1 魔法少女と魔物
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学園都市『星牧市』。
自然との共存をテーマにした街づくりと、科学の発達に寄与することを目的とした先端都市であるが、近年、この街を狙いすませたかのように発生する怪異があった。
「ADBだーーーっ!!!」
「キャー―――ッ!!」
アンティーク風の喫茶店――カフェではなくて、学生向けに軽食も手掛ける喫茶店――に、悲痛な中年男(明らかにマスター)の絶叫と、アルバイトらしい大学生くらいのウエイトレスの悲鳴が轟いた。
見れば八坪ほどの店内の片隅にあるコーヒー豆の入った麻袋を、巨大な……大型犬ほどもある体躯の、角の生えたドブネズミともビーバーともつかぬ、いずれにしてもどんな動物図鑑にも載っていない齧歯類(?)が、モリモリと齧って胃の中に収めている。
そんなあり得ない光景を目にして、
「畜生、このネズミの化け物が!」
最初のショックから立ち直ったマスターが、怒気をみなぎらせて足元へ転がっていたモップを掴んで、思いっきりADB目掛けて振り下ろした。
『――キュ~~~~~ッ!!』
意外と鋭いその振りに、一心不乱にコーヒー豆を食べていたこともあって、もろに直撃を受けるネズミ型ADB。
「わぁ! マスター凄~い。格好いいっ!」
ウエイトレスの称賛に、まんざらでもない顔でドヤつくマスター。
「ふっ……。こう見えても学生時代は剣道をやっていて、団体戦で全国大会まで行ったこともあるんだよ」
だがその自慢も数秒と経過しないうちに、脆くも崩れ去った。
モップで叩き潰されたネズミ型ADBの全身にノイズが走ったかと思うと、次の瞬間、ADBは二匹に増えていたのだ。
「――なぁ……っ!?!」
愕然としながらも、反射的に再びモップを翻し、二匹のネズミ型ADBを叩き、払い除けるマスターだが、そんな彼の必死の抵抗を嘲笑うかのように、さらに四匹に増殖するADB。
まさにネズミ算である。
増えたネズミ型ADBは揃って角を向け、牙を剥き出しにして、敵意と食欲に満ちた視線を、マスターとウエイトレスのふたりに向ける。
「ひっ――!」
「ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ……!!」
遅ればせながら逃げ腰になったマスターが逃げようとした刹那、先に身を翻しかけていたウエイトレスが、マスターを思いっきりネズミ型ADBの方向へ突き飛ばし、そのまま背後を確認もせず、踵を返してすたこらさっさと逃げ出した。
「うわあああああああああああああああ……!」
姿勢が悪かったこともあり、バランスを崩してもんどりうって倒れたマスター。
起き上がるよりも先に、一斉に飛びかかってきたネズミ型ADBが、マスターの全身に取り付き、
「ぎゃああああああああああああ~~~~~…………!!!」
たちまちに内に全身を食い尽くされるのだった。
「きゃあああっ! 助けて~~っ! ADBよ、ADBにマスターが――」
その間に逃げ切ったウエイトレスが、通りいっぱいに響き渡る悲鳴を発して、助けを求める――のを追いかけて、開けっ放しだった出入り口から、いつの間にか八匹に増えていたネズミ型ADBが、雪崩を打って現れ、いきなりのことに虚を突かれた通行人たちへと襲い掛かる。
逃げる間もなくADBに襲い掛かられ、お昼時でそこそこ人通りがあった商店街は瞬時に、阿鼻叫喚の地獄へと変わったのだった。
そうして、遅ればせながら周辺一帯に警報が鳴り響いた。
* * *
「…………」
この様子を現場へ急行しながら、スマホのストリートビューや、ズーム機能を使って確認していた魔法少女ベリィベリーこと依智心は、白骨死体に変わったマスターのなれの果てや、いままさに襲い掛かられている通行人たちの惨劇を、忸怩たる思いで眺めていた。
