恋☆爆誕
3/11 長かったんで、ストーリーに関係ない部分を一部削除しました。
4/14 誤字のご指摘ありがとうございました!
室内は豪華だった。
最初に長椅子やテーブルのある小部屋があり、その奥の扉の向こうが本物の寝室だ。
入り口の小部屋は使用人の控え室だろう。
テレビで見た金持ちの家がそんなんだった。
広く、横長の部屋だ。
ペールグリーンの壁紙に、複雑な柄の高そうなベージュの絨毯。
入り口に近い部分は壁に暖炉があり、長椅子やソファなどのテーブルセットが置かれている。
突き当たりの壁に、光沢のあるカーテンのかかった大きな出窓。
部屋の奥部分にはサーモンピンクのラグが敷かれ、その上に天蓋つきの大きなベッドがあった。
横にナイトテーブルが置かれて、壁際にはタンスと化粧台がある。
天井付近の壁には、廊下の水入りランプより立派なものが幾つもかかっている。
めっちゃ明るい。
あちこちに絵や花や人形、タペストリーなどが飾られ、豪華ながらも少女らしさが溢れる部屋だった。
俺はベッドに慎重に下ろされた。
フゥ。
なんか、落ち着くわ。
この部屋。
「血をお拭きします」
リリアが濡らした布で顔の血を拭いてくれたが、すぐに新しい血が流れてくる。
まだ止まってないのかよ。
「痛みますか?」
「あ、はい・・!?」
自分の声の高さに驚く。
そうだ、女の子の体になってるんだった。
頭の痛みもそっちのけで、あー、あー、と、発声練習を試みる。
「大丈夫か・・・・?」
イケメンが強張った顔で俺を覗きこむ。
「ルジンカ、僕がわかるか?・・・まさか、お前・・・」
その時、入り口が騒がしくなった。
ドアが開き、複数の足音が迫ってくる。
「見つかったの!?」
太ったおっさんが血相を変えて近づいてくる。
50代前後か?
デブ度では俺が勝ってる。
黒髪に黒目。
脂肪のたっぷりついた顔はよく見ると整っており、さっきのイケメンにそこはかとなく似ている。
血色の悪い唇が無駄にツヤツヤしていて気持ち悪い。
金の刺繍がたっぷり施された光沢のある薄手の白いシャツに、細身の黒いズボンをはき、腰には艶のある紫のサッシュを巻いている。
中世のお貴族様といった出で立ちだ。
細身のズボンが突き出た腹を強調しているな。
このおっさん・・・・親父・・・?
親父な気がする。
といっても、俺の親父じゃない。
イケメンもおっさんも、ルジンカお嬢様の血縁者なんだろう。たぶん。
「どうしたの、その怪我!?すごい血じゃないか!」
俺を見るなりヒーヒー叫ぶ。
「ワークス!ワークス!早くしろ!!」
「・・・お、お待ちください・・・!」
ワークスと呼ばれた高齢の男がヨタヨタと続いて現れる。
こちらもデブだ。
頭のてっぺんが禿げ上がり、サイドに残った白髪はチリチリだ。
大きな眼鏡に白い髭。
高血圧なのか赤ら顔で、サンタクロースみたいだ。
入り口からは、お湯や布を抱えたメイドが続々と入って来る。
「ここはもういいから下がれ」
治療の前にイケメンがメイドを追い出した。
「ルジンカちゃん!いったい何があったの!?どこにいたの!?」
おっさんがベッドに飛びつく。
「東棟の隠し部屋です。倒れているのを見つけました」
「なっ!・・・あの部屋!?」
「はい。転んだのか、イスから落ちて頭をぶつけたのか・・ここに来るまで2度嘔吐しています」
「あ、あの部屋はダメだよぉ!!パパ、絶~対っ、入っちゃダメって言ったでしょ!?」
おっさんがツバを飛ばす。
「それと・・・・・・」
イケメンが言いよどみ、俺を見る。
血の気のない顔だ。
「ルジンカ。予知をしようとしたのか?」
「「!!!!」」
おっさんが目をむいて仰け反り、
リリアは喉の奥で悲鳴を押し殺す。
みんなのリアクションにビビる俺。
「は・・・?よち??」
「ルジンカちゃん、予知やったの!?」
「え?、え?・・・いや、さあ?」
なんだよ、よちって。
「サキミールを飲んだのか?」
イケメンが問う。
「ヒーっ!!!しゃ、しゃ、き、みーるぅ・・・!!!!」
うるせーな、このおっさん。
「正直に言うんだ!やったのか?飲んだのか?・・・最後までしたのか?」
なんだよこいつら。
俺が知るわけねーだろ。
ルジンカちゃんに聞けよ!
