つぼみ
ベアドは青かった。
地球ほどじゃないだろうが。
ロイルに視線をひたりと据え、扉の前で仁王立ちしている。
「おはようございます、朝立ち様・・いえ、失礼しました。ロイル様。お話はお済みですか?」
いきなり喧嘩を売った。
「・・・いつから居たのかと聞いたのだが?」
「マンティコ、マンティコと朝っぱらから絶好調なご様子でしたね。娶る気もない女のパンツをのぞき、朝立ちだ、フル勃起だと、長々エロ話を楽しむとは高等テクニックすぎて言葉もございません」
「・・・殴るぞ」
ロイルの眉間に思いっきりシワが寄る。
めっちゃキレてんな、ベアド。
パンツの話とか超序盤なんだが。
マジでいつから居たんだよ。
「お兄様、やめて下さい。なんでここにいるんです?」
「お前の様子を見るために決まってるだろ。カバンを放り投げてロイル様を追いかけているのが見えたからな」
「え?お兄様、どこにいたんです?」
「校舎の窓から見ていた」
お前、何時に学校来たんだよ。
「ほとんどストーカーだな」
吐き捨てるようにロイルが言う。
悪いが同感だ。
「ずっとそこで盗み聞きしていたのか?」
「扉の外で待機するべきか迷いましたが、パンツがどうのと叫び声が聞こえたので立ち会いをさせていただきました。万が一、この場でお食事を始められるようなら、お止めしなければなりませんから」
「食事・・・・?始めるわけないだろ、こんなところで!」
「ロイル様はわずかな時間でパンツを見る上級者ですから。バラ園で貴方がルジンカの胸を揉んでいたという噂もあるんだ!」
「事実無根だ!」
パンツは見たろ。
パイ揉みの噂は、俺が揉んでるのを見た奴の証言が変化したんだろう。
キスをしたのが俺からロイルに入れ替わって広まっているのと一緒だ。
ベアドの足元にはカバンが2つある。
1個は俺のか?
俺がカバンを落とすのを校舎から見て、追っかけてきたライラから回収して、俺がロイルにパンツを見せるまでの間にここまで来たのか。
急げば可能かもしれないが・・
いつ来るかもわからない俺にあわせて、早々登校してるのもどうなんだよ?
ずっと窓から見てたのか?
ベアドのせいで、さっきまでのロイルとのトークの余韻が消し飛んだな。
「あの、お兄様!カバンありがとうございます」
とりあえず、ギスギスした空気を変えようと、ベアドに駆け寄った時だった。
フワリと立ち昇った香りに、思わず足が止まる。
懐かしいというか・・・
なんか不安が先立つ香りだ。
別に悪い匂いじゃないんだが。
むしろ嫌いじゃない。
これなんだっけ?
「どうした?」
「・・いえ、別に」
まあ、後で聞くか。
「今日はなぜ、こんなに早く来た?」
「・・・たまたま目が覚めたんで。お兄様こそ早すぎません?」
「たまたまだ」
ベアドは気まずそうに俺から目を逸らし、ロイルに向き直る。
「今後はこのようなひと気のない場所にルジンカを連れ込み、下着をのぞくなど、卑猥な行為に及ぶことを固く謹んでいただきたい。ルジンカは貴方に夢中かもしれないが、決して貴方のものではない。我が物顔で雑に扱われる謂れはありません」
声を荒げはしなかったが、強い怒りに満ちた言葉だった。
ロイルの顔がいっきに険しくなる。
「場所の選定において、思慮が足りなかったことは認めよう。だが、ルジンカを軽く扱ったつもりもなければ、故意に下着を見たわけでもない。あまり適当な事を言うな」
「やはり見たのか・・」
ベアドが低く呻く。
パンツに心が囚われてるな。
「そういうお前こそ、ルジンカを軽んじていないと言えるのか?昨日の食堂でルジンカにいったい何をしていた?」
結局、セクハラ疑惑を問い質すロイル。
俺のパンツは見せ損だったな。
「昨日の食堂・・?」
ベアドがいぶかしげに眉をひそめる。
最初は扉の外にいたらしいからな。
自分にスカート捲りの容疑がかけられていることは知らないようだ。
俺はそれとなくロイルの視界から外れる。
自分のスカートをちょっと持ち上げ、ロイルが言わんとすることをベアドに教えてやろうとして・・・
やめた。
「・・ああ。もしかして、タワワーナを渡したことですか?」
ベアドの言葉に、ロイルが小さく目を見張る。
「別件だが・・・それも聞き捨てならない。なぜあんなものをルジンカに見せた?」
新たなセクハラ案件に、ロイルが語気を強める。
・・・薄々気づいてはいたが。
ベアドを生贄にすると、ロイルは俺に優しくなる。
自分を好きだって言ってくれた娘が変な男にひっかかってたら、普通は心配して助けてやりたくなるだろ?
