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傷心

涙がおさまるのを待って、ロイルと帰路につく。


最悪の修羅場を演じたわけだが、不思議と気まずさはなかった。

俺がルジンカじゃないからかもしれないけどな。

ロイルがどう思っていたかまではわからない。



バラ園の入口辺りで、複数の人影が立っているのが見えた。


「なんだ、結局待っていたのか・・」


ロイルがつぶやく。


俺達の接近に気づき、人影がパラパラと近寄って来ると、その面々に俺は驚いた。


「なんでここに!?」


不安げに両手を握り合わせているアーニャちゃん、そして何故かベアド、ルーガハントの3人だった。

ベアドは白とグレーの運動着らしき恰好で、ルーガハントは乗馬服とおぼしき服に身を包んでいる。




「ルジンカさん・・!!」


俺と目が合うなり、涙声で駆け寄って来るアーニャちゃん。



「何がありましたの!?全然戻って来ないので私、心配で・・・」


固く握りしめた手を自身の胸の谷間にグイグイ食い込ませながら、俺の顔をのぞき込んでくる。


「すみません。鐘に気が付かなくて・・・」


言いながらベアドとルーガハントにも視線を送る。


2人とも目を見開いて俺の姿を凝視している。

目も顔も腫れて、全身泥まみれだろうからな。


ベアドの顔には血の気がなかった。

こわばった顔で俺の目を見つめてくる。


小さく頷いて無事を伝えると、肩に入っていた力を抜いたように息を吐き、とりあえずの安堵の表情を見せた。


「すまない、待たせたな。ルーガも来ていたのか?」


ロイルが声をかける。


ベアドとアーニャちゃんがいることは知ってたみたいだ。


「まあね。ロイ戻って来ないし。どうしたの?その恰好」


ルーガハントが俺に向かって尋ねる。


疲労と驚きで頭が回らなかった。

王子様に振られたよって正直に言うべきなのか?


考えた瞬間に、胸がギュッと痛くなった。


これ、いつ治まるんだ?

なんか不安だわ・・



「色々あって・・・なんで皆さんがここに?」


質問返しで時間を稼ぐ。


「ルジンカさんが心配だったんですわ」


俺の疑問に、アーニャちゃんが代表して答えてくれた。


予鈴が鳴っても戻って来ない俺を心配したアーニャちゃんは、自身も遅刻覚悟でバラ園まで様子を見に来たそうだ。

その途中で、級友達と運動場へ向かうベアドと会ったのだという。


俺とロイルがバラ園へ向かったことを知ったベアドはアーニャちゃんに同行した。

記憶喪失の直前と同じ状況だったからな。

ベアドの心配はもっともだ。


バラ園に着くと、シズンティカの前で突っ伏して号泣する俺と、途方に暮れる王子様がいた。

驚いて声をかけようとしたが、2人に気づいたロイルに、「取り込み中だ」の一言で追い返されたらしい。


王子殿下の会話を盗み聞きするわけにもいかず、バラ園の入り口で待機していたそうだ。


ルーガハントはアーニャちゃん同様、ロイルが戻って来ないのを心配し、オレオンと現れた。

バラ園にいることは、教室でのやり取りが聞こえて知っていたそうだ。


入口の2人に事情を説明され、オレオンはロイルの遅刻の報告へ戻ったという。

王子が行方不明じゃ騒ぎになるからな。


授業をサボりたいルーガハントが残ることになったそうだ。



ベアド達が来てたなんて、全然わかんなかったな。

それどころじゃなかったし。


「すみませんでした。ご心配おかけして」


まずは謝る。


「いいんですのよ!それより、どうしたんですの?あんなにお泣きになって・・」


言いながら、非難の込もった視線をロイルに送るアーニャちゃん。


「ルジンカと話をしていただけだ」


ロイルがそっけなく答える。


「話って?」


ルーガハントが尋ねる。


「心配をかけたことは謝る。だが、個人的な話だ」


詳細を明かす気が無いことを、ロイルが淡々と告げる。


俺を振ったことを表沙汰おもてざたにするつもりはないらしい。


“結婚できない”は王子殿下としての言葉ではなく、プライベートな打ち明け話ということか。


しまった、また胸が痛い・・・!

乙女心はデリケートだな。

クソ!


