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オッパイオムースのティンポッポソースがけを召し上がれ

3/16 全体の文章を整え、若干削りました。内容は一緒です。

「あれ?お兄さん、それ食って平気なの?生クリームで腹下すんだろ?」


パンをかじり、ナイフについたバターを舐めつつ、隣で白身魚のクリーム煮入りのパイを食っているベアドに話しかける。


背筋がスッと伸びて無駄な動きがなく、実にお上品な食い方だ。


「ベアドと呼べ。クリームは問題ない。ダメなのはオッパイオだ」


こちらを見ようともせず、イライラと返事をよこす。

悪いが、“悩殺☆お願いベアド”が有効みたいだし、名前呼びは温存させてもらう。

あと何回かは使えそうだしな。



死の運命星の件でごちゃごちゃ話し合った後、俺達3人は遅い晩飯中だ。

お嬢様らしい振る舞いのできない俺がいるため、リリアの給仕の下、俺の寝室で食っている。


「お兄さんオッパイ嫌いなの?」


「オッパイオだ!」


「何だよそれ?」


「昼に食べてたろ」


「どれが何かなんてわからず食ったしなぁ」


「ソースのかかった白い玉があったでしょ。あれはオッパイオのムースだよ」


向かい側に座ったおっさんが教えてくれる。


オッパイオはクリームのような色と味わいのフルーツだそうだ。

甘くトロリとした食感が生クリームそのもので、生でも加熱してもいい。

老若男女問わず人気だが、合わない奴は腹を壊すのだという。


ベアドが生クリームで腹を壊すと思っていた俺の記憶はちょっと違ってたな。


「すごいネーミングだな」


名付けた奴もすごいが、呼んでる奴もすごい。


「美味かったけど。あのソースってなんなんです?イチゴに似てましたけど」


「あれはティンポッポがベースのソースだね。ティンポッポは生だと青いけど、火を通すとキレイな桃色になるんだよ。オッパイオに合うでしょ?」


「ティンポッポ!?」


「大きな声を出すな」


ベアドがムスッと注意してくるが、無理だ。


「じゃ、俺はオッパイオムースのティンポッポソースがけを食ったのか?なんて、破廉恥なものお嬢様に出してるんだよ!」


おっさんはナイフとフォークをコトリと置き、厳かに語る。


「ルジンカちゃん。オッパイオもティンポッポも破廉恥なんかではないよ」


真っ直ぐに俺を見る瞳には、固い信念のようなものを感じる。


「そういうそしりを受けることはあるけどね。そういう時は相手の低俗な発想こそ破廉恥なんだと、胸を張らなければならない。それはフラボワーノに生まれた者の義務なんだ」


出会ってから今が一番侯爵様らしい。

堂々たる態度で説くおっさん。


昔、天候の乱れや事業の失敗で家が傾いたときに、このフルーツ達に救われたらしい。


領地の一部の地域で細々と育てられていたオッパイオとティンポッポ。

これを現地の呼び名のまま大々的に売り出したのだ。


インパクトのある名前と意外な美味しさで大ヒットし、傾きかけた家は復活した。


この2つのフルーツの可能性を見出したのは、その時の当主の父、サイード氏だ。

危険を冒して予知を行い、直近48年分の記憶を喪失。

老いた体で、心だけ30歳になってしまった。



巷ではオルパの実とか、ティルポの実とか呼ばれている。

しかし、彼の犠牲に敬意を示し、フラボワーノは正式名称をティンポッポにオッパイオだと譲らない。

名称変更の依頼をシカトし続けているため、公の行事のメニューにも採用されないらしい。

料理の紹介で真面目に言えば言うほど、下ネタ感が際立つもんな。


“ドスケベ侯爵”などと陰口を叩かれても耐えるのが歴代の当主達の定めなのだという。



「別の名前に変えたからといって、サイード氏の功績を否定することにはならないと思いますがね・・・」


