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ベアドと屋敷ツアー

俺はしばらく学校を休み、お嬢様らしい教養とやらを身に着けるための教育を受けることになった。


満員電車からも仕事からも解放されて、生活の心配もなくなったしな。

しばらくゆっくり楽しみたいんだがね。

無限美ちゃんライフを。


3人での話もまとまり、とりあえずベアドに屋敷を案内してもらうことになった。

どこになんの部屋があるのか、見れば薄っすら思い出す程度にしかわかんないからな。


並んで歩くとベアドはかなり長身だった。

180㎝以上はありそうだ。

逆に俺の視界は下がり、床が近い。


「使用人に頭は下げるな。挨拶されたら、たまに目線を投げる程度でいい。不必要に笑いかけたりするのは絶対にやめろ」


ベアドが小声であれこれ注意をよこす。

サラリーマン人生の長い俺的には、人とすれ違う時は「ぉつかれーす」ペコッ、とやりたくなるのだが、よろしくないという。


使用人とお友達感覚で接すれば規律が乱れる。

適当な仕事をする者も現れ、ミスやさぼりを叱責すれば必要以上に逆恨みされる。

使用人同士の序列にも悪い影響を与えかねない。


余計な感情をお互い抱かないためにも、主人は雲の上の存在でいなければならないのだそうだ。


「使用人のことで何かあれば、僕か父上かリリアに言え。ルジンカは当分関わるな」


偉そうに指示を出す17歳。

新卒社員の上司の下で働く、年上バイトってこんな気分なんだろうか。

頼りにはなるが、ムカつくな。


使用人の皆さんは俺達2人を見ると壁際に寄り、静かに頭を下げていく。

こちらが反応しなくても当然という雰囲気だ。

なんかすげーな。

俺はマジでこんな生活してたのかよ。



つま先まで隠れる丈の長いスカートを履き、のそのそ歩く。


着替えの時は自分の生おっぱいにハァハァしててあんまり注意してなかったんだが、スカートの下にはフリルたっぷりのボリューミーな下着を着ている。


おかげで、スカートが足にまとわりつくことはないんだが、ちょっとでも段差があったり姿勢を変えたりすると、つま先の下にスカートが巻き込まれてくるんだよ。

うっとうしいことこの上ない。


よく見るお姫様とかの絵でさ、スカートつまんでるじゃん?

あれはドレスを見せびらかしてたわけじゃないんだな。

マジで転倒するから。

慣れれば布の揺れをコントロールして、最低限のつまみで動けるようになるらしいが。


でも、体はすごく軽い。

前の体は歩くたびに肉同士ぶつかったり、ブルンブルン揺れるのが当たり前だった。

もう、すっきり爽快だよ。

馴染みのタマもチ〇コも無くなったのは落ち着かないけどな。


お股に喪失感を感じつつあちこち見て回る。

ここは王都に滞在中に住むための屋敷らしい。

領地にはもっとでかい城があるそうだが、ここも充分でかい。


西棟にしむね東棟ひがしむねがあり、両側が廊下で繋がったロの字型で、3階建ての大きな屋敷だった。


メインは西棟で、中央のホールは3階までぶち抜く吹き抜けだ。

小さめの体育館くらいの広さがあり、舞踏会なんかはここでやるらしい。


1階はホールの周りにいくつもの部屋が設けられ、パーティーに来た客の休憩室や控室、同行した使用人や出入りする業者の控室として使用しているそうだ。

その他に、応接室や厨房もある。

大きな屋敷なので出入りする人間も多い。

1階はプライベートな空間という感じはないな。

2階は食堂、居間、談話室、サロン、応接室、各人の私室。

3階は上級使用人の部屋と、客用の寝室などだ。


名もなき空き部屋もたくさんあり、そういった部屋はサロンになったり、客間になったりと、状況に応じて使ったり使わなかったりらしい。

うっすら覚えている記憶がなければ、到底覚えられなかっただろう。


「どうだ?何か思い出したか?」


ベアドがヒソヒソと尋ねてくる。


「初日と変わんないな。見覚えはあるけどそれだけだよ」


「その話し方はいい加減に直せ。男丸出しじゃないか」


ベアドが眉をひそめる。


「急に全部対応できるかよ。転ばないように歩くので精一杯なんだよ!」


「できないからってやらなきゃいつまでも直らないだろ。すぐ直せ」


くっそ!簡単に言いやがって!


