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予知の一族

3/11 全体の文章を整え、ストーリーに関係ない部分を一部削除しました。

   

目覚めたのは翌日の昼過ぎだった。



寝室のソファに座る俺の前に、豪華な食事が並べられる。


メニューは、トマトリゾットみたいな赤い粥に、オレンジ色のソースのかかったハムらしき薄肉。桃色のソースに浮かぶ白い団子、水色のカットフルーツと薄紫色のジュースだ。


向かいの席には、おっさんとイケメンが暗い顔で座っている。


そう。

目覚めた後も、俺はルジンカちゃんの体のままだったんだよ。



なんか胸くそ悪い夢を見て、汗だくだった。

よく覚えてないが。


呆けてたらリリアさんに着替えを促されてね。


「体をおきしましょう」って。



上から見下ろした、ルジンカちゃんの純白ボディ!

フワリと香る血と汗と石鹸の匂い。

肌の上をシズシズと滑る、濡れたガーゼの感触。

不意にかすめて行く、リリアの指先。


究極のご褒美タイムだった。


人に触ってもらうのって、こんなに感じるんだな。



しかもその後、魅惑のおトイレ体験が控えていた。


便所は一応水洗だった。

タンクの水は人力で汲み足すんだろうな。

トイレットペーパーとかはない。

かわりに、裏面がタオルみたいにモサモサしてる肉厚な葉っぱで拭くんだ。


優しくな。


なお、ご褒美タイムのこれ以上の詳細は割愛させていただく。




女体のあれこれに興奮し、余韻にどっぷり浸かっていると、昨日の医者が現れた。

頭の傷は完治していて、抜糸まで終わってしまう。

回復薬ってのはすごいな。


感心しているうちに食事が運ばれてきた次第だ。


腹ペコだったから嬉しいけど。

できればもうちょっとエロスの余韻に浸りたかった。

飯を食ったら、是非ともおさらいタイムをもうけたいのだが。



「まだ、キムラヒロシとやらのままらしいな・・」


向かいの席のイケメンがボソリと言う。

昨日と比べて疲労の色が濃く、急に老けたように見える。


「あ、はい。なんかすいませんね」


昨夜はこいつらシカトして寝ちゃったし、若干気まずい。


「お前はルジンカなんだ」


「はあ・・」


話が進まないよなぁ、こいつらって。

まともに相手してたら朝飯が冷めちゃうな。

もう食っていいのか?


2人の前には食事どころか飲み物すらない。


「まず食事が先だな。冷める前に食べろ」


よっし!

食おう。


「それじゃ、いただきまーす」


見られなが食うのは微妙だが。

そういうの気にしてたら、俺のワガママボディは維持できなかったろう。

腹ペコだしたくさん食うぞ!


さっそくスプーンを手に、湯気の立つ赤い粥を口に運んだ。


「んん?」


・・・トマトリゾットにパイナップルジュースを入れたみたいな味だ。

野菜の欠片と魚介が入っているのか、出汁がしっかりと出ている。


「美味いけど、パインはいらないな」


あとこれは米じゃない。

もっと細かい穀類だが、よくわからない。


オレンジ色のソースのかかった薄肉も一切れ食べる。

こちらも熱々だ。


「おお!うまい!」


鶏ハムなのかね?

臭みがなくて、しっとりと柔らかく味が濃い。

オレンジ色のソースはクリーミーな玉ねぎドレッシングが近いだろう。

これは白米にもパンにも合うな!

4切れしかないが、もっと食いたい。


次は、白い団子にスプーンを伸ばす。

ボソボソしている表面が固そうに見えたが、意外にもネットリと柔らかいクリーム状のミルクプリンだった。

桃色のソースは、濃い紅茶に苺ジャムをたっぷり入れたみたいな味だ。

香り高く、かつ苦味と酸味が絶妙で、濃厚なプリンと相性抜群だ。


「うん、これも美味い!しょっぱい系かと思ったな」


俺好みだ!