魚のパイを食べ終え、モモフティの煮込みに取りかかっているベアドが、遠慮がちにつぶやく。

このままいけば“ドスケベ侯爵”の称号はこいつのものになる。

抵抗の一つもしたくなるだろう。


ちなみに、モモフティというのは、豚肉みたいな肉だ。コクがあって美味い。


「今さら無理だよ。破廉恥な名前だと認めることになるし、多大な功績を残したサイード氏が破廉恥だということになっちゃうからね」


首を振り、ため息をつくおっさん。

立派なこと言ってたが、やっぱり破廉恥だと思ってたんだな。


「しかし、販売拡大の好機を名前のせいで無駄にしているのは事実なのでは・・・」


ベアドの抵抗は続く。


「うーん・・・でも父上の遺言でもあるからね。少なくとも私の代では変えられないよ」


俺的には、金に困ってないならこのままでいいと思うね。

ぜひ若くてかわいい女の子に食べさせてみたい。


名前に戸惑いながら食べる姿もいいし、何も教えずに食べさせて、「おいしい」の言葉をもらってから料理名を教えて、動揺する姿を見るのもいい。


最初にこの名前をつけた奴は、絶対にエロい奴だろ。


「パパ。今のままでいいと思いますわ。素敵な名前だもの」


茶目っ気を出し、おっさんに加勢してやる。

おっさんはニコニコし、ベアドからはイラっとした空気が立ちのぼる。



「ところで、お前のテーブルマナーは最低だな!これからどうするつもりなんだ?」


ベアドが肉を切る手に力を込めながら言う。


「最低ってほどでもないだろ。ちゃんと食おうと思えばできるよ」


俺はデスクワークが多かったけど、上司や客と食事する機会もあった。

親戚やら同僚やらの結婚式とかにも出席してたしな。


テーブルの下で組んでいた足を下ろし、イスに浅く座り直す。

背もたれから背中を離して姿勢を正した。

ナイフをそっと動かして柔らかなモモフティの肉を切り、フォークで口に運ぶ。

ムシャムシャ咀嚼そしゃくしながら、どうだ、と言わんばかりにベアドを見る。


「やればできるじゃないか」という返事を期待していたが、ベアドの表情は厳しい。


「なってないな。全然ダメだ」


「どこがだよ?」


「全部だ。肉を切るときに下を向きすぎだし、ナイフの動きに合わせて体も頭も揺れている。

フォークを振って煮汁を振り落とすのも下品だ。

あと、顔がフォークを迎えに行ってしまっている。逆にしろ。噛んでる時しか顔が前を向いていなかったぞ。

切り分けた肉も大きすぎる。頬が膨らんでしまっているし、唇に当たっているから、紅が落ちてしまうな。

それと、噛んでいる時フォークもナイフも立てて握っていてバカみたいだ。

あごを大きく回しながら噛むな。

飲み込む時の音も大きい。肉を頬張りすぎているからだ」


たった一切れ肉を食っただけで、ダメ出しの嵐だ。


俺のテーブルマナーなんて、“ナイフとフォークは外側から使う”を知ってたらOK、ってレベルだからな。

ほとんどの日本の一般人はそんなもんじゃないの?



「たぶん、できないよ俺。そんなん言われても」



「あと、その話し方もいい加減に直せ。日頃から心がけないと、いざという時もできないぞ」


ベアドの小言は止まらない。


「あの予知が本当なら、2か月後にはお縄かもなんだろ。苦労してお上品になる必要あるのか?」


できるだけ蒸し返さないようにと思っていたが、やはり気になる。


「あの図が何を意味しているのか不明だ。先を見据え、最低限の礼儀作法くらいは身に付けろ」


反論は許さないといった勢いだ。


「ぱぱぁ~」


俺はおびえたように両手をすくめ、ウルウルとおっさんを見つめる。


「こらこら、ベアド。ルジンカちゃんが可哀想だろ」


本当にチョロいな、このおっさん。

ベアドは苦虫を噛み潰したような顔で、「37歳だろ・・」とぼやく。

聞こえんね。

俺はまっさらなんだろ?