「いや、すいません、ちょっとわかんないですね・・・・よちって、予知?それとシャキミール???」
「サキミールだ!ビンが落ちていた!!」
イケメンが震える手で、茶色の小ビンを取り出す。
おっさんが叫んで尻餅をついた。
「いや、なんのことだか。すいません。自分はルジンカさんじゃないんで」
「なに・・・!?」
「いや、自分は木村宏といいます。37歳の男。さっき、お兄さんに起こされたときからこうなってまして・・」
夢の中で自己紹介って、なんだかなぁ・・・
本当の俺の体は、今頃病院か?
俺ってば、五体満足の体で目覚めるのかな?
ぶつかったのトラックだぞ。
めっちゃ不安だ。
考え込んだ俺の肩を、イケメンがグワッとつかむ。
目が血走っててめっちゃ怖い。
「こんなときにふざけるな!みんなお前を心配しているんだぞ!」
「痛!・・イテテッ!」
「す、すまん!」
「まず、手当てを優先しましょう!出血も止まっていませんし」
サンタクロースが口を挟み、傷の手当てをすることになった。
頭の傷は麻酔をして縫ってもらった。
血の量のわりに大事ではなかったらしい。
これが夢なら、現実の怪我もこうあってほしいという俺の願望かもな。
「骨に影響はなさそうでよかったですな。傷が塞がるまでは、朝と晩に消毒をいたしましょう。
1級回復薬もお出ししますね」
回復薬??
「通常なら明日には抜糸ですが、サキミールが回復薬を阻害するので、様子を見て決めましょう。洗髪は今日は控えてください」
回復薬とかある設定なのか。
「それと、嘔吐ですが・・・サキミールは強烈なので胃が拒絶したのではないかと」
「薬は多めに出してくれ!!サキミールが体に残っていたら大変だよ!」
おっさんが喚く。
治療の間ソファーに座ったり立ったりを繰り返していた。
イケメンはいつの間にか着替えている。
俺にシャツを渡してずっと半裸だったからな。ゲロもかけたし。
2人から、ジリジリする気配が伝わってくる。
本当は一刻も早く俺を問いただしたいのだろう。
「では、薬を・・」
じいさんが大きなカバンをゴソゴソやり、緑色の液体の入ったビンを出す。
「2本くらい飲んでおきましょう」
「3本だ!」
イケメンが口を挟む。
「では、3本」
「4本!・・・いや、5本だ!!」
おっさんも叫ぶ。
「では5本」
医者が追加で3本取り出した。
「ちょっと!薬だろ!?」
思わずつっこむ俺。
「大丈夫です。多い分には全然」
リリアが蓋を外し、ビンを俺に差し出す。
その手は微かに震えていた。
「新発売のメロピー味です。飲みやすいと評判ですから」
「なんだよ、メロピーって・・・」
ビンを受け取る。
顔を近づけると、鼻にツンと来る刺激臭の中に、微かにメロンみたいな香りがある。
「すっげぇマズそうだな・・」
一口飲む。
「おお!」
ドクターペッパーを苦くしてメロンソーダを混ぜたみたいな味だ。
美味くはないが、飲めない味でもない。
「メロピーってメロンか」
一拍置いて、喉と腹がカーッと熱くなり、すぐに全身がポカポカしてくる。
よくわからんが効きそうだな、これ。
「すげぇ!息が熱いな!」
こんなの初めて~。
フーフーと、吐息を手の平に吹きかけてみる。
これ5本も飲むのか。
2本目の蓋を開け、リリアが待っている。
いつの間にか、おっさんとイケメンがすぐ側まで来ていた。
医者のじいさんも片付けの手を止めて俺を見ている。
全員、血の気の無い顔だ。
「早く飲むんだ」
イケメンが低い声で促す。
「はぁ・・」
重苦しい空気にビビりながら、黙々と回復薬を飲む。
普通ならこんな怪しい液体、ホイホイ飲まないけどな。
どうせ俺の体じゃない。
繰り返しビンの中身をあおっていく。
唇に当たるガラスの感触。