次は水色のフルーツ。

珍しいよな。

そんなんあったか?

フォークに刺し、口に放り込む。


「苺だ!?」


こちらも苺の味だった。

円柱形にカットされているから、元はバナナとかキュウリみたいな形なのかもな。

汁気たっぷりで、味も香りも申し分ない。

でも青い果物ってなんだかな。

赤い苺の方が断然好みだね。



薄紫のジュースを一口。

これは予想通り、葡萄の味がした。

甘さ控えめでさわやかだ。




一通り食ったけど、どれもすごく美味かった。


そして、なんというか不思議な懐かしさのある味わいだった。

子どもの頃によく家族と行った、今は潰れた洋食屋の飯食ってるみたいな。


ただ、やっぱりこの体は少食すぎるよ。

まだ3分の1くらいしか食ってないのに、なんか腹いっぱいだ。

味見で満腹とかありえんだろ。

普段何食ってたんだ?ルジンカちゃんは。


俺はフォークを置き、ジュースを飲んで朝飯を終えた。




「もういいのか?」


イケメンが問う。

その隣では、おっさんがほうけて宙を見ている。

目がヤバい。


「はい。ごちそうさまです。めっちゃ美味かったです。すいませんね、残しちゃって。この体は少食みたいで」


「・・・・・・」


イケメンはシカトだった。

暗い顔で、俺の食いかけの料理を見つめている。


横から現れたリリアが食器を下げ、3人分のお茶を入れ始める。


その様を見ていたら、ゲロの中で光っていたはちが頭をよぎった。

食う前に思い出さなくてよかったな。


「まず・・・くどいようだが、お前はルジンカだ」


ようやく口を開いたイケメン。


「へえ・・」


頑なな連中に真っ正面から否定したってムダだからな。

もう訂正はしない。


「ちゃんと聞くんだ。キムラヒロシというのはお前のたましいが、以前にめぐった人生の記憶だ」


「はぁ・・・??」


「お前は重度の記憶障害を起こし、魂の中の記憶の順番が変わったんだ。ルジンカの記憶はキムラヒロシとして生きた37年間の向こう側へ行ってしまった・・・おそらくだが」


なんじゃそりゃ?


「えーと・・・じゃあ、俺はルジンカちゃんの前世ってこと?」


「正しくは違う。お前はルジンカだ。キムラヒロシの記憶を持ったルジンカなんだ」


いや、一緒だろ・・・・待てよ?



それじゃあ、やっぱり俺は死んだのか!?



「な、なあ、ここは何処どこなんだ?」


「お前の家だ」


「じゃなくて、場所は?国とか!」


「エラグリグナの王都ポリカオーカだ」


「・・・・俺は日本人なんだ。日本は知ってるか?」


「知らないな。少なくとも聞いたことはない」


「・・・・・・」


俺はまだ、この状況に答えを出せていない。

夢にしてはリアルだし、現実だとしたら元の世界じゃないだろ。


エラグリグナなんて国聞いたことないし。


日本を知らないって、流暢りゅうちょうな日本語で答えたからな。

マジで異世界来ちゃったか?


「ルジンカ。何か覚えていることはないのか?なんでもいい。どんなことでも!」


イケメンが身を乗り出すように問う。

その目は真剣そのものだ。


おそらく、ルジンカは大切な存在だったのだろう。

よく見れば顔が少し似てるな。

無限美ちゃんに。


いや?

そういえば・・・!?