「あの、ロイル様に花を・・シズンティカを頂いたんです」


左の耳にそっと触れながら首を小さく振り、頭の花を示して見せる。


「それで、感極まってしまって・・・本当にすみませんでした。皆さん授業があるのに」


嘘は言ってない。

花もらって泣いたのは事実だしな。


ロイルが言い訳話をする俺から、きまり悪げに視線を逸らした。



「あいかわらずオーバーだなぁ・・・」


「まあ・・良かったですわね」


ルーガハントは呆れ、薄々それだけではないことを察している様子のアーニャちゃんも、一応は喜んでみせた。


「お2人とも何事もなくて良かったですわ」


アーニャちゃんの言葉で、そのまま解散ムードになった。







「ロイの着替えはオレオンが持ってってるんだ。このまま行こう」


「そうか、助かった」


男子の午後の授業は週5日中3日は実技だ。

こっちの世界は1週間が6日しかないから、なかなかハードだ。


血気盛んな年頃の男達をブラブラさせてたら、ろくなことしないからな。

体力は適度にいでおくべきなんだろう。


ルーガハントの服装や言葉から察するに、今日も実技だったらしい。

馬術とかか?



「私は帰ろうと思いますの。こんな恰好かっこうなんで」


「そうですわね、お着換えが必要ですわ」


俺がそう断りを入れると、アーニャちゃんも頷く。


「なら、送ろう」


と、ベアド。


「別に大丈夫ですわ」


馬車は校舎の更に向こう側の車庫に止まっている。

俺を送って、また運動場まで戻ってくるのは大変だ。


あと、こいつと話すのはもうちょっと落ち着いてからにしたい。

アーニャちゃんが教室に戻ったら2人きりだからな。


「ダメだ。1人で馬車には乗せられない」


送るって家までかよ。


「お兄様、授業は?」


「授業なんてどうでもいいだろ。それに、どっちみちお前1人じゃ無理だ。御者に僕の許可が無い時は、ルジンカ1人を乗せて走るなと指示してある」


「なんだよ・・なんですの!?それ?」


「当然だろ。2度も無断で帰って心配させたんだ。父上の許可も頂いている」


ベアドがきっぱりと言い切る。

うち1回はルジンカちゃんで俺じゃないんだが。


「じゃあ、学校の馬車で帰りますわ」


俺が自由に馬車を使えていたのは、フラボワーノが学校に多額の寄付をしているからだ。

そういう家は、特別に車もケイバも御者も待機させておくことができる。


通常は生徒を送り届けた後は各家庭まで帰って行き、帰りの時間に迎えに来るものなのだ。


全員分の馬車を待機させようとしたら、ケイバをあずかる厩舎きゅうしゃがヤバいからな。

車を停めるスペースはあると思うがね。


緊急で早退するときは、学校の管理している馬車を借りるのだ。

タクシーみたいなもんだな。


「ダメだ。そんな恰好で1人で帰ってみろ。あらぬ噂がたつぞ。それに、車庫の事務員にもルジンカは乗せるなと通達済みだ」


パネェなお兄様。


「ロイル様。妹がご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ございませんでした。私達はこちらで失礼させていただきます」