「お兄様のいじわるぅ!キ〇タマもおとれになったことのない方にはおわかりいただけませんわぁ」


足を止め、少し背伸びをして可愛らしく頬を膨らませてみる。

無限美ちゃんの悩殺☆プンプンだ。

どうだ、勃起もんだろ!?


ベアドは突然ラブリーになった俺に少しひるみ、顔をこわばらせる。

股間をチェックするが、残念ながら変化はなかった。


「・・・ベアドだ」


「はぁ?」


「ルジンカは僕をベアドと呼んだ」


「ここは、下品なこと言うなってつっこむとこだろ」


「・・・・男喋りに戻ってるぞ」


「はしたないこと言うなってぇ、ルジンカを叱って下さらないのぉ~?おにいさまぁ~ん」


「・・・前と同じにした方が自然だろ。記憶も戻りやすいかもしれないからな・・・行くぞ」


固い表情のままそう言うと、ベアドはさっさと歩いていく。

ノリの悪い奴だな。


「なあ、そういえば、ルジンカのお母さんはいないのかよ?」


歩きながら質問する。


「・・・・・」


「ねえ、おにいさま~ん!ルジンカのママわぁ~ん?」


「やめろ!しつこいぞ」


「なんだよ、怒るなよ」


少年をからかいすぎたな。


「もう何年も前から別居中なんだ。父上の前でその話はするなよ。泣くから」


「娘の一大事にも駆け付けないのかよ?」


「まだ知らないんじゃないか」


「こういうことは早めに伝えた方がいい気がするがなぁ」


ベアドは立ち止まり、少し考えながら口を開いた。


「自称37歳のお前にだから言うが・・・フーティーナ様・・ルジンカの母だが、娘にあまり関心のないお方なんだ」


別居というか、事実上の離婚らしい。

フラボワーノ侯爵家への関心はほぼ無く、もう戻って来ないだろうとベアドは語る。

おっさんは妻に未練があり、妻は侯爵夫人の肩書はそのままにしたい。

お互いの希望により、別居を選んでいるんだとか。


まあ、どんな家にもいろいろあるよな。



西の次は東棟を案内してもらう。


こちらはあまり見るものはないらしい。

でかいサロンがあり、あとは下級使用人の部屋や空き部屋ばかりだという。

隠し部屋があった空き部屋もその中の1つだろう。


慣れないドレスで歩き回り疲れた俺は、サロンのソファにドカッと座る。

お茶の一杯も飲みたいところだ。


光沢のある薄紫のカーテンのかかった窓からは、大きな中庭が見えた。

いつの間にか日は傾き、すっかり夕方だ。

起きたのが昼だったからな。


「そういえば、予知の内容を覚えているか?」


ふと思い出したようにベアドが言った。


「いや、全然。2人のことだって顔を見たとき思い出したからな」


俺の答えを聞くと、腕を組み考え込む。


「予知で得た情報は、記憶障害の影響を受けにくいんだ。混乱しててもそれだけは強く頭に浮かぶらしい」


6歳に戻った男も、当初は「悪い人が泥棒にくる!」と叫んで怯えていた。

実際にその数か月後、知人に金庫の金を盗まれたそうだ。

予知も普通に当たることもあるらしい。

結局、金を盗まれたなら役に立ってないし、男の人生にとってマイナスでしかなかったけどな。


記憶が乱れていると、逆に予知で見た光景は際立って思い出されるものらしい。

俺の場合、ルジンカとしての記憶はほぼない。

だから、予知の結果ははっきり覚えていても不思議じゃないとのことだ。


「わからんね。見たとしてもこの体の裸が強烈すぎてね。上書きされちゃったかもな・・・」


「まったく・・・!ルジンカはサキミールも飲んでいるからな。そっちに消されたのかもしれない」


「そういえば、何よ?サキミールって」


地味に気になってたんだよな。


「簡単に言うと、記憶障害を起こさず予知をするための薬だ。昔から研究されているんだが、今のところ、記憶障害しか起こさない欠陥品なんだ」


「捨てろよ、そんなゴミ!なんでルジンカちゃんはそんなもの飲んだんだよ!?」


対価薬たいかやくだと思って飲んだんだろ。多分」


「対価薬??」


「代償を払わずに魔法を使うための薬だ」


「そんなのあるのか!?」


「一応ある」


対価薬とは、王家の魔法“対価”の効果を、植物に移植して作られる秘薬だそうだ。