「覚えているというか、見覚えのあるものが多い気はするな。家とか、この部屋とか」


「本当か!?」


「うん。あの隠し部屋?あの辺でかくれんぼした覚えもあるな。ガキの頃に・・・」


「おお!」


「あ、あと君、お兄さん」


俺はイケメンを指差す。


「君のこともなんとなく・・・ルジンカちゃんの従兄弟だったりする?生クリームで腹壊してたよね?」


イケメンの切れ長の目が見開かれ、みるみる潤んでいく。


「・・・そうか・・・そうか!!覚えていたんだな!!ちょっと違うが・・・」


目頭を押さえ、うつむく。



「ル、ルジンカちゃん!!パパは?パパのことは!?」


ずっと呆けてたおっさんが、突如身を乗り出して叫ぶ。


「ああ・・ルジンカちゃんのお父さんですよね?」


「覚えてくれてたの!ルジンカちゃん!!おお!・・・グスン、グスン・・オオオ~ン!!」


いや、自分でパパ連呼してたじゃん。

まあ、一応親父のような気はしてたが・・。



「やっぱりお前はルジンカだ!」


イケメンは何度もうなずき、自分の言葉をみしめている。


俺はなんだか置いてけぼりの気分だ。

知りたいこともたくさんある。


「・・・俺はこれからどうなるんだ?」


泡のように消えちゃうとかなら怖すぎる。


「どうもならないねぇ・・。予知による記憶障害は病気とは異うんだ。魔法の代償だから元には戻らない」


おっさんが涙をぬぐいながら答える。

魔法とかオタク的にはそそるワードが出たが、今はそれどころじゃない。


「じゃ、俺は死ぬまでこのままってことですか!?」


「そうだね、このまま・・・シェイラも治らなかったし・・ウッ・・ウウ・・」


再び悲嘆ひたんにくれるおっさん。




イケメンが後を引き継ぎ、大まかな状況を説明してくれた。

聞いた話によるとこうだ。



まず、俺の名前はルジンカ・フラボワーノ。

年齢は16歳。


おっさんはルジンカの父親で、クラウド・フラボワーノ。

侯爵様らしい。

ルジンカは彼の一人娘だという。


イケメンの名は、ベアド・フラボワーノ。

年齢は17歳。


こいつは従兄弟ではなく、兄だった。

又従兄弟だったのが、跡取りとして1年前に養子に来たそうだ。


おっさんとベアドの父が従兄弟いとこ同士で仲も良く、祖父の代から共同で事業も行っていたとか。


ベアドは以前から跡取り候補として頻繁ひんぱんに出入りし、ルジンカとも実の兄妹のように仲が良かったらしい。



この国の王族と一部の高位貴族は、血に宿る魔法を代々受け継いでいる。

魔法の使用には大きな代償が必要で、人生を狂わせたり、最悪命を落とす。


だから、気軽には使えないし、実用性に乏しいものが多いという。


魔法は高貴な生まれであることの証明、ステータスとしての意味合いが強いらしい。

昔は全ての貴族が魔法持ちだったが、時代の変化で魔法を持たない者も貴族に加わるようになったためだ。


魔法の一族は、王家を含め全部で10。

現在では2種の一族が貴族社会から脱落し、8つしかないそうだ。



フラボワーノ侯爵家は、その中の“予知”の力を受け継ぐ一族の本家だ。


予知の代償は、記憶障害。


症状には個人差が大きいらしいが、昔の記憶が消えるというのが、最もラッキーなパターンなんだとか。


重症の場合、

・赤ん坊や子どもに戻る

・新しいことを覚えられなくなり、予知の直後の数分間を死ぬまで繰り返し続ける。

・記憶の時系列がメチャクチャになり、急に泣きだしたり、走りだしたり、排せつしたりと、人と違う時間の中から抜け出せなくなる

・今世と前世の記憶が混じりあり、己を見失い心が壊れてしまう者。


など、悲惨な例がいくつもあるらしい。


数ある魔法のなかで、一発で廃人になるようなリスクを背負うのは予知だけだという。

未来を見るのはそれだけ罪深いってことかね。



俺と同様の例もあったらしい。



冥途めいどの土産に予知を試みた90歳のじいさんが20歳の娘になってしまったり、

酔った勢いで予知を試みた50歳の男が、自身の子ども時代とは異なる6歳の少年になってしまったこともあったという。


「そいつらはどうなったんだ?」


「娘になった者はその日のうちに自殺。子どもになった者は何年かして深刻な家庭内暴力を起こすようになり、面倒を見切れなくなった身内に殺された」


「マジか・・・」


「子どもになった方は、言動からこの世界の人間ではなかった可能性があるらしい。まあ、子どもの話だが。あと、失う前の記憶を思い出すことがあったそうだ。幼い心では受け止めきれず、暴力に拍車がかったみたいだな・・・・」