馬場ばばへ向かうロイルに、ベアドが軽く挨拶をする。


「帰るのか。声をかけたのは私の方だ。こんな時間まで連れ回してすまなかった。ベアドにも迷惑をかけたな」


「いえ、お気遣いなく。それでは・・」


俺とアーニャちゃんも残る2人に挨拶をして、ロイルを見送ろうとした時だった。



「ルジンカ」



背を向けかけたロイルが振り返り、俺の名を呼んだ。



「何か困っていることがあれば、遠慮せず私のところに来るといい。いつでも相談に乗る。きっとお前の力になってやれるだろう」


語る表情からも、声色からも、他意は感じられない。


ルジンカと呼び掛けたにも関わらず、最初から最後までベアドを見据えていたことを除けば。



やっぱり、ロイルはさっきの言い訳を完全に信じてはいないみたいだな。


ベアドを、王子の婚約者候補の貞操を狙うヤバい奴かも、と位置づけたらしい。

100%疑ってるわけじゃないだろうが、万が一に備え牽制をしてくれたのだろう。

俺を振ったお詫びだろうな。


マジでベアドには悪いことしたな。

ロイルにはもう一回訂正を入れておく必要がある。

まあ、訂正って言い方もおかしいが。

俺が話した内容は全部事実だし・・



ベアドはロイルの言葉の前半を怪訝けげんな顔で、後半は無表情で聞いていた。


漆黒の瞳で、ジッとロイルを見つめ返す。




「ルジンカを頼んだぞ?」




ロイルの青い瞳の温度がわずかに下がる。




瞬間、ベアドの身から殺気が放たれたように感じた。

が、すぐに消えたので気のせいかもしれない。




「ご心配なく。心得ております」



いつも通りの顔で答えた。







校舎への道のりを、ベアドとアーニャちゃんの3人で歩く。


全身泥まみれの俺は、いまさらスカートの汚れなんて気にしても仕方ない。

だが、行きと同様、泥が跳ねないように慎重に歩く。

正確には、慎重に歩くふりだな。


心配して探しに来てくれたことはありがたいんだけどさ。

できれば1人にしておいて欲しかった。

自分を取り戻す時間が必要なんだよ。

今の俺には。


ここでごちゃごちゃ質問されたら絶対泣く自信がある。


だが、幸い2人は何も聞いて来なかった。

遅刻した授業のことや、ベアドの着替えの事なんかをポツポツ話している。

運動着で帰宅するのは校則違反らしいな。

どうでもいいが。



めっちゃ腫れ物扱いされつつ、無言で歩いた。





「父上はいらっしゃらないはずだ。今日は昼から外出で、お戻りは遅くなると聞いている。鉢の確認とかもそれからだな。とりあえず、夕飯まで昼寝でもして休んでいろ」


馬車に乗ると、ベアドはそれだけ言った。

以降は窓の外に視線を向け、話しかけてくる気配もない。


質問攻めにあうかと思ったから拍子抜けだよ。

おっさんが戻るまでに気持ちを整理しろということか。


ロイルとチューしたこととか今は言いたくなかったからな。

とりあえず助かった。




屋敷に着くと、ベアドは着替えのために部屋へひきとった。

結局、学校へ戻る気はないらしい。



体も冷えていたし、俺は風呂に入ることにする。


風呂場は排水口のついた床に、バスタブが置いてあるだけの簡単なものだ。

水道とかないからな。

湯は人力で運んでバスタブに溜める。


俺の場合、贅沢にバスタブ2個使いだ。

それぞれに湯を満タンにして並べてもらう。

こうしないと石鹸を使った後、すすぎが物足りないからな。


使用人の仕事を増やすようで、最初のうちは遠慮していた。


でも、フラボワーノには金も部屋も余っている。

お嬢様の世話が大変なら人を増やせばいいんだよ。


ということで、もう全然気にしていない。

俺も貴族様っぽくなってきたな。




風呂が溜まるまで手持ち無沙汰だったが、ふと思いついた。


直接言いにくいことは文字がいい。


ベアドだって本当は何があったか気になってるだろうからな。

早い方がいいだろ。



俺はルジンカちゃんの机にあったシャレオツな便箋びんせんにサラサラとメモ書きする。



『お兄様へ


ロイル様が記憶を失う前の喧嘩のこと、ごめんねって言ってくれました。

シズンティカを髪につけてくれたので、嬉しくて思わずチューしちゃいました(^^)

でも振られました。

嫌いじゃないけど、私とは結婚できないそうです。

理由も言えないそうです。

悲しくて大泣きしました(>_<)


今はもう大丈夫です。

でも、うっかり思い出すと超悲しいです。


気を紛らわすものが早急に必要です。

お手持ちのエロ本などありましたら、ぜひ貸していただけませんか?

