情緒不安定
謎に学校へ早く着いた。
いつもの朝と比べて、歩く人影もめっちゃ少ない。
俺はどこへ行っても注目の的だし、人が少ないのは気楽でいいんだがね。
今はどうでもいい。
馬車の窓からロイルを見つけてしまって、それどころじゃない。
俺の少し前に到着したらしいな。
校舎へと続く道を、金髪を無駄に光らせスタスタと歩いている。
俺は馬車を飛び降り、ロイル目がけて駆け出した。
淑女としてギリギリの高さまでスカートを持ち上げて。
朝の挨拶をしないとな。
そしたら教室まで一緒に行ける。
毎朝やってたときはウザがられてたんだけどな。
間をあけると、まあまあ相手にしてくれるようになった。
こういうのは、量より質だな。
すごい稀だが、散歩につき合ってくれたこともある。
池まで行って魚にパンくずやったりな。
ロイルはパンだのビスケットだの持って来て、魚とか鳥とかに食わしていた。
あと、アリね。
アリなんか見てもしょーがねえと思うんだけどな。
あの時はおじ様達が領地に帰ってて、ベアドがほとんど家にいた。
ぼっち登校が久々だったから話もいつもより弾んだな。たしか。
またあの池に行きたい。
静かだし、ほぼ2人きりだし。
ベアドはギャーギャーうるさかったけどな。
危ないとかとなんとか言って。
ゆっくり寝てりゃーいいものを、わざわざゴソゴソ出てきて・・
学校が危ないわけないだろ。
あいつは、ロイル様をケダモノか何かと勘違いしてるふしがあるからな。
高貴なロイル様が何をするっていうんだよ?
でも、確かに足元はよく見てるな。
ロイル様の子どもならできても全然OKだが・・って、そんなんで妊娠するわけないか。
あと、おっ立ててもいたな。
この前のバラ園行くとき。
でも、16歳なんてみんなそんなもんでしょ。
10代なんて、別にエロいもの見なくても、唐突にテント立てちゃうテント職人だらけだしな。
でも、俺にはもう関係ない。
振られちゃったし。
ロイル様はモテモテだからな。
振った女をどうこうするほど飢えてもいなそう・・・・・・
ギクリとした。
これなんの回想だ???
俺は呆然と立ち止まる。
いきなり混ざってきたな・・
マジで勘弁しろよ、こういうの!
ビビるんだよ!
動揺に冷や汗を浮かべつつ、前方を歩くロイルを見る。
お嬢走りじゃ、あんまり距離が縮んでいない。
ロイルはまもなく校舎に入るところだ。
挨拶は教室だな。
席で話しかけられるの好きじゃないっぽいんだが・・
ていうか、「追うな」って言われてるからな。
挨拶もしない方がいいのか?
いやいや。
チューして、肩並べてサンドイッチ食った。
お姫様抱っこに、落とした本だって拾ってくれたし。
困ったことがあればいつでも相談に乗るって言ってくれただろ。
俺達、普通に仲良しじゃないか?
なんで、「おはよう」の一言も言っちゃいけないんだよ?
なんで振るんだよ?
早くも謎の涙がちょちょ切れる。
泣くなよ、広!
ロイルに用なんてないだろ。
メンタルグラグラ状態は長期戦になるかもしれない。
メンタルというか、記憶なのか。
不安がつのるな。
慌てて俺を追いかけてきた侍女の差し出すカバンを機械的に受け取る。
そういや、カバンも持ってなかった。
とぼとぼ歩き出そうとして、再びロイルが視界に入る。
こんなときに見なきゃいいんだが、進行方向にいるからな。
校舎に吸い込まれる後ろ姿に、胸が猛烈にざわついた。
わけのわからない焦燥感が襲ってくる。
このままじゃいけない。
ずっと後ろ姿を見ていることなんてできない。
あっちは俺を待ってくれない。
いなくなっちゃったじゃねーか!
なんでだよ!?
待てよ!
まだロイル様に・・!!
「待って・・・・ロイル様――!!」
全力で叫ぶ。
やおらカバンを放り投げ、ドレスを引っ掴んで駆け出す俺。
ベアドもいないし、止める者はいない。
「お嬢様!?おカバンが・・!」という侍女の声は聞き捨てた。
溢れる涙を手の甲で乱暴に拭い、ロイルの消えた校舎に向かって必死で走る。
そんな慌てなくても、たぶん教室にいるけどな。ロイル様。
わかっちゃいるのに、止められない。
パラパラ歩く登校中の生徒が、ビックリ顔で振り返っていく。
コルセットの締め付けなんて気にならないくらい胸が痛い。
校舎の手前に着いた時、入口からロイルが現れた。
「ルジンカ?」
俺の叫び声が聞こえ、引き返してきたのかもしれない。
何事かと眉を潜めている。
目が合った瞬間、俺の胸はギュイーンと締め付けられた。
「どうした!?」
・・・どうって聞かれても困った。
別に用はなかったからな。
「おはよう」って言いに来ただけです、とは言えない。
「なにかあったのか?」
「いえ・・ただ、朝のご挨拶をと思いまして・・すいません」
俺の行動はかなり目立っていたらしい。
数は少ないものの、周囲に人が集まり始めていた。
「場所を変えよう。こっちだ」
この場で話はしないと決めたようだ。
先に立って歩いて行く。
「あの、特に話は無いんですけどね・・」
「私も聞こうと思っていたんだ」
微妙に噛み合わない会話をしつつ、4階の校舎の廊下の端へと移動した。
突き当りの扉を開けると、3階までしかない部分の屋上に出られる。
はしに立つと、学校の敷地周辺を見下ろせた。
俺の肩までの柵があり、校門側じゃないので登校中の生徒の目にもつきにくい。
景色を見ながら話せるから、ロイルの顔を見なくていいのもポイント高いな。
こういう場所もあるんじゃねーか。
なんで俺をバラ園で振った??