「・・・元に戻った奴は1人もいないのか?」


複雑な気持ちで聞く。

戻った場合、俺はどうなる?


「・・・・記録にはないな」


イケメンこと、ベアドは弱々しく首を振る。


「ルジンカちゃんの記憶は消えたわけじゃないんだよ。さっきみたいに思いだすこともあるかもしれない・・・でも、君の意識がルジンカちゃんに戻るとは思えない・・思考の根底は常にキムラヒロシなわけだから・・・」


うなだれていたおっさんが言い添えた。

ガックリと肩を落とし、流石に気の毒だ。

一人娘は死んだも同然だしな。


室内に重苦しい沈黙が訪れる。

最悪だな、完全に招かれざる客じゃねーか。

俺は今後、この空気の中で生きていくのかよ。


「あ、あの・・・なんでお嬢さんは魔法なんて使ったんですかね?」


いたたまれなくなって口を開く俺。

こうなったのは俺のせいじゃないぞ、というアピールでもある。


顔を見合わせる2人。

応えたのは苦い顔のベアドだった。


「恋愛がらみだろうな、多分・・・昨日は学校を早退している。通常なら僕に一声かけて帰るはずだがそれもなかった。昼休みにロイル王子と口論している姿や、バラ園の花を蹴散らしている姿を目撃されていらしい。ただならぬ様子だったと」


