2 魔法少女の戦い
いつの間にやらネズミ型ADBは、数えるのも面倒くさいほど増えていた。
警報に合わせて近辺の人間は避難したようだが、逃げ遅れた者や老人、危機意識の薄い野次馬などに、ADBが容赦なく襲い掛かり、日に当たった朝露のように命があっさりと消えてゆく。
人間がいないところでは、商品の食料やひどい場合には木造の建物が齧られて倒壊する寸前であった。
餌を求めてウロウロと商店街を徘徊するネズミ型ADBたちを、商店街の外れにあったアーケードの上に立って見下ろしながら、魔法少女ベリィベリーは顔をしかめた。
どうやら攻撃を加えたり、腹がいっぱいになると自動的に増殖するらしい。
一匹一匹の攻撃力は大したことはないが、ある意味、一番厄介なタイプの敵である。
「ちなみに一匹あたりの討伐ポイントは5P……雑魚やな」
「雑魚でもこれだけ数がいれば脅威だし、撃ち漏らしも出るかも知れないよ。さっさと斃さないと!」
再度スマホを取り出して、武器の選択をする依智心。
といっても、もともとポイントで交換済みの武器を実体化させるだけで、まだまだ駆け出しの魔法少女である依智心の武器はそう多くはなく、また威力のほうもゲームならせいぜい『てつのけん』程度のものであった。
「〝マジカル・ロッド”、〝マジカル・ガン”」
音声入力に合わせて、即座に依智心の目の前にファンシーな棒とファンシーなハンドガンが現われて、『さ、取れ』と、言わんばかりにふわふわと浮遊する。
「近接戦用にマジカル・ロッド。中距離と牽制用にマジカル・ガンか。ま、妥当なチョイスやね。敵の耐久力は紙やから、七面鳥撃ちとモグラ叩きでどーにかなるやろう」
タカアキの解説を聞きながら、両手を伸ばして右手にマジカル・ガンを、左手でマジカル・ロッドのグリップを握る依智心。
「いや、それはいいんだけどさ。マジカル・ロッドの本体って、どう見ても金属バットだよねぇ?!」
ピンク色でハートや翼の装飾がゴテゴテとついているが、長さといい重さといい体育の授業で使っていた金属バットそのものなマジカル・ロッドを振り回して、微妙に納得できない表情を浮かべる依智心であった。
「〝マジカル・ハイロッド”になると、釘バットにグレードアップするで?」
「それってグレードアップなの!?」
「殺傷力の問題やね。マジカル・ロッドは攻撃力+10やけど、マジカル・ハイロッドは+15やからなぁ」
「いやいや……てゆーか、普通に剣とかカタナとかの武器じゃまずいわけ!?」
見た目は美少女でも、男の子として剣やカタナを使っての殺陣と浪漫に、多少なりとも憧れがあるらしい。そんな依智心の憧憬を、タカアキが鼻でせせら笑う。
「イチゴたん、剣道とか心得あるん? 素人が真剣振り回すと、下手すれば抜刀だけで自分の足や指を切るで?」
「…………」
真剣どころか、野菜の皮を剥くにも包丁ではなくピーラーを使っている、依智心は目を泳がせた。
「ど素人がいきなり刃物もってもモノの役に立たんで。鈍器が一番や」
そんあタカアキの耳の痛い助言(からかい?)から逃れるように、アーケードから地面に飛び降りる依智心。
途端に、依智心に気づいたネズミ型ADBの一匹が、依智心に向かって一直線に飛び掛ってきた。
「――くっ。この……!」
まだ距離があることと遮蔽物がないことから、咄嗟に右手に持った見た目はファンシーだが、なかなかゴツイ〝マジカル・ガン”を放つ。
――ドンッ!!!
「きょわ――?!?」
発射の反動で右手が明後日のほうを向き、そのままアスファルトの路面にひっくり返る依智心。
「……だから、44マグナムを片手で撃つなと、あれほど――」
ちゃっかりと路面にぶつかる寸前に依智心の肩から飛び降りたタカアキが、げんなりと苦言を呈する。
「いててて……って、それどころじゃないよ!」
背中の痛みに耐えながら(変身後は耐久度も上がる)上体を起こした依智心は、目の前まで迫るネズミ型ADBに向かって、奇跡的に手放さないでいたマジカル・ガンを向けて、指摘された通り両手で構えてトリガーを引いた。
――ドンッ! ドンッ!!
