り注ぐのを見て、俺はそっと息を吐いた。
この世界で誰を何でどれだけ撃っても、現実は変わらない。
千の白星、万の白星を掲げても世界はなにも動かない。
それでも俺は撃ち続ける。
今日も明日も明後日も、変わらず俺は撃ち続ける。
千発、万発、億発撃てば、そのうち一発くらいはつまらない現実を撃ち抜いてくるんじゃないか。
そんなことを願って。