「殿下と口論?ルジンカちゃんが!?」


おっさんが驚きの声を上げる。


なんでもロイル王子っていうのは、ルジンカの片思いの相手で、この国の第2王子だそうだ。

金髪碧眼の美貌の持ち主で、女にモテモテらしい。

ルジンカも幼い頃からぞっこんで、おっさんも婚約に向けて尽力したようだが難航していたという。


フラボワーノ侯爵家は国内有数の大貴族だという。

第2王子どころか王太子の妻にだってなれたルジンカは、ちっとも進まない縁談にジリジリしていた。


ロイルはルジンカと同学年で同じクラス。

最近、そこに強力なライバルとなる令嬢が現れて、家でも学校でも殺気立っていたそうだ。


帰宅後部屋に一人で閉じこもり、晩飯も食わずに寝てしまった。

心配したベアドとおっさんが見舞いに行くと、部屋はもぬけの空だった。

すでにネグリジェに着替えた後だったので外には行っていないだろうと、屋敷内を捜索していたらしい。



ロイル王子、バラ園・・・花を蹴散らす・・・・なんか心当たりがあるな・・・


確か今朝そんな夢を見た。


「・・・・ロイル様・・・・・・・・・・・だっけ??」


俺の呟きに、ベアドがハッと視線をよこす。

その眼差しは鋭い。


「ロイル様を覚えているのか・・??」


「いや、なんかそんな夢を見たような・・よく覚えてないけど俺は女になってて、男と痴話喧嘩して、花をメチャクチャに踏みつけてたな」


「それは多分、実際の記憶だ。お前の目撃情報とも一致している」


ベアドの表情はさらに険しくなる。


「蹴散らした花は、ルジンカがロイル様のために育てていた花だ。きっとよほどの事があったんだ」


宙をにらむ瞳に、静かな怒りが燃えている。


「ふられて、危険な予知で恋占いしたのか」


女は占いが好きだからな。



「ごめんよ、ルジンカちゃん・・・婚約のこと、陛下の了解はいただいていたんだ。ただ、あまり強引に進めてもよくないかと、余計な気をまわしたせいで・・・・・」


号泣するおっさん。


「父上のせいではありません。ロイル様も酷なことをなさる!その気がないならさっさと断ればいいものを・・ズルズルと引き延ばし、期待をあおってから落とすとは!」


ベアドは怒りが収まらない様子だ。


しかし、王子様が相手とは、さすがは侯爵令嬢だよな。


前世じゃ無限美むげみちゃんを追っかけて、無限美ちゃんそっくりの美少女に生まれ変わったと思えば、今度は王子様を追いかけていたのか。

つくづく俺って追うのが好きなんだな。


来世はそのイケメン王子様そっくりに生まれるのかな?

それなら楽しみではあるが・・・

だが、その理屈だと俺の前世は何を追っかけてたんだって話になるからな。



「時を元には戻せない・・・・いい機会だったと思うしかないのでは?」


大きくため息をついたベアドがぼそりと言う。



「ルジンカは大きすぎる代償を払いました。でもおかげでロイル様への恋心を手放すことができた。ルジンカは昔からロイル様にのめり込みすぎというか・・・なかなか相手にされず、いつも満たされなくて苦しそうでした。これを機にまっさらな心で再出発できるでしょう?」


おいおい、何言い出すんだよ!

まっさらじゃねーよ!

俺が中に入ってんだぞ!


さすがにおっさんも同意しかねるようで、「うーん」と首をひねっている。


「父上。こいつはルジンカです」


ベアドは真っ直ぐに俺を見ている。


「記憶がどうであろうと、魂も体も変わったわけじゃない。これまで通り、ルジンカのままだ。大切な家族。それだけで充分でしょう?」


清々しいほどきっぱりと言い切る。


「・・・何度も言うけど、俺は37歳のおっさんだから。この体の裸にムラムラあふ~んって、興奮しちゃってるんだよ?絶対に、君の知ってるルジンカちゃんとは別物だね」


変な幻想抱かれても応えられないからな。

はっきり言う。

だが、こいつにはひびかなかったようだ。


「キムラヒロシはもうとっくに終わった人生なんだ。今度こそ自由になれ。それに、女性にだって性欲があるのは普通のことだ。ムラムラしたければすればいい。毎日見るんだから裸なんてすぐなんとも思わなくなる」


「君、すげーな・・・・」


ベアドの瞳には迷いがない。

何が何でも俺はルジンカということにするらしい。


「あと、僕のことはこれまで通りベアドと呼ぶんだ。他人事みたいに“ルジンカちゃん”なんて言うのもバカみたいだからやめろ。“私”と言うんだ」


やりとりを聞いていたおっさんの目に、何故か輝きが戻ってくる。


「そ、そうだね・・・!ルジンカちゃんはルジンカちゃんだ!何も変わらない!大丈夫だ!!」


流されるなよおっさん!!