「とりあえず、学校は早めに行くべきかもしれないね。今のルジンカちゃんを見る限り、一通りの礼儀作法が身に付くまで時間がかかりそうだし。今まで通りの生活をして記憶が戻るのを優先させた方がいいと思うよ」


「しかし、恥をかいて評判を下げるのはルジンカですよ・・・」


「記憶喪失なんだし、もうロイル様を追いかける必要もないからね。前みたいに完璧を目指す必要もないだろう」


がんばりすぎたんだよ、ルジンカちゃんは・・と、おっさんがつぶやく。


その姿には、変わってしまった娘を受け入れようとする覚悟のようなものが見えた。

威勢が良かったわりに、本心では現実を受け止めきれていない様子のベアドとは対照的だ。


おっさん、かっこいいな!


その姿に何か思うところがあったのか、ベアドもそのまま引き下がった。




「しかし、学校なんて何年ぶりかな?俺はモテモテなんだろうな」


たくさんの男にチヤホヤされる自分を想像するが、うまくいかなかった。

男どころか、女でも経験ないしな。


「・・・・モテたいのか?」


ベアドが何とも言えない顔で尋ねてくる。


「悪い気はしないだろ。モテるってのはいいものだと思うがね。たぶん」


「ロイル様を追いかけるのをやめれば、有象無象がワラワラ群がって来る。変なのに引っ掛かるなよ?」


微妙な表情のまま、釘を刺してくる。




「ルジンカちゃんとベアドが婚約してくれるのが、一番安心なんだけどねぇ」


おっさんの口から衝撃の単語が飛び出してきた。


「婚約・・・!?だって、一応兄妹なんでしょ!?」


マジかよ!

俺の動揺をよそに、おっさんは続ける。


「ロイル様と結婚しない場合は、ベアドと結婚することになっていたんだよ。実際は又従兄妹またいとこだしね。ルジンカちゃんの記憶の事情もあるし、予知の血統を守る上でも最良の選択だと私は思うよ」


血の力を守るには、定期的に親族結婚をする必要があるそうだ。


魔力を持たない者と子を作った場合、ひ孫の代には力はほぼ消える。

異なる魔力の者同士なら、子にすら受け継がれないか、一方の力のみがわずかに伝わる程度らしい。

そのため、通常結婚相手には選ばない。


「あれ?じゃあ、王子様と結婚なんて、元から無理じゃないですか?」


王族も魔力持ちだろ?


「血の魔法を浄化するんだよ。王家に伝わる秘術でね」


逆に王族が嫁いで来るときは、同様に力を浄化した状態で来るらしい。

対価の魔法が流出しないように。


浄化された魔力は子どもの力を高めるという。

親族結婚だけでは薄まる一方の力を、こうして保ってきたそうだ。



しかし、いきなり婚約とはなぁ。

心がついていかない。


「ルジンカちゃんてさ、お兄さんと結婚するのが嫌で、王子様追いかけてたりしてな?」


「・・・・・・・」


ベアドは俺をシカトして、最後のパンのカケラを静かに噛む。

婚約に賛成なのか反対なのか表情からは読み取れない。


まあ、嫌だったとしても父上の前では言えないよな。

中身が男になった妹同然の奴と結婚なんて、普通は絶対ナシだろ。



しかし、俺的にはこいつとの結婚は案外アリかもしれない。

ベアドなら俺の事情はわかってるし、このままこの屋敷で暮らせるわけだ。

口うるさそうだが、おっさんを味方につけていれば問題なさそうだし。


ただ、マジで心の準備が全然できてないから。

少なくとも、年単位の猶予は絶対に欲しいところだ。

男とヤル勇気を育まないといけないんだからな。


「もちろん、本決まりというわけではないけど、2人とも前向きに検討してみてね」


俺の心を読んだように、おっさんが言った。


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