「あのねーちゃんエエ性格しとるのぉ」
肩につかまって同じ映像を見ていた黄色いマスコット――タカアキが、感心と呆れが入り混じった口調で感想を口に出す。
喫茶店にいたウエイトレスは、人ごみに紛れて遁走に成功していた。
「やっぱ、人間性格の悪い奴ほど仕事ができて要領がいいってのは、真理やわ」
しみじみと肩で頷かれて、鈍くさい性格なために、せめてもと真面目のほうにパラメーターを振って、その結果イジメの被害に遭い、いまはこうして胡散臭いマスコットに半ば強要されて、魔法少女をやらされている立場の依智心としては、看過し得ない世間の理不尽に憤りを感じずにはいられなかった。
「……くっ。学園都市内の商店や通りには、幾つもの監視カメラや防犯センサーが網の目のように張られているはずなのに、なんでいつもADB相手には後手に回るんだろう?」
もっと早く一般人にもADB出現がわかれば、もう少し被害は少なく済むだろうに。
そんな依智心の疑問に、タカアキがこともなげに答える。
「ADBは高次元――ま、紙一重程度やけどな――生物やさかい、機械やこの次元の生物には認識できんのや。ただ、なんでかこの都市では何かの機会に人間の目に見えることがある。そうすると『こういう存在や』って固定され、この次元に適応するようになる。完全に適応される前に斃さんと、世界のバランスが崩れるわけや」
タカアキの説明を受けて、依智心は納得するよりも疑惑の視線をタカアキに向けるのだった。
「……タカアキも人間の目やカメラとかには映らないんだよねぇ? さっきのADBが増殖した場面、ノイズが走ったところなんてタカアキがキーホルダーから、今の姿に化ける時と一緒だよねー。前から思ってるんだけど、ADBとタカアキって同じモノで、ボクのこと騙していいように使ってるんじゃない?」
「なんでそうなるんや!? ワシはこの世界の神から遣わされた天の使いやで! ADBと一緒にせんといてや!」
心外だとばかり弁明するタカアキだが、依智心の疑念は晴れない。
「……ま、いいけどさ。敵の手先だとわかった時点で遠慮はしないから」
「脆いなぁ……ワシへの信頼、水に濡れたトイレットペーパーよりも脆いなぁ……」
嘆くタカアキに向かって、雑居ビルの屋上から屋上へと跳びながら――魔法少女に変身すると国際アスリート並みの運動神経を得られる――依智心は噛みついた。
「あたりまえだよ! だいたいこの格好はなんなわけ!?」
言いつつ漫画みたいに長いツインテールに手をやる依智心。
「可愛いやんけ」
「可愛くなくてもいいんだよ! 最初に説明なかったよね!? てゆーか、変身すると気のせいかウエストが細くなって、体つきにも丸みが出てくるんだけど、これって悪影響はないだろうね?」
「大丈夫や」
安請け合いをするタカアキ。
(……ま、思春期に何回も繰り返して変身してれば、精神的に女装趣味とか、肉体的にホルモンバランスが崩れるかも知れんけど、そん時はそん時やね)
「♪兄は夜更け過ぎに、ユキエに変わるだろう~♪」
「なにその唄……?」
「なんでもあらへん。そろそろADBが暴れているところへ着くで、戦闘準備や!」
「うん」
頷いてスマホをしまいながら、ふと依智心はタカアキに尋ねた。
「そーいえば、これ、どうやってADBを察知したり、ライブで映像を撮ったりしているの?」
「……知りたいか? 詳しい説明が欲しいんか?」
聞いたら二度と戻れんで? という含みを持たせたタカアキの問いかけに、
「あ、やっぱいいや。便利だから仕組みとかは、別に」
いじめられっ子として培われた勘でヤバみを感じて、素早く話を切り上げる依智心であった。
ご感想などお待ちしております。
イチゴちゃん君の武器は何がいいのか、いまだに思案中です。
面を制圧する必要があるので、刀とかは役に立ちそうにないため、やっぱり銃かなぁ……?
あ、スキルも持っている(ポイントで取得可能)の予定です。