飲んでから魔法を使えば代償から逃れることが可能だが、とにかく管理が厳しく入手困難な貴重品らしい。

安全に魔法の効果を得る手段として、植物への移植は一般的な方法だという。


「ルジンカが昨日飲んだ回復薬やサキミールも、同じような発想でつくられたものだ」


移植には魔導草まどうそうという植物と、王宮の地下から汲む湧き水が必需品らしい。

もちろん、どちらもバッチリ管理されている。

代償を恐れる貴族達の魔法は、事実上王家のコントロール下に置かれているのだ。


「予知はずいぶん前から禁術だからな。申請さえできないんだ」


予知が禁術である以上、サキミールの存在は公にできない。

ルジンカは厳重に管理されていたそれを、対価薬と勘違いして飲んだ。

そして、予知による白昼夢か、記憶チェンジの衝撃でバランスを崩し、座っていたイスから転落。

せっかく見た予知は、サキミールの効果で消されてしまったのでは?というのがベアドの推測だった。


「まあ、覚えていないものは仕方がないな」


ベアドはあまりこだわってはいないようだ。

俺としてはちょっと残念だな。

どんなものか興味ある。



気づけば辺りはかなり薄暗くなっていた。

話し込みすぎたな、と周囲を見回し、


「おお!!」


俺は思わず感嘆の声を上げていた。


窓から見える庭の木の葉や草が光ってるんだよ!

薄い黄色や緑、オレンジなどがあり、夕闇の中でユラユラ揺れる様はめっちゃ幻想的だ。

驚きと同時に懐かしさが胸に広がる。


「すげー!綺麗だな!」


夜光種やこうしゅだ。なかなか見ものだろ?」


この光る葉の植物達は、フラボワーノ侯爵家と、ベアドの生家アントシア伯爵家とが祖父の代から共同で研究しているものの1つらしい。


昨日見た、水の入ったランプはその成果だ。

複数の夜光種の葉を特殊な方法で固めた、水蛍石すいけいせきと名づけられたそれは、水に入れると光り、乾かすと光は消える。

光り終わった部分から灰の様に崩れ、固まりは徐々に小さくなる。


握りこぶし1個分くらいの水蛍石で、だいたい3日くらい持つ。

水が光を増幅するのでかなり明るくなるそうだ。

火事の心配もなく、ロウソクに代わる光源として爆発的にヒットしているんだとか。


そういえば、俺の寝室にもあったな。

異世界の夜がロウソク頼りじゃないとわかって安心したよ。

火の扱いには慣れてないからな。






「よし、そろそろ戻ろう。すっかり暗くなってしまったな」


ベアドがソファから立ち上がる。


「ん?例の隠し部屋は行かないのか?」


俺の脳裏に再び光るはちがよぎる。


「別に行く必要はないだろ。二度と行くな」


ベアドの口調が鋭くなる。

まあ、あんな騒ぎを起こした後だし仕方ないのか。


「なあ、あのときの俺のゲロはどうした?」


「つまらない心配をするな。昨夜のうちに僕が処理した」


跡取り様、御自おんみずから夜なべしてお掃除かよ。

マジの隠し部屋だったんだな。


「ゲロの入った鉢はどうした?」


「鉢?ああ、もちろん洗って片づけたが」


「それ、もう一回見せてくれよ」


「はあ?なんでだよ」


「なんか気になるんだよな。あれ蛍光塗料とか塗ってる?」


面倒くさそうだったベアドが真顔になる。


「よくわからないが、あれは本当にダメだ。いわくつきだからな」


「なんだよ?いわくって・・」


「予知を行ったことのある者がのぞくと、死に顔が映ることがあるらしい」


「怖!!なんだよ、それ!」


想定外の答えにビビる俺。


「よく分かっていないが、長年あの鉢を使ってサキミールを開発していたそうだ」


「なんでお前らはそういう危険なものを後生大事にとっておくんだよ!捨てちまえよ!!」


「あれはすごく貴重なものなんだ。偶然とはいえ、魔法を植物以外の物に移植できた数少ない例だからな」


この世界の魔法は、物質への移植方法がまだ確立されていないらしい。


無限美ちゃんの死に顔か。

そんなの見たら発狂ものだよな。

少なくとも、新しい人生のスタートで見るべきものじゃない。

いつもの俺なら、100%ここであきらめる。


だが、この日の俺は違った。

よくわからないが、あの鉢が気になるんだよ。

見れないとわかったら、猛烈に!