「時間はかかるかもしれませんが、少しづつ日常を取り戻していきましょう。ルジンカもそれでいいな?」


2人は力強く手を握り合う。

ルジンカちゃんのこと好きすぎだろ。

なんせ、無限美ちゃん激似の超絶美少女だからな。

俺達3人は似た者同士だったのかもしれない。

血は争えないってやつだ。


体を乗っ取ったとか、ルジンカを返せとか言われなくて一安心だよ。

右も左もわからない異世界だからな。

家族に友好的に迎えられるならそれがベストだろ。


「そうだ、言っておかなきゃならないことがある」


ベアドが思い出したように口を開いた。


「予知は禁術なんだ。使ったことがバレるとまずい。記憶喪失はごまかせないが、37歳の男だの、異世界にいただのということは絶対に伏せるんだ」


「なんだそれ?予知の一族を名乗ってるのに禁止なのかよ?」


「代償が大きい割に、しょっちゅうはずれるからな。世の中を混乱させるって理由で禁術になったんだ」


「はずれたら予知じゃねーじゃん!あんたら記憶をドブに捨ててんのかよ!」


予知で見るのは、予知をする前の未来なのだそうだ。

未来を知り、そこに記憶障害も加われば、当然行動も変わる。

自分より後に予知をした者がいれば、そこからさらに未来は変わる。


「変更不可能な未来なら見る意味ないでしょ?役に立つこともあるんだよ」


おっさんもベアドを援護する。


「そうでしょうけど・・・そもそも、予知って具体的には?」


「臨場感のある白昼夢だというな。何を見るかは運次第だが、基本的に自分が体験する未来がほとんどだ」


「見たい未来が自由に見れるわけじゃないのか?」


「危険すぎて練習ができないからな。みんな本番一発勝負になるから運まかせなんだ」


クソスキルじゃねーか!


「どうやって使うんだ?呪文とか唱えるのか?」


うっかり使っちゃったら大変だからな。

だが、俺の質問に2人は眉を吊り上げる。


「絶対使っちゃダメだよ!!」


「お前には教えん!!」


俺は慌てて言い添える。


「使う気はないよ!でも、知らずにうっかり使っちゃったら大変だろ?」


「うっかり使うことなんてありえない」


教えてくれる気はなさそうだ。

でも気になるよな。

無論、使う気はないが。

一応魔法だろ?ぜひ知りたい。


「ザックリでいいから教えてくれよ。モヤモヤすんだろ」


「・・・・尻の穴と舌を決まったリズムに合わせて動かしながら、定められた旋律で声を出すんだ。偶然で成功するものではないと思うが、絶対に試すなよ?」


「試さねーよ!バカじゃねーの!?」


さすがだな。

クソスキルに相応しい発動方法だよ。


「この世界の魔法はみんなそんなんなのか?」


「発動方法はそれぞれだと思うよ。尻を使うのはうちだけだと思うけど、そういうのは秘密なんだ」


イメージしてた魔法と全然違う。

しかし・・・


「ルジンカちゃんはそれやったのか!」


俺の頭の中は、破廉恥はれんちなポーズの無限美ちゃんでいっぱいになる。

後で鏡の前でやっちゃいそうだ。


「つまらないことは考えるな。絶対やるなよ?」


ベアドがイラっとした声を出した。





とりあえず俺は、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になったという設定で行くことになった。


魔法というのは、本来持ち主の権利であり尊さの証明だ。

それを王命で禁じるにあたり、予知の一族は様々な特権をもらっているらしい。


「だから、バレたらパパ困っちゃうんだよ。うるさいのがいっぱいいるからね」


貴族同士の足の引っ張り合いとか色々あるんだろう。


「ただでさえ、記憶障害になる人間がしょっちゅう出て評判が悪いんだ。階段から落ちたなんて、誰も信じないだろうが・・・押し通すしかない」


頑張ってお嬢様らしくしてくれ、ということだった。



それにしても、キモデブ婚活オタリーマンから、若く美貌の侯爵令嬢への華麗なる転身か。

地位も財産もあるイケメンになって、無限美ちゃん似の女の子とイチャコラできたら申し分なかったけどな。


これはこれで悪くない。

絶対人生イージーモードだろ?


結婚相手が男ってのがネックだけどな。

まあ、せっかくなのでいつかはしたいがね。セッ〇スも。

前世は童貞で死んでるんだし、せめて今世では経験したい。


だが、無限美ちゃん同然のこのボディを他の男に渡すのは複雑だな。

そこはおいおい考えるとして、まずは俺がじっくり調べる必要がある。

この体の秘密を!女性の素晴らしさをな!


意外と俺は前向きだった。


元の世界のことはもちろん気がかりだ。

なんの覚悟もないまま死んだし。

でも、今は、お嬢様ライフへ期待の方が大きい。


こうして俺は第二の人生のスタートを切った。


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