もちろん、お持ちに決まっているでしょうが。

お友達に借りたものでもいいですよ。

なるべく際どいものがいいです。


ただし、妹ものは勘弁してください』



こういうのは、深く考えずに軽く書くのがいいだろう。


3つ折りにして封筒へ入れ、ろうを垂らして封書した。

これ、一回やってみたかったんだよな。


リリアに託し、ベアドに届けてもらう。


これは、俺なりの気遣いだ。


どうせ後で話すにしても、事前に知ってれば心の準備ができる。

ショック受けてる顔を俺には見せたくないだろうからな。





湯が満ちたバスタブに浸かっていると、手紙の返事が届いた。

リリアに風呂の中まで持ってきてもらう。


返事が来るとは思ってなかったな。

文通みたいだ。



『ルジンカへ


あまり気を落とさないように。

あちらのお前への心証は向上しているように思う。

諦めずに打開策を考えよう。

お前を必ずの人の花嫁にしてやる。


                ベアド


追伸 ああいう手紙に軽々しく貴人あてびとの名を書くな』



「なんだこれ?」


思わず声に出して呟いた。

衝立ついたての向こう側で、俺の服を片付けていたメイド達が振り返る気配がした。


彼の人ってロイルのことだよな?


あいつ、つい一昨日おとといは俺と結婚するって騒いでたはずなんだがな?

絶賛混乱中だな。

まあ、話半分に聞いておけばいいだろう。

またすぐ違うこと言い出しそうだからな。



手紙には2枚目があった。



『ご要望の書籍に関しまして。


あいにく当方ではそのような種類じゃんるの取り扱いはなく、適当な在庫の持ち合わせがございません。

至急、当該書籍の取り寄せをし、入手できましたものから順次お届け致します。

今しばらくお待ちください』



「え?マジか!?買ってくれんの!?」


俺はさっきよりもデカい声で叫ぶ。

ダメもとだったんだが、言ってみるもんだな!


しかし、本屋さんからのお知らせかよ、この手紙。


整った筆跡は1枚目の手紙のものと酷似している。

ベアドが書いたのは間違いない。


在庫なんて奴の部屋にいくらでもあると思うんだがな。


もしかしたら全部妹ものなのかもしれん。

いや、幼馴染ものか?

ルジンカがロイルに嫁ぐことを想定していたなら、人妻もありうる。


ということは、俺に買ってくれるのはそれ以外か。

幼馴染も人妻も普通に好きなんだがな。



風呂から上がると、私服のクリーム色の部屋着に着替え、再度筆をとる。



『お兄様へ


励ましのお言葉ありがとうございます。

エロ本を買いに本屋へ行くなら連れてってくれませんか?

できれば自分で選びたいです。

学校以外の所にもまだ一度も行ったことないんで』



これも封をしてリリアに持って行ってもらおうとしたところ、再びベアドから手紙が届いた。

怪しげな紙の包みと共に。


お姫様ベッドにひっくり返り、まずは手紙を読む。



『ご要望の書籍に関しまして 続報


当該書籍をお届けするまでのつなぎとして、ご要望の種類に準じる内容であると、一定数の人間に認識されていると判断した書籍を同封致しました。

こちらは当家で資料として管理されているタイトルとなります。

ご理解頂きました上で、お手に取りください』



「だから、本屋さんかよ」



紙袋を開けると、1冊の本が現れた。

分厚い文庫本サイズで、上等な皮のブックカバーがつけられている。


まさか!?


「例のものか?」


俺はさっそく中身をペラペラと確認する。

挿絵はなかった。


元の世界の小説に比べて紙の質はよくない。

文字が大きめなのは印刷技術の差だろう。


ブックカバーを外して、表紙のタイトルを確認する。



『オッパイオ使いタワワーナがゆく!ティンポッポ踊り食い漫遊記』



「すごいタイトルだな」


なんだよ、資料って。

絶対私物だろ。こんなの。


しかし、あいつがこんなものを貸してくれるとは、とにかくビックリだ。


俺、好きな子にエロ本渡すとか無理だわ。

好きでも愛してもいないって言ってたのは、案外本音だったのかね?

それともイケメンならこれくらい許されるのか?


マジで何考えてるのかわかんないとこあるからな。

まあ、貸してくれるならその方がいいんだが。



さっそく読み始めたが、号泣の疲労が激しくて既に体力の限界だった。

瞼が重くて文字を追えない。


せっかくのエロ本だからな。

万全の体調で読みたい。


本を閉じ、ウトウトしたところで、さっきの手紙の返事が来た。



『ルジンカへ


本屋へは行かない。

だが、今度外出の機会はつくろう。

夕飯までちゃんと休んでおけ』





そのまま昼寝に突入し、夕飯前まで目覚めなかった。


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