耳もとでサラサラと揺れる髪。
鼻に抜ける刺激臭。
喉をすべり、胃に落ちていく液体の気配。
火照っていく体。
ズキンズキンと脈打つ頭の痛み。
現実と遜色ない感覚だ。
どうしよう?マジで夢じゃなかったら。
不安になって、改めて自分を見下ろす。
すんなりと細くて、無駄な脂肪の無い体。
キメの細かい白い肌。
ひかえめな胸が呼吸に合わせて小さく上下している。
デコルテの細いうぶ毛がキラキラ光り、ネグリジェが乳首を擦るのがわかる。
そして何よりも、股間にいるはずの相棒がいない。
チ〇コがない。
産まれたときからずっと一緒で、いつも内腿に寄り添ってくれていた俺のチ〇コ。
それが今は無い。
だが、全く消えてしまったかというとそうでもないな。
うんと気配を小さくして、腹の奥に引っ込んだみたいな変な感覚だ。
だが、確かに感じる。ジュニアの息吹を。
お前、そんなところにいたのかぁ。
やっぱり俺たちずっと一緒だよな!?
ジュニアを意識しつつ、なんとか5本飲み終えた。
もう腹がポチャポチャだ。
こんな量、元の体なら余裕なんだが。
空きビンをリリアに渡すなり、半泣きのおっさんに飛びつかれ、手を握られた。
「ルジンカちゃん!!ホントになんでこんなことに!・・・パパのことわかるよね?・・・ね!?」
タラコ唇が光っててキモい。
「いや、だからさっきも言いましたけどねぇ、俺は木村広です。ルジンカさんじゃないんですよ」
「お願いだから、パパをからかわないでよ!欲しがってたネックレス買ってあげるから!」
「ネックレスって・・・今日は池袋にいたんですけどね。日本の。わかります?本屋行くときトラックにはねられて、気が付いたらこうなってたんですよ。すみませんね、俺おっさんなのに。大切なお嬢さんの体お借りしちゃって」
「ルジンカちゃんがおっさんなわけないだろっ・・・・!?パパの女神なのに・・・!」
「だから、なぜか、ルジンカさんの体に俺の意識が入ってるみたいなんですよ」
「勘違いだよ!」
「いや、勘違いなわけないでしょ。さっきまで無限美ちゃんの本を抱きしめていたんだから」
「ルジンカちゃん!パパを思い出して・・・・うううぅ・・グスン」
泣くなよ。
「俺的にはこれは夢かなって思ってるんですけど。治療中に見てる夢とか?でも、めちゃめちゃリアルだから自信がなくてね・・・あれかな?最近流行りの「俺達、夢の中で入れ替わってる~」みたいな?「ひろし~、今夢を見ているね~」みたいな?本当のルジンカちゃんは俺になってるのかな?だとしたら可哀想だなぁ。俺100キロあるから」
「もうやめるんだ―――――っ!!」
涙と鼻水にまみれたタラコ唇が俺に迫る。
キモ!
思わず突き飛ばした。
「・・・るじんかぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
おっさんが尻もちをつき、そのまま泣き崩れる。
なんでかこのおっさんは、ぞんざいに扱いたくなるな。
「・・・・自分が誰かも忘れたのか・・・・」
イケメンがボソリと呟く。
紙のように白い顔だ。
「記憶障害ですな。完全に・・・ルジンカ様はサキミールを飲まれたそうですから、予知によるものか、薬の影響かは分かりかねますが・・・」
「あのさ、今の会話聞いてたろ?記憶障害とかじゃないから。別の人間だから!」
「・・・サキミールのせいだとしたら、回復薬が効き始めたら治るのか?」
イケメンは俺をシカトして、医者と話し続ける。
クソ!
なんだよこいつら!
「残念ながら。回復薬では既に発生した記憶障害は治せません。ベアド様もよくご存知かと・・ただ、意思の疎通がとれる程度だったのが救いですな・・・全く会話が成立しないケースもありますから」
いつ疎通したんだよ?