「ここなら多分平気だ。この時間人はほぼ来ない」
先客がいないのを確認し、柵に寄りかかったロイルが言う。
2人きりの状況に、俺の胸が高鳴る。
「で、どうした?ベアドの件か?」
開口一番切り出した。
泣いて走って来たのを、セクハラ被害をチクるためだと思ったらしい。
「違います。ただ、急に記憶を思い出して・・わざわざすいません」
「どんな記憶だ?」
「たいしたものじゃないですけど・・。去年の冬、池に散歩でご一緒したことありましたよね?ロイル様が魚や鳥にパンをやっていて・・それを思い出しました」
「・・なぜ、その記憶であんな取り乱すんだ?」
だよな。
ロイルの顔が厳しくなる。
「昨日、ルジンカが食堂で辱めを受けているのを見た」
「辱め?」
「泣いて嫌がるお前のスカートを捲り上げようとしていただろ。ベアドが。あんな場所で信じがたい」
昨日の小競合いがそんな風に見えたらしい。
まあ、確かに紛らわしかったかもな。
「あれは、私が自分で捲ろうをするのを、兄が止めてたんです」
「まさか。なぜそんなことを?」
「兄に帰って欲しくて。ルーガとの会話に邪魔だったので・・」
「ルーガ・・?」
ロイルが一瞬眉をひそめたが、すぐに話を戻す。
「つまり、他の男と会話する罰ということか?」
「違いますわ。早く帰れって、自分でスカートを捲ったんです・・・こんな風に」
百聞は一見にしかず。
しとやかにスカートの両端を掴み、足首をペロっと見せてやる。
だが、ロイルの反応は乏しい。
「そんなカワイイものじゃなかっただろ。言いにくいのはわかるが、ああいうのは放置しない方がいい」
俺はさらに10センチ上げる。
ベアドはここで動いたが。
「なぜ、そんなに庇う?何か、弱みでも握られているのか?」
ロイルは納得しない。
しかし、視線は足に釘付けだ。
めんどくせーな。
いっきに膝までいくか。
スカートをさらに持ち上げようした。が、できなかった。
何故か手が動かない。
「あれ?・・あれ・・・?」
どうしても持ち上げられない。
手が動かないというより・・・・恥ずかしい?
「もう無理をするな。私からベアドに注意してやる。力になると約束したからな」
なんとか俺の足から視線をあげたロイルが言う。
ありがたいお言葉に胸がいっぱいになりつつ、納得できない。
恥ずかしいってなんだよ?
布にくるまった足見せるのの、どこが恥ずかしいんだよ?
ほら!
上がれ!
手に命じる。
だが、できない。
こうなると焦る。
もう、ロイルがどうとかいう話じゃない。
俺のアイデンティティの危機だろ?
恥ずかしいなんて、勘違いだから。
いつから心までお嬢様になっちゃったんだよ!?
タマはなくなったけど、俺は男だ。
そうだろ?広!
いけ!!!!
ハングアップ!!!!
スカートもペティコートも鷲掴みにして、力いっぱい両腕を持ち上げる。
!!!!
スカートが全開になり、俺の視界を塞ぐ。
靴下どころか、膝まであるデカパンの全貌もバッチリ見えたろう。
「な!?」
ロイルの上げた驚きの声が聞こえた。
俺はやりきった!
奇妙な高揚感と達成感に包まれる。
ベアドの予想は当たってたのかもな。
ルジンカちゃんも、本当はロイルに見せてやりたかったのかもしれん。
視界を塞いでいたスカートが元に戻ると、のけ反り、言葉を失っているロイルが現れた。
「何考えてる!?こんなことをするために呼び止めたのか!?」
色仕掛けだと思われたらしい。
おっ立てながらも怒るロイルの顔は、さすがに赤い。
「お前と結婚はできないと伝えたはずだ。こんなふしだらな真似はもうするな」
「いえ、これは自分探しの一環というか・・」
いまさらになって、身をよじるような羞恥心が追いかけてくる。
ロイルを怒らせた後悔と悲しみも。
真っ赤になって恥らい、涙する俺を見てロイルはたじろいだ。
「・・・らしくないことをするからだ・・・今のは見なかったことにする。ベアドの件は、言いたくなったら来るといい。それはそれとして相談に乗ろう」
足早に立ち去ろうとする。
「待って下さい!」
反射的に呼び止めた。
よくわからないが、俺はこのままじゃまずい。
心の平穏を取り戻すには、ロイルの協力が必要だ。
「兄のことは、ロイル様の勘違いです。他に相談したいことがあるんです!」
ロイルが足を止め、振り返る。
「結婚できないことはもう理解しています。パンツの分のお話だけでも聞いてもらえませんか?」
「勝手に見せたんだろう・・」
「私のパンツは無価値ですか?」
「・・・・話とはなんだ?」
少々きまり悪げにロイルが戻って来た。
見せてよかったパンツと靴下、だな。