『キュイ……ッ!?』
『魔法少女ベリィベリー』の固有魔力であるピンク色の魔力が籠った弾が放たれ、一発目(正確には二発目だが)は外れたものの、二発目はほぼゼロ距離ということもあって、見事にネズミ型ADBを射止めた。
悲鳴とともに、撃たれたADBはまるでゲームのポリゴンが破壊されたかのようにバラバラになり、増殖することもなく、まるで欠片も水に溶けるかのようにこの世から消える。
ただ、この世に存在した証拠のように、茶色い薄い木の皮みたいな紙に包まれた何かが、代わりに地面に落ちていた。
「『ネズミの肉(200g)』HP10回復やね。いざという時のために拾っておこうかー」
ひょいと前に出たタカアキが、肉屋の包装みたいにドロップされた『ネズミの肉(200g)』を拾って、どこへともなく――やはり某未来から来た猫型ロボットのように、腹のポケットに思える場所へ――仕舞った。
「……いっとくけど、ボクは食べないからね!」
食べたら病気とか罹りそうなので、そこは強調して明言する依智心。
「世界的に見ると、ネズミ食うとか別に珍しくもないんやけど……そうなると買い取りか~。買い取り価格は購入価格の十分の一やから0.3P……ワシのマネジメント費用が三割やから小数点二桁以下か。勿体ないな~」
ヤレヤレと肩をすくめるタカアキの言葉を聞きとがめた依智心が、ジト目で自称魔法少女のマスコットを見据える。
「そのマネジメント料って微妙にぼったくりじゃない?」
「なにを言いますやら。軍隊やって前線で戦う兵とは別に補給や斥候など、大事な仕事なんやで。縁の下の力持ちを、ないがしろにしてはあかん」
そもそも縁の下で支えられている気がしないんだけど、ボク。どっちかっていうと女衒に騙されて、売られた世間知らずの村娘の気分なんだけど? と、いうような、真っ当な感想を覚える依智心であった。
と、仲間を一匹斃されたことで相手を脅威と認めたらしい、ネズミ型ADBが一斉に依智心に敵意むき出しの視線を向ける。
「ひ……やぁっ!」
その視線の圧力に怖気づいて、腰を抜かしたまま尻で背後に下がりつつ、マジカル・ガンのトリガーを引いた依智心だが――、
ガチ……ガチ……!
明らかに作動不能の音を立てるばかりで、銃口から弾が出ない。
「な――なんで……!?」
血の気の引いた顔で必死にマジカル・ガンを振り回す依智心に対して、タカアキが諦観じみた口調で助言する。
「ああ、動作不良やね。もともとオートマグ……もとい、マジカル・ガンは『弾詰まり頻発』『故障ばっかり』『満タンに魔力を込めると弾倉が爆発する』っちゅーて有名やからなぁ」
「不良品じゃないか!」
「だから格安の50Pで買えたんやないか。安物買いの銭失いとはこのことやね……」
タカアキがしみじみと慨嘆している間にも、近くにいたネズミ型ADBが、次々に依智心に襲い掛かる。
「ぎゃああああああああっ!!」
幸いにして魔法少女として肉体の耐久度が上がっているのに加え、体全体に纏っている魔力の影響で、一般人のように即座に肉を食われるということはないが、それでも徐々にダメージが蓄積され、合わせて魔法少女の衣装がところどころ食い破られ始めた。
その様子を素早く退避して、固唾を呑んで眺めていたタカアキが、真面目な口調で依智心に言い放つ。
「おっ――いま現在、この様子をライブで配信している病んだファンがおるが、SNSでも『ベリィちゃんピンチ!』『魔法少女脱衣!』『感度一千倍キタ━(゜∀゜)━!!』と、盛り上がってバズっとるわ。よかったなぁ、イチゴたん」
「――嬉しくないっっっ!!!」
「しかしなんやな、いまんところ肩とかわき腹とかスカートの裾とかが破れている程度やけど、スカートとパンツが破られたら、さすがにアウトやろうなぁ」
「うわあああああああああああっ!!!!」
その途端、悲鳴のような怒鳴り声が響き、火事場のなんとかでADBを振りほどいた依智心は、手を伸ばして地面に落ちていたマジカル・ロッドを掴んで、手当たり次第にADBを殴り倒す。
『キキキキーーッ!?!』
一発殴られたADBはよろめいて全身にラグが走り、そこへ再度二発目を食らうとダメージが耐久度を越えたようで、マジカル・ガンに撃たれたADBのように、粉々になって消えた。
「はあ……はあ、はあ……」
荒い息をはく依智心の全身から、ピンク色の魔力がほとばしる。
「おお、これが漫画とかでよくある覚醒イベントかいな!」
その様子に喝采を口にするタカアキであった。
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