今日だってわざわざ時間とってくれたし。
俺はロイルに心配されたい。
まあ、厳密には俺ではないんだが、もう、その辺は自分でもよくわからない。
ベアドの容疑が晴れたらどうなる?
ロイルは安心して俺を託して終わりだろ。
バラ園でそれに気づいたから、ベアドをディスったんじゃなかったか。
このままじゃ、俺は朝に挨拶しに来るだけの奴だ。
もちろん、それで俺の情緒が落ち着けば何の問題もないんだが。
むしろ、それが一番だ。
でも現時点では、ロイルに心配されたいんだよ。俺は。
先のことなんて関係ない。
情緒は落ち着かないかもしれないし、もう朝から泣きまくりで疲れたからな。
なので、ベアドはクソ野郎であることが望ましい。
だが、事実無根の罪を着せて踏み台利用できるかというと、そんなことは無理だ。
ベアドもおっさんも家族だからな。
短い付き合いだが、俺にとってはすでに大事な存在だ。
異世界での拠り所とも言える。
ロイルの関心を得るためとはいえ、そう簡単には売れない。
まあ、ちょいちょい売ったが。
無意識に。
ベアドを売らずにロイルに心配され続けるには・・・・
「お兄様。やっぱりロイル様に本当のことをお話しましょう」
改まって言った。
「・・・何を話す気だ・・?」
ベアドの顔に緊張が走る。
予知のことだと思ったのかもな。
「このまま、お兄様が破廉恥な人のように誤解されては心苦しいので・・」
切れ長の瞳をジッと見つめて言う。
とりあえず俺に話を合わせてほしい、そう目で訴える。
「なんだ?本当のこととは」
ロイルが問う。
「実は、私、兄から性教育を受けることになったんです」
「「なに!?」」
2人が同時に俺を見た。
「私から頼んだんです。なかなか言い出せなくてすみませんでした。恥ずかしかったので・・」
「性教育だと・・!?」
ロイルがすごい目でベアドを睨む。
ベアドは渋い顔で俺を見た。
「ええ。まだ本当に始めたばかりですけど。タワワーナを教科書代わりに」
「もっと相応しいものがあるだろ。あんなものが教材では混乱するだけだ!」
声を荒げるロイル。
ベアドはしかめっ面でだんまりだ。
俺のアイコンタクトが通じたようだな。
「タワワーナ以外の本も借りていますわ。『吊るされ男』とか・・ご存じです?」
「発禁本じゃないか!」
あれ、発禁本なのか。
確かにエロかったが。
「食堂でスカートを捲っていたのも性教育の一環です。あれくらいじゃ子どもはできないということを教えてもらっていたんです」
俺は続ける。
「昨日は、ベッドインの練習もしました。兄とベッドに並んで横たわり、見つめ合い、抱き合って。兄がエッチな本を読み聞かせてくれて・・確か、『揺れ蕾』とかいうタイトルの」
「発禁本じゃないか!」
あれも発禁本だったのか。
ロイル様詳しいな。
「私、あんまりドキドキして・・・思わずマンティコの実が食べたくなっちゃったんです」
頬を押さえて恥らってみせようとしたが・・・なんか、できなかった。
説明ついでに思い出した、ベアドへの発情の記憶がザラつき、俺のテンションはだだ下がりになる。
これはロイルへの気持ちと相反するものだ。
そんな当たり前のことに気づいた。
「・・・侯爵はこのことを知っているのか!?」
「はい。ベッドには父もインしておりましたので」
最後ベッドに飛び乗ってたしな。
ベアドをしばくために。
「親子3人が川の字で発禁本を・・・!?」
ロイルが絶句する。
「でも、その後が大変でしたが。兄は嫉妬に狂った父に撃ち殺されかけて、結局アントシアに短期追放処分になってしまって・・」
「・・本当に侯爵は性教育を許可しているのか?」
「もちろんですわ。じゃなきゃ、立ち合いを頼めません」
「そうだな、一緒にインしてるからな・・・しかし・・」
難しい顔でうつむくロイル。
きっと、俺を心配してくれている。
ベアドは実の兄でも婚約者でもない。
いかに仲が良かろうと、性教育を受けるにふさわしい相手のはずない。
いつ間違いが起こるかわかんないからな。
その時、俺が傷つくことを心配しているんだろう。
・・・優しい奴だよな。
喜びと苦い罪悪感が湧き上がった。
こんなやり方で気を引くのは、本当はインチキだ。
だが、ベアドのセクハラ疑惑もとりあえずクリアだ。
完全にではないだろうが、むしろ、それがいい。
「パパも性教育に賛成してくれてますよね?お兄様?」
ずっと黙って俺を見ていたベアドに、賛同をうながした。
「・・・・そうです。父も了承済みです・・」
話を合わせるベアドの声には覇気がない。
が、すぐにいつも通り、滑らかに語りだす。