「なあ、頼む!チラッとだけ見せてくれよ!どうしてもあの鉢が気になるんだよ。なんか光ってたんだよ」


ベアドに勢い込んで頼む。


「さっき自分で捨てろって言ってたろ!絶対ダメだ!」


「頼む!鉢が俺を呼んでるんだよ!」


「余計ダメだ!聞き分けろよ37歳!」


都合のいいときだけ俺をキムラヒロシ扱いしやがって。


「お願い、ベアド!どうしてもあの鉢が見たいの!」


両手を顔の前で組み、ウルウルと見上げる。

無限美ちゃんの悩殺☆おねだりをくらえ!


「・・・・・・・」


ベアドの顔から表情が消え、時が止まったように俺を見つめる。


「・・・今のはルジンカらしかったな・・・」


なぜか憂鬱そうに呟き、回れ右をする。


「ついて来い。そんなに見たいなら見ればいい」


こちらを一瞥いちべつもせず、今出てきたばかりの東棟に向かって歩き出した。

やっぱ無限美ちゃんはすげーよ!

悩殺おねだり、俺の必殺技にしよう!





「鉢は僕が持ってくる。ルジンカはここで待っていろ」


ご機嫌斜めのままのベアド坊ちゃまが、ランタンを手に床の隠し扉の中へ消えていく。

どうしても俺を隠し部屋には連れて行きたくないらしい。

まあ、俺は鉢が見れればそれでいいんだけどな。


10分ほどで布に包んだでかい鉢を抱えたベアドが戻ってくる。


「本当にいいんだな?」


布を外す前に、ベアドが確認する。


「うん、見せてくれ!」


布が取り払われ、鮮やかな水色の鉢が現れる。

ゲロったときは暗くて色までわかんなかったからな。

鉢の直径は40㎝以上ある。


意を決してのぞき込む。


「うーむ・・・」


何も見えなかった。

鉢の表面はマットな仕様で、反射した景色が映ることさえない。


「なんだ?何も見えないぞ」


角度を変えてみようと手をかける。

その時だった。


鉢の底が強く輝き、視界にいくつもの光の線が現れる。


「うお!?なんだ!?」


あまりの眩しさに手を離す。

すると光は一瞬で消えてしまった。


「どうした!?」


ベアドが緊張した顔で身を乗り出す。


「すっげぇ、なんだよ今の光!」


「光?何も見えなかったぞ」


予知したやつだけ見えるというのは本当らしい。


「よくわかんなかったな。もう一度・・・・」


再度鉢に触れると、さっきと同様に輝き始める。

が、眩しすぎて何も見えない。

目をすがめて鉢の角度を何度か変えてのぞくと、光の線も移動する。

なんか、見覚えがある。


これさ、プロジェクターじゃね?


俺は鉢の内側を壁に向けてみる。

すると・・・・


『☆死☆の運命星うんめいぼし』とタイトルのついた絵がでかでかと現れた。


「なんじゃ、こりゃ!?」


驚きで鉢を落としそうになり、必死で掴む。


「何か見えたのか?」


ベアドがジリジリしながら問いかけてくる。


「し、死の運命星だ」


「・・・なに!?」


「☆死☆の運命星が見える」


この絵、無限美ちゃんの『恋の運命星』の表紙に似てるな・・・


中心にドーンと大きく俺の顔があり、ご丁寧に【ルジンカ・フラボワーノ17歳】と説明がついている。

鏡に映った姿をそのまま張り付けたようにリアルな絵だ。


俺の絵の周囲には、黒い丸や男女の顔がぐるりと8つ並んでいる。

顔がある部分はこちらも名前と年齢付きだ。


これは・・・ヤバいだろ。

なんつー顔してんだよ。


似顔絵はバストアップの構図だ。

俺は真っ黒のだぼだぼした服を着ている。

肌は死人のように青黒く、泣きはらしたような目はうつろで、割れた唇から血がにじんでいた。

まったく精気がない。

長い黒髪は肩の上までの短さに切られ、ざんばらだ。

なにより気になるのは、俺の顔の上に、禍々《まがまが》しいほど黒くてでっかい×印があることだ。





「おい!ルジンカ、大丈夫か!?」


ベアドに鉢を奪われ、ようやく我に返る。

『☆死☆の運命星』は一瞬で消えた。


「すまん、大丈夫だ。あんまりびっくりしたんでな」


鉢をたたき割りそうなベアドをなだめ、今見た図の説明をする。

聞いていたベアドの顔はみるみる青ざめていく。


「とにかくその図を書き出してくれ。父上にも見ていただかなければ」


慎重に鉢を布で包み直し、2人で慌てて部屋を後にした。


3/15 全体の文章を整え、誤字訂正しました。内容は同じです。

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