俺をシカトしながらよく言えるよな。
「なあ、いい加減俺の話も聞いてくれよ。俺はどうしたんだ?ここは何処なんだ?あんたら・・・」
「・・・・・・ありえん!僕は認めんぞ!!」
おっさんに代わり、今度はイケメンが飛びついてくる。
「なぁ!?ホントは何ともないんだろ!?引っ込みつかなくなったのか?誰も怒ったりしないから、演技ならやめろ!」
「マジで本当に違うから!男だから俺!!」
今度はこいつかよ。
うんざりした俺が顔を背けると・・・・・・・・・女神がいた。
化粧台の鏡の向こう側。
頭に包帯を巻き、血の染みたネグリジェをまとっている。
「無限美ちゃん!?」
俺はベッドを滑り降り、鏡に張りつく。
マジなのか!?
「無限美ちゃんだ!俺、無限美ちゃんになってる!!」
雪のように白い肌。艶やかな長い黒髪。すらりと細くしなやかな体。
小さな頭に、人形のように整った繊細な顔。
揺らめく大きな瞳は漆黒で、小さな口をあんぐりと開けている。
呼吸も忘れて鏡に見いる。
なんてキレイなんだ!
俺の天使!
俺の女神!
こんな近くで見る日がくるとは!
「おい!急にどうした!?」
「お嬢様、安静にしていていなければ・・・」
後ろで何か聞こえるが、もうどうでもいい。
これは奇跡だ!
よくわからんが、最高の夢だ!!
俺は荒く息をし、胸をドキドキさせながら、小首をかしげ、ニッコリとほほ笑む。
鏡の中の無限美ちゃんが、俺に微笑む。
「ひょ――っ!!」
興奮のあまり、体がのけ反り奇声が出る。
「おい!大丈夫か!?」
ダメだ、落ち着け!
無限美ちゃんに変顔なんてさせちゃダメだろ!!
「フー、フー」
息を整える。
よく見ると、鏡の中の無限美ちゃんはずいぶん若い。
16~17の少女。
デビュー当時の姿そのままだ。
「おい!聞こえているのか!?どうしたんだ!」
「もうすぐ恋が生まれちゃう。パパはもちろんあなたで決まり」
指差す先にイケメンがいた。
「なに!?」
♪ ここはどこなの? 私はどんな女の子? ♪
♪ 昨日とすべてが変わったの だって恋をしちゃったから ♪
無限美ちゃんのデビュー曲、『恋☆爆誕』を歌ってみた。
何度も聞いて、歌って、踊った曲。
すんなりとした手足を自在に動かし、裸足の足で軽やかにステップを踏む
視界のすみでは、おっさんが奇声を発しながらイケメンに飛び掛かっている。
やっぱり、俺は死んだんだな。
歌い、踊りながら思う。
この夢は天からのプレゼントに違いない。
人は死ぬ時にボーナスタイムをもらえるんだ!!
この歌を歌い終わった時、俺は消えるのかもしれない。
根拠はないがそんな気がする。
でも、それでいい。
心から楽しもう。今この時を!
無限美ちゃんへの愛と生まれて来たことへの感謝を込め、フルコーラスを歌いきった。
ハアハア・・・
この体はスタミナがないな。
2番の途中で息が上がり苦しくなったが、笑顔はキープした。
頭がガンガン痛み、クラクラと目眩がする。
強い眠気も襲ってきた。
最期が近いのかもしれない。
後ろでは、おっさんがイケメンの首を締めようと馬乗りになり、医者が必死に止めていた。
説明しろ、とか、冤罪だ、とか聞こえてきたが、もうなんの興味もない。
ギャーギャーうるせーんだよ!
俺はもう一度鏡を見て、無限美ちゃんの姿をしっかりと目に焼き付ける。
両目を固く閉じ、よろめきながらベッドに戻ると、テキパキと布団にくるまった。
人生最後の瞬間かもしれないのだ。
美しい無限美ちゃんの顔で締めくくりたい。
じゃあな。
おやすみ!
眠りに意識が落ちていく。
俺が最後に思い出していたのは、無限美ちゃんではなかった。
ゲロの海に転がっていた光る鉢のことだった。