「さすがに最初からベッドインはハイレベル過ぎたので、次の授業では難易度を落とします。人形の服を脱がし風呂に入れさせる予定です。教科書は『漏れ蕾』です。その次の授業では、ティンポッポの丸かじりをさせる予定です。教科書は『熟れ蕾』ですかね」
「殺されかけたのにまだやるのか・・?」
「ルジンカのためです。慣れてきたら、テーブルの足に靴下とパンツを履かせ、脱がしたり履かせたりを繰り返す訓練をします。『蒸れ蕾』を読み聞かせながら」
それ、お前の趣味だろ。
「蕾はシリーズものなんですか?」
「そうだ。揺れ、漏れ、熟れ、蒸れ、枯れの、全5部作だ。さっき、発禁本と仰っいましたが、それは正しくありません。発禁になったのは最終巻の『枯れ蕾』のみです」
後半の説明はロイルに向けてだ。
「そんなことどうでもいい。なぜ教科書が全て発禁本なんだ!それに授業内容がひどすぎる。人形を風呂に入れたり、テーブルに靴下をはかせたりする練習が、なんの役に立つというんだ」
「だから、発禁本ではありません。よりよい本番を迎えるためには、影の努力はつきものです。一見無駄に思えても、回り道を避けた練習ではそこそこの結果しか残せません。それと、授業には全て父が立ち会います」
真面目に答えたベアドをシカトし、ロイルが俺に問う。
「なぜ急に性教育など受けようと思った?それもベアドから・・」
その辺は考えてなかった。
そもそも、ロイルに性教育を受けてるってアピールするのが目的だからな。
本当に受けてるわけじゃない。
だが、口が動いた。
「初夜にロイル様を思って泣かないためです」
ロイルがハッと俺を見る。
青い目が胸に刺さった。
「・・相手の男性にも失礼ですし、ロイル様もバラ園で仰ってくれたでしょう?私の幸せを願っているって・・誰と結婚するかはまだわかりませんが、正しい知識を身に付けておくことは大切だと思ったんです」
「そうか・・」
目が逸れていく。
「それにベアドなら、安心ですから」
「そうか・・?」
「結婚する可能性も一番高い相手ですし・・」
「・・・・そうか・・」
「いずれにしても、泣かないで済む相手を選びますわ」
「そうか」
そうか、しか言えねーのかよ、お前は!
聞いといて興味無しかよ!
ロイルのめっちゃ適当な相槌の陰で、ベアドが息を飲んだがのがわかった。
名前呼びを解禁したつもりもなかったんだが。
まあ、本人に言ったわけじゃないけどな。
謎にまた泣いている俺。
ロイルからもらったハンカチを手に握ったままだったが、これは使えない。
プレミアアイテムだからな。
自前のハンカチを出すより早く、ベアドが自分のを差し出してくれた。
その目の暗さにビビった時、予鈴が鳴った。
「戻ろう・・」
ロイルが床に置いていたカバンを拾い上げる。
だが、俺はベアドの様子が気になった。
どうせ放課後また会うが・・
なんか、ヘコませるような要素あったか?さっきの会話に。
むしろ喜べや。
名前で呼んでやったうえに、結婚するかもって言ったんだぞ?
「すみません、ロイル様。兄と少し話をしたいので先にお戻り下さい」
俺の断りにロイルが振り向く。
「すぐ本鈴だぞ?」
「わかってます」
「ルジンカもロイル様と戻れ。せっかく早く来たのに遅刻してどうする」
背後でベアドが言った。
もう全然いつも通りだ。
遅刻するなと言ったわりに、自分のカバンを手に取る気配はない。
俺がロイルと2人になれるよう、タイミングをずらして教室へ行くつもりなんだろう。
別に放課後でもいいか?
そう思ったとき、急に腕を引かれた。
「いつでも話せるだろ、ベアドとは」
ロイルが俺の手をつかみ、扉に向かってぐんぐん歩いて行く。
「え?ちょ、ちょっと・・」
たたらを踏み、そのままの勢いでロイルについて行く俺。
結局、入り口の扉をくぐってしまう。
「教室までは送ると言ったはずだ」
振り返らずにロイルが言う。
俺の頭からベアドの事は消し飛んだ。
手を繋いで歩くなんていつぶりだ?
階段を降りながら、胸がドキドキと高鳴る。
目の前で揺れる金髪の後ろ姿。
小さな少年の影が重なっていく。
『早く!まるでガラスの花みたいなんだ』
あれはいつだったろう?
あのときも、ベアドは置き去りだったな。
確か。
教室にはあっという間に着いた。
扉をくぐればプレイ開始だ。
「では、また来週の朝、ご挨拶に伺いますね」
まだ今日が始まったばかりだが、早々に別れの挨拶をしておく。
「ああ・・・・・待っている」
そう言って俺の手を離し、ロイルは教室へ入って行った。
ブックマークや評価をありがとうございます。
大変励みになっております。
今回は当初考えていたストーリーがしっくりこず、めっちゃスランプでした。
何度も書き直したので、もうわけがわからないです。
この話はそのうちまた書き直